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36 閑話 文官貴族バースリーの悲劇

○ 魔物が活性化する前の話です。


 イーステリア辺境伯爵領、最果ての草原に、男が(ひざまず)いていた。


 広大な森の向こうに霞んで見える、天にまで届くナギア高地の岩壁に向かって、止めどなく涙を流しながら、一心に祈っていた。


 口にするのは、亡くしてしまった妻と幼い娘の名前。……そして、尽きることのない謝罪の言葉。


 男は、王城の高級文官が着る貴族服を着ていたが、長旅に、薄汚れていた。


 男の年齢は、おおよそ20歳。しかし、やつれ痩せこけ、なにより深い失意に生きる希望と気力を失い、まるで死ぬ間際の老人のように見えた。


 そこに、ひとりの幼い女の子が駆け寄った。手には金色のパンを持っている。


「おじちゃん、どうしたの? これ食べて元気だして」


 そう言って、男にパンを差し出す。


 男は顔を上げ、女の子を見た。


 その姿に、亡くした娘の面影を見た。


 男は、地に伏して大きな声で泣き出した。


 女の子が、それを必死で慰めようとする。


 そこに、女の子の両親と思われる、行商人風の夫婦がやってきて、男に声をかけた。


「どうされましたか、貴族様。よろしければ、私どもに話してくださいませんか?」


 男は泣きながら、悔恨を懺悔するように、自分の身になにがあったのか、話し始めた。



 男の名前は、バースリー。王都の王城で代々文官を勤める子爵家の四男だ。

 子爵家とはいえ、領地も持たない、王都では十把一絡げの木っ端法衣貴族である。過去に、僅かに王族の血が入ったことが自慢の、バースリーにとってはつまらない家だ。しかもその四男である。王都の貴族学院で優秀な成績を残し、王城で文官とし採用されていなければ、平民と混じって生活をすることになっていただろう。

 バースリーとしては、それでも全然構わなかったのだが。

 所詮、四男である。子爵家を継ぐ必要もない……つまり、爵位を持たない自由な身の上だ。王城に勤務しているだけで、平民となにも変わらないではないか。でも、そのおかげで、恋愛で幸せな結婚も出来た。すでに可愛い娘も居る。バースリーは自分の人生に満足していた。



 そのバースリーに、転機が訪れた。


 子爵家を継ぐはずだった長男が死んだのだ。そして悪いことに、次男と三男は素行不良で子爵家を放逐された身である。いきなり、バースリーが子爵家を継ぐこととなった。

 バースリーは悩んだ。

 問題があったのだ。バースリーの妻リンメイが獣人だった。

 王国は獣人に人権を認めていない。流石に問答無用で奴隷扱いなどはされないが、間違っても、家督を継ぐ貴族が娶っていいものではない。

 なにも悩む必要はない。子爵家を捨てればいい。この腐った国で、爵位になど興味はない。

 この国を支配する王族とは、ある意味、魑魅魍魎が跳梁跋扈する妖怪の巣窟である。

 権力を笠に着て、傍若無人に振る舞っているのだ。貧富の差が激しく、貴族など特権階級以外の全ての民が飢えている。

 ここで、もうひとつの問題がある。

 バースリーは、その王族の支配に嫌気をさして、清廉潔白な第15王子カイン殿下を支持していたのだ。

 自分が子爵になれば、カイン殿下を支持する派閥が強化される……。


 バースリーは、悩んだ。


 悩んでいる内に、妻リンメイが、娘メイリンを連れて、家を出て行った。子爵家のために身を引くと言って……。


 バースリーは、呼び戻そうとしたが、母が(・・)「田舎で幸せに暮らしている」と言っていたので、それをしなかった。


 バースリーはこれを、後で、死ぬほど後悔することになる。



 再び転機が訪れた。


 バースリーは失意に、項垂れていた。


 カイン殿下の成人になるその日、殿下が殺されたのだ。


 王族で暗殺など、日常茶飯事である。十分に気をつけていたはずなのに、それはされてしまった。


 失意のまま家に帰ると、母がやけに上機嫌だった。


 その理由を尋ねると、母は信じられないことを、口にした。愉快でしょうがないという風に。


「ゴブリンの森に追放した、リンメイとメイリンが、やっと、ゴブリンになぶり殺しにされたのよ」


 あまりのことに、バースリーは発狂しそうになった。


「メイリンとリンメイは、田舎で幸せに暮らしているはずでは!」


「ああ、それは嘘よ。考えてごらんなさい? この子爵家に、薄汚い獣の血を混ぜるわけにはいかないでしょう?」


 バースリーは狂ったように叫んだ。発狂したかのように取り乱して家を飛び出した。


 走りながら、何度も妻と娘の名を叫んだ。泣いて叫んだ。


 薄汚い路地裏で転び、拳で地面を叩いて、何度も怨嗟の声を上げた。


 怨嗟の声が収まると、謝罪の言葉が溢れだした。何度も何度も、死んだ妻と娘に詫びた。


 バースリーの心は空っぽになった。


 茫然自失で街を歩き、気がつけば聖地巡礼の隊列に混じっていた。


 巡礼者達に助けられ、数ヶ月かけて、バースリーはイーステリアに着いた。


 イーステリアの西の果ての草原。


 天界をその頂きに抱くというナギア高地を、妻と娘の死地であるゴブリンの森の向こうに望み、ここで果てようと、バースリーは、跪いた。


 息絶えるまで、謝ろう。


 涙を流し、一心に祈っていた。


 そこに、幼い女の子が駆け寄った。手には金色のパンを持っている。


「おじちゃん、どうしたの? これ食べて元気だして」



 行商人の名前はヘンリーと言った。妻の名前はライラ。娘の名前はライラックであった。ラプアシアを拠点に、家族で行商をしていると言っていた。


 全ての事情を聞き終えて、ヘンリーは言った。


「ラプアシアに行ってみるのはいかがですか? ちょうど、私達も帰るところだったのです」


 ラプアシアのことは知っていた。王都でも有名な美食の都だ。


 なぜ、そんなところに……。


 そう言いかけて、バースリーは思い出した。


 ラプアシアの都アゼリアの別名が『精霊王が治める美しき死者の都』であったことを。


「そうです。そこでは、死んだ知り合いに出会うことがあると、うわさされています。ひょっとすると、バースリー様のご家族にも会えるかも知れませんよ」


 それならば、行ってみるか。


 直接会って謝れるかも知れない。たとえ、それがゴーストだとしても……。



 イーステリアを出ると、ゴブリンの森を大きく離れ、馬車で荒野をゆく。


 幌付きの馬車の内部は寝所になっていて、荷物はヘンリーが持つ魔法のカバンひとつ。


 道中、ずっと、ライラックがバースリーの隣に座り、手を握っていた。


 握った手から、温かい想いが流れ込み、バースリーの心を癒していった。


 3日程ゆくと、堅牢な城塞に囲まれたラプアシアが見えてきた。


 バースリーは、まず、城塞の壮大さに驚いた。小さな国なら、取り囲むことが出来るだろう。それほどの、巨大建築物だった。

 長城という言葉が頭に浮かんだ。


 御用商人専用の門から中に入ると、まず、空を見て驚いた。


 無数の、風の精霊が、水の精霊を抱えて空を飛んでいた。


 水の精霊が、空からシャワーのように、水を降らせて農作物にかけている。


 果てなく続く黄金の農地。所々に牧草地が見え、家畜達が草を食んでいる。農地には、幾人もの農夫が、活気を感じさせる仕事をしている。


 数時間かけて街に入る。


 街に目を向けると、無数の土の精霊が立派な家を建てている。


 都市は、無数の水路が流れ、水の精霊が棲む、清らかな水が流れている。


 ふと、道行く人達の中に、ゴーストらしき人達を見た。


 彼女らは、召使いの統一された服を着ていた。その特徴は、うっすらと向こう側が透けて見えることだ。


 確かに、ゴースト(死者)に見えるが、その次元を越えた美しさが、怖さを感じさせない。どちらかと言えば、死者(ゴースト)というよりは聖霊といった感じだ。


「彼らは?」


 バースリーの問いにヘンリーが愛想よく答えた。


「領主であるアゼル様が使役するため召喚された、未来の精霊であると言われています」


 バースリーは納得した。


 ラプアシアの領主は、天界にすら通じている希代の精霊使いだといううわさは本当みたいだ。



 バースリーは、ヘンリーを通じて、領主であるアゼルに謁見した。


「ようこそ、いらっしゃいました、バースリー様」


 笑顔で迎えるアゼルに、一通りの挨拶を交わし、バースリーは、この都市に来た目的を話した。


 もう一度、妻と娘に会って、謝りたい……。


 意外と、すんなりと、その希望は聞き届けられることとなる。


 バースリーは、アゼル自らの案内で、荘厳なる教会の最奥の間に通された。


 そこでは、奇跡の聖女と名高いクレアが待っていた。


 なぜか、クレアの前に、大小ふたつの塩の柱が立っていた。


 訝しがるバースリーに、クレアが厳かに告げた。


「あなたの大きな悲しみが呼び寄せている、魂が、ふたつ、あります」


 バースリーは、胸を痛めた。


 それは、リンメイとメイリンに違いない。


 リンメイとメイリンは、私のせいで天国にも行けないのだ……。


 バースリーは、失意に、膝を折った。


「ここで見たことは、誰にも言ってはいけません」


 クレアが不思議なことを言った。


 バースリーは、顔を上げた。


 そのバースリーの目の前で、奇跡は起こった。


 クレアが手をかざすと、塩の柱が光輝き、ふたりの、大人と子供の獣人が姿を現したのだ。


「リンメイ……? メイリン……?」


 バースリーの声が震える。


 ありえない。死者の復活は、神々にしか出来ないはずだ。


 信じられない。でも、信じたい……。


「あなた……」


「パパ!」


 そのふたりの声に、バースリーの感情が決壊した。


「リンメイ! メイリン!」


 死を克服して、再会した家族が、涙を流して抱き合った。


 3人には、もう、言葉もなかった。


 ただ、お互いの名を呼び、もう二度と放さないと、抱き合ったのだった。







○ 事後処理です。


 3人が落ち着いたところで、アゼルとクレアは食事に誘った。


 教会の貴賓室で軽食を頂き、温かいお茶と、甘い菓子を食べながら、今後の話をした。


 まず、クレアが切り出した。


「まず、教会には、生き返らせた命を、再び死ぬような、以前の環境に戻さないように、保護する義務があります」


 せっかく蘇生させた命も、元の環境に戻すと、すぐに死んでしまう。


 バースリー達は、深く納得した。間違っても、リンメイとメイリンを、子爵家に戻してはいけない。見つかってもいけない。


「そのため、ラプアシアには、荒れ地の更に奥に、隠れ里を用意してあります」


 クレアの言葉に、バースリーは、妻と娘にうなずいて、言った。


「妻と娘を……そして、私も、そこで匿ってもらえないでしょうか?」


 クレアは驚きの声を上げた。


「子爵家を捨てる……そうおっしゃるのですか?」


 バースリーが即答した。


「リンメイとメイリンに比べたら、ゴミのようなものですから」


 クレアがアゼルにうなずいた。アゼルが話を引き継いだ。


「隠れ里に、家と仕事を用意します。仕事をしている限り、生活は保証しますよ」


 その後、アゼルとバースリーが、経理や事務の話をして、アゼルはバースリーの知識の深さに感服して、姿を変える魔法道具を使って、隠れ里から通いで、経理事務仕事をする文官として、働いてもらうことになったのだった。


 その後の、バースリー達の話は……。


 また、するかも知れません。

2021年1月6日 ストーリー上の矛盾点を修正しました。

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