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34 閑話 イースラー男爵領の孤児達

○ 開拓地が都市規模になった頃の話です。


 孤児院のドアを兵士達が罵声を浴びせ、乱暴に叩いている。

 院長であるエルフの修道女イスカリーナが、孤児達の年長であるリンドに銀貨をありったけ入れた袋を渡して涙ながらに告げる。


「リンド、みんなを守ってあげて。みんなはリンドの言うことをよく聞いて従うのよ?」


 いよいよ、扉が軋み始める。


 イスカリーナが、リンド達の前に立ちはだかる。


「裏口から逃げなさい! なにがあっても、立ち止まっちゃダメよ!」


 リンドが覚悟の顔でうなずいて、口々にイスカリーナ()の名を呼び、泣き叫ぶ子供達の手を引いて逃げる。


 いよいよ、扉が破壊され、兵士達が侵入してきた。


 裏口を出た時、リンド達の背中に、イスカリーナの、断末魔の悲鳴が響いた。


 リンドは、涙を噛み殺して、子供達の手を引いて、夜の闇を味方に、街に紛れた。



 魔物が活性化し、城塞のある都市の外では、生活が難しくなってきた。


 それは、イーステリア辺境伯爵領の東隣、イースラー男爵領でも例外ではなく、城塞の外から都市に難民が流入し、人口が増えるも、城塞の外にある農園が機能しなくなり、都市は食糧危機に陥っていた。


 イースラー男爵は、長引くこの事態に、最後の手段を取った。


 それは、口減らしである。


 まず最初に、孤児院の子供達が対象になった。


 ……兵士が子供達を殺しに来る。


 その事態を察知したイスカリーナは、我が子同然である孤児達に、全財産を持たせて逃がしたのである。


 自らを犠牲にして……。



 下町でも、特に治安の悪い、巡回の兵士達ですら近づかないスラムに、リンド達は身を隠した。


 そこで、数日が過ぎ、リンドを含め、子供達は、危険なほど、飢えていた。


 金があっても、食糧がない。


 食糧があっても、スラムのチンピラ達に暴力で奪われ、ケガばかりが増えた。


 骨折し、動けなくなった子供も居る。かくいうリンドは左腕を、肘から先を失っていた。


 リンドは、悔しかった。


 イスカリーナ()に子供達を託された責任が、リンドを責めていた。


 日に日に弱っていく子供達に、涙がこぼれた。


 悔しさを噛み殺して、衰弱し、弱りきった体にムチ打って、隠れ家を出る。


 たとえ、奪い取ってでも、乞食のように、すがり付いてでも、子供達に食糧を持って帰る。


 リンドの瞳に、火は消えていなかった。



 闇市場の入り口に、ソイツは居た。


 粗野な風貌の冒険者風の若い男だ。人形のように美しい女性を連れている。


 女性は、どこかうっすらと向こう側が透けて見えた。

 まるで、ゴーストだ。

 しかし、不思議と怖くなかった。それは、女性が、あまりにも美し過ぎたからだ。


 美しさの次元が違う。


 まるで、時代を越える永い時を、美を磨く研鑽に費やした一族の末裔だ。


 リンドが女性の美しさに目を奪われていると、ふと、女性と目が合った。

 女性が冒険者風の男に耳打ちする。

 すると、男がリンドに話しかけてきた。

 目の高さを合わせて、リンドの肩に手を置き、真剣に言った。


「助けてくれねえか?」


 それは、大人の人が、リンドのような子供にするものではない。


 まるで、男同士の約束だ。


 リンドは、思わず、応えていた。


「なにをすればいい?」


「荒れ地の開拓だ。誰にでも出来る。でも、楽じゃない」


 リンドは、息を飲んだ。


 開拓の厳しさは、聞いて知っている。作物を育てても収穫できるまでに、何人も飢えて死ぬ。

 ただでさえ、荒れ地の開墾は、重労働だ。進んでやりたがる者は、いないだろう。


 リンドは、男を睨み付けるように、見た。


 男は、真っ直ぐに、リンドの視線を受け止めた。


 こいつは、俺を……俺達を受け止めてくれる。


 リンドは直感した。だから、言った。


「お前が俺達を助けてくれるなら、俺達は、お前を助ける」


「分かった、お前達を助けよう、話はそれからだ。俺の名前はスピア。こっちの女性はシズリ、よろしくな」


 スピアとリンドは、固く握手した。


 男と男の、約束の握手だった。



「おうおう、にいちゃん、えらいべっぴんを連れているじゃないか。俺達にも、お裾分けしてくれよ」


 隠れ家に向かう途中、チンピラ十数人に囲まれた。


 いつも、リンドを待ち構えて、食糧を奪い取る奴らだ。


 リンドが、悔しさに、唇を、血がにじむほど噛み締める。そこで、シズリが、一歩前に出た。


「敵性体15を確認。排除します」


 それは、一連の舞踊だった。


 シズリが舞うように動き、チンピラ達を叩き伏せていく。


 チンピラ全てが地に倒れるまで、数秒もかからなかった。


 ふと、リンドは見た。


 シズリの背後で倒れていた、チンピラが上半身をかろうじて起こし、シズリにナイフを投げたのだ。


「あぶない!」


 リンドが叫ぶと、すかさずスピアがシズリを庇い、シズリの代わりにナイフを受けた。


 幸いナイフは、鎧に防がれ、スピアは軽い切り傷を負っただけだった。


 リンドは、ホッと胸を撫で下ろす。


 シズリがスピアに、坦々と事実を告げる。


「私は、心を持たないただの立体映像です。庇う必要はありません」


 スピアは、それに、憮然として答えた。


「お前には、心がある」


 シズリは、少し小首をかしげて聞いた。


「根拠は、なんですか?」


 その問いに、スピアが、自信満々に答えた。


「俺が、あると感じているからだ」


 ……シズリは、痛みを庇うように、自分の胸に、そっと手を当てた。



 隠れ家に着くと、子供達が、虚ろな目でリンド達を見た。


 もう、声を出す力もない。


 スピアは、肩にかけたカバンから、その大きさではありえない大きさの鍋を出した。


 リンドは驚きに声をあげた。


 魔法のカバンだ。


 鍋から、湯気が立っている。


 同じくカバンから木の器とスプーンを出して、鍋の中身……お粥を入れていく。

 リンドとスピアとシズリが協力して、子供達に、お粥を食べさせる。

 子供達が満腹になると、スピアはカバンから敷物を出して、シズリが子供達を寝かせる。スピアが魔法の呪文を唱えると、子供達の体や服の汚れがキレイになった。

 それが気持ちよかったのか、子供達は、安らかな寝息を立て始める。

 リンドはホッとして、涙ぐんだ。


「スピア、ありがとう」


 涙を拭ってお礼を言う。


 スピアは、微笑んで、リンドの涙を隠すように、抱き締めた。


 リンドは、声を殺して泣いた。



 数日間、隠れ家で過ごし、子供達の体力の回復を待ち、動けるようになると、都市を出た。


 骨折などのケガで歩けない子供達は、リンドとスピア、シズリと別の子供達で支えた。


 都市を出て、充分離れたところで、スピアがカバンから、馬車と鋼鉄の馬を出して、子供達を乗せた。

 鋼鉄の馬は、まるで馬車の重さなど感じさせず、力強く進んだ。

 馬車は数日かけて、子供達を開拓地であるラプアシアに運んだ。



 ラプアシアの堅牢な都市に入り、子供達は、荘厳な教会に連れられた。


 数百人が入れる大聖堂に通された。そこでは、たくさんの重病人や大怪我を負った人が待っていた。


 しばらく待っていると、奥から従者をふたり連れた、ヴェールで顔を隠した高位の巫女服を着た少女が、部屋の中央に歩いてきた。


 子供達は、息を飲んだ。


 天女か、天使か、いいえ、神様が来られた。


 そう思ったのだ。


 そのヴェールを被った少女の持つ、神々しい雰囲気に、魂を奪われたように、立ち尽くした。


 少女は、人々の中心にまで歩みを進めると、跪いて祈りを捧げた。


 すると、奇跡は起こった。


 重病人の病は治り、大怪我を負った者の怪我が、きれいに復元したのだ。体に欠損のある者も……リンドの失った左腕でさえ、元通りに生えてきた。


 大聖堂に喜びの大歓声が響く。


 奇跡を起こした少女……奇跡の聖女クレアは、静かにその場を去った。


 その時、クレアの従者が、リンド達について来るように指示し、リンド達を、大聖堂の奥に連れて行った。


 大聖堂の奥。竜の神像を祀る祭壇の前で、クレアが待っていた。


 クレアが、リンド達に厳かに告げた。


「あなた達のことが心配で、天に昇れない魂が居ます」


 そこに、従者が、塩の柱をクレアの前に立てた。


「ここで見たことは、誰にも言わないと、約束してください」


 クレアが、そう言うと、塩の柱に手をかざした。


 そして、再び、奇跡は起きた。


 塩の柱は、見る間に、人の形を取り、肉体を構築し、そこに、死んだはずの、リンド達……子供達の母、イスカリーナが、立っていたのだ。


「イスカリーナ……かあさん?」


 震える声でリンドが……子供達が、母の名前を呼ぶ。


 イスカリーナが、大きく呼吸した。ふらつきながらも、子供達に歩み寄った。今にも泣き出しそうに、愛おしそうに子供達を見つめるその顔には、生気が満ちていた。


 ……生きている! 生き返った!


「リンド……ミーシャ、ニース、コゼット、フルア、バーグ!」


 イスカリーナが、涙で震える声で子供達の名を呼ぶ。それは、間違いなく、死んだはずのイスカリーナ()の声だった。


「「「かあさん!」」」


 子供達が、母の胸に飛び込み大声で泣く。


 子供達を抱き締めて、イスカリーナも喜びにうち震えて泣いた。


 クレアは、優しく微笑んで、そっと、その場を去った。



 その後。


 リンド達は、イスカリーナと一緒に、大きな家をもらい、そこで暮らし始めた。


 イスカリーナは教会で修道女として働きながら、子供達の世話をし、子供達は、家畜の世話……主に鶏のエサやりと卵の回収……をしながら、学校に通い始めた。


 毎日、美味しい食事が1日3食ついて、お風呂もあり、トイレは水洗、衣食住の全てが満足する、清潔で快適な暮らし。


 なにより、笑い声の絶えない、家族全員の幸せな笑顔がある生活を送っていたのだった。

 スピアはイーステリア辺境伯の三男です。開拓民を集める仕事をしてます。

 シズリは、アベルがエデンズアップルシステムで生み出した、質量を持ち、触れる立体映像の召使いです。

 今回は、彼らと、クレアの聖女としての活躍に触れました。

 ちなみに、この後、クレアはアゼルの手作りショートケーキを、あ~んしてもらい、ただの普通の女の子になって、幸せしました。


2020年10月9日 誤字修正しました。

2020年10月10日 孤児の1人の名前をカイルからニースに変更しました。

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