38 閑話 ラピータの女王と奇跡の聖女
○ ラピータの女王(ではなく普通の女の子)
深夜、ラピータの王宮。
最後の会見を終えたキサラが、王座に深くもたれかかった。
細く長いため息が出る。
それが、キサラの疲労の深さを物語っていた。
ふと、王族の控え室のドアが開いて、最愛の人……アベルが飲み物を持って来てくれた。
お礼を言って受け取って、カップを唇に触れる。
それは、やわらかな温かさの、ホットチョコレートだった。
疲労に、溶ける甘さが、身体中に染み渡る。
飲み終わって、満足のため息を吐く。
やっと、呼吸の自由を取り戻せた。そう、感じた。
「キサラ、明日は、ボクの同時存在と、王様を代わってよ、連れて行きたいところがあるんだ」
最近は、お試しで、徐々に女王としての執務をアベルと交代している。
決断力のある女王。話しやすい王配と評判である。
きっと、これから先も、ふたりで、二人三脚の王政を執り行うことになるだろう。
○
次の日。
キサラは目隠しをされて、アベルに手を引かれ、飛空船に乗せられた。
飛空船は、すぐにどこかに到着し、同じく目隠しされて、アベルに手を引かれ、飛空船を降りた。
足に触れる草の感触。
少し歩いて立ち止まり、しっかりと、アベルに抱き止められ、目隠しを取った。
「うわぁ……!」
眼下に、どこまでも果てしなく、白い雲の海原が広がっていた。
その雄大さ、美しさに、心を奪われて見とれてしまう。
ゆっくり、奪われた心を取り戻す時間が過ぎた後、
「振り向いてごらん」
アベルの声で、振り返った。そこには!
「うわあ!」
思わず声を上げた。
どこまでも、地平線にまで続く、金色に輝く海原が広がっていたのだ!
金色の海原の正体は、黄金色の草…ラプアスの草原。
草原は、心地よい風に吹かれて、まるで水のせせらぎのような、落ち着く優しい音色を奏で、波のように揺れていた。
キサラは、まるで、魂を抜かれたかのように、立ち尽くした。
「ここは……?」
キサラの、呆然とした問いかけに、アベルが答えた。
「ボク達が出会った場所だよ」
呆然と、景色に魂を奪われたまま、キサラが呟いた。
「こんなに、綺麗な場所だったんだ……」
あの時は、景色を眺める余裕なんてなかった。
キサラは、うっとりとしたため息をついた。
○
テーブルと椅子を出して、清涼感のあるハーブティーを焼き菓子を茶請けに飲む。
たった一杯のお茶を、ゆっくり時間をかけて飲む。
温かかったお茶は冷めていくけど、その温度の変化すら楽しんで、お茶を飲む。
ゆっくりと流れる、なにものにも換えがたい、宝物のような時間……。
ティーカップの向こうに、誰よりも愛しい人の笑顔が見える。
……この瞬間を切り取って、永遠に宝箱に入れておきたい……!
キサラは、この無上の幸せに、目尻に涙を浮かべた。
「愛してる……」
思わず、口から言葉が、こぼれ落ちた。
言ってしまって、ハッとした。
すぐに口を塞いだが、もう遅い。
少しびっくりしたアベルの顔。それがみるみる晴れ渡り、満面の笑顔で、こう答えた。
「うん、ボクもキサラを愛してるよ」
キサラは一瞬で顔を真っ赤に染めた。
潮騒のような、穏やかな草の音色が、ふたりの限りない幸せを、祝福していた。
○ 奇跡の聖女(ではなく普通の女の子)
「どうして、クレアは、ボクのことが好きなの?」
アゼルは、ストレートに、クレアに疑問をぶつけた。
クレアは、少し取り乱し、窺うように上目遣いにアゼルを見て、申し訳なさそうに、言葉に迷いながら、言った。
「怒らないで下さいませ。アゼル様が、無償で人助けを続け、破滅する愚かな人だと思っていたのです……」
「えっ……! そんなこと、考えてたの?!」
「申し訳ございません!」
クレアが、焦って頭を下げる。
それをアゼルが、やめさせる。
「いいよいいよ。正直に言ってくれて嬉しい」
「でも……なんでそんなダメな男が好きになったの?」
クレアが、またも、言葉に迷いながら、答える。
「命を救って頂いた恩返しがしたい……500年に一人の英雄への憧れ……なによりも私を幸せにしてくださる笑顔……私への限りない優しさ……まるで宝物のように私を大切にしてくださる仕草……」
言葉の途中で、クレアは、自身の溢れる幸せに、耐えかねるように、涙した。
慌ててアベルがクレアを抱き止める。
ひとしきり涙した後、涙を拭って、クレアが言った。
「いっぱいありすぎて、もう、私自身、訳が分からなくなっておりまして……でも、一言で言うならば……」
そこで、クレアは、居ずまいを糺して、真っ直ぐにアゼルを見つめて、ハッキリと告げた。
「アゼル様……愛しています」
悟りきった静謐な瞳だった。
……だけど、少しだけ、頬を赤く染めている。
「ボクも、クレアを愛しているよ」
照れることなく、アゼルが告げると、クレアは、顔を真っ赤にして、両手で顔を隠して、その場にぺたりと座り込んで、たまらないほど大きな嬉しさに、子供のように、泣き出してしまった。
アゼルは、泣き止んでもらうのに、大変、苦労したのだった。
クレアは、思った。
貴族になるよりも、使いきれないお金よりも、聖人の称号よりも、私の笑顔を選んでくれた人……。
好きにならないわけがないではないですか。
私が、アゼル様から、全てを奪ったようなものだから、私は、アゼル様を貴族にして、使いきれないお金を差し出したい。
でも、なのに、アゼル様は、ただ、お腹を空かせてる人達に、ご飯を食べさせて、泣いてる子供達を、笑顔にしたいだけ。
貴族になることも、お金も、欲しがっていない。
だから、私は、いつかアゼル様の助けになるために、貴族の位と、お金を用意しておきましょう。
アゼル様の、望みを叶えるための、全てを揃えて見せる。
○
「アゼル様は、どうして私と結婚して下さったのですか?」
「クレアの「私は幸せでした」っていう嘘を本当にしたかったんだ。クレアを本当に幸せにしたかった。だから、結婚したんだよ」
「クレアは、アゼル様と結婚出来て、本当に、幸せです」
「それは、全てが終わってから、言ってね」
「でも、死んでしまったら、お礼が言えません」
「じゃあ、あの世か、来世……生まれ変わってから言ってよ」
「あの世でも……生まれ変わっても、結婚して下さいますか?」
「クレアさえ、よければ」
「もちろんです! ああ……なんて幸せなのでしょう。アゼル様、愛しています」
○
「ところで、アゼル様は、私のどこが好きですか?」
「笑顔!」
「アゼル様……キ……キキキキっ………キスして…いいですか?」
○
キサラ「私達って、幸せ者だよね」
クレア「幸せ、いっぱいです」




