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30 閑話 魔王軍との戦い

 王都に、魔王の軍勢が押し寄せた。

 四天王である死者の王に率いられた死者の群れは、犠牲者を新たな死者に変え、数を増やしながら進軍する。

 同じく、四天王である虫の王が率いる無数の魔虫が雲霞のごとく押し寄せる。

 四天王の獣の王が率いる魔獣の群れが王都を蹂躙する。

 四天王である邪竜が、その巨体で王城を踏み潰す。

 ラプアシア・イーステリア連合軍との戦いで疲弊した王家の軍に、それに(あらが)う力は残っていなかった。

 王家の軍は壊滅し、王族は散り散りになって王都を落ち延びた。

 軍を指揮した国王セインは、魔王軍の大将軍であるデュラハンに敗れ、勇者の証である聖剣を奪われて敗走した。



 魔王軍は、国土を蹂躙し、人は死者に変え、遂に辺境であるイーステリアに迫った。

 その時の、魔王軍の総数は1億。

 このままイーステリアとラプアシアを滅亡させようと、進軍した。


 絶体絶命の危機。


 その時、天空に、風に、大地に、歌が響いた。

 その歌を聴いた死者達は聖霊となり、魔虫は聖虫となり、魔獣は聖獣となり、反転し、魔王軍に、襲いかかった。

 魔王軍が攻めれば攻めるほど、ラプアシア・イーステリア連合軍の戦力が膨れ上がった。

 この奇跡を行使したのは聖女オードリー、そして、奇跡の聖女クレアである。


 魔物は、愛の歌に、耐性を持たない。



 交代で休憩を取りながら歌うふたりを見て、

『歌で敵が寝返るなんて常識だよね』

 ボソッと、時の精霊が呟いた。

 時の精霊の常識はマニアックだと、アベルは思った。



 魔王軍は、壊滅的な打撃を受けて、一時撤退した。

 魔王は、四天王と大将軍を集め、作戦会議を開いた。


「雑兵でいくら攻めても無駄だ」


「とにかく、あの歌を止めなくてはならない」


「少数精鋭で、敵の本陣に攻め込もう」


「余も行こう。魔王である余は、聖剣で斬られない限り死なないのだからな」


 会議の結果、魔王、大将軍、四天王全員で攻め込むことに決まった。



 四天王である邪竜の背に乗って、イーステリア・ラプアシア連合軍の本陣を目指す。

 王城を踏み潰すほどの巨体で空を飛ぶ姿は圧巻である。

 このまま、イーステリア・ラプアシア連合軍すら踏み潰してしまおうか。

 そうニヤニヤと厭らしく笑う魔王達は、次の瞬間に固まった。

 ラプアシア・イーステリア連合軍の本陣に、天を突き抜けるほど大きな、光輝く巨人が現れたのだ。

 少しだけ向こう側が透けて見える光の巨人が、胸の前で腕をクロスさせると、そこから(ほとばし)る光の奔流が溢れ、邪竜に照射された。

 轟音がして、光を浴びた邪竜が、木っ端微塵に爆散した。

 役目を終えた光の巨人は、3分間で、空の彼方に飛び去った。

 怪獣退治の専門家は、いつもいい仕事をする。



 魔王達は、死んでいなかった。

 寸でのところで、邪竜から飛び降り、脱出に成功していた。

「なんだ、あの光の巨人は!」

「とにかく術者を殺そう。そうすれば無力化できるはずだ!」

「ええい! いったい余は、なにと戦っているのだ!」



『魔王と大将軍、それに四天王が来るよ』


 精霊の報告を受けた本陣に緊張が走った。


「兵士達は引かせろ。無駄死にになる」


 アゼルが、速やかに指令を出す。


「どうされるので?」


 ギブスンの問いに、アゼルがこたえる。


「こちらも少数精鋭で迎え撃つ」


 その言葉を聞いて、立候補が乱立した。


「魔王の相手は、同じく女王である私が」


 キサラは、魔王と戦うようだ。


 アベルは思った。まあ、大丈夫だろう。いざとなったらボクがフォローすればいい。


「では、わたくしは、虫の王を」


 ギブスンが立候補する。


 唐揚げにすると美味しいんですよね。とボソッと呟いて、イソイソと虫取網を用意している。


「俺は獣の王をやるよ」


 拳を打ち鳴らし、不敵な笑顔でイリスが言った。


「じゃあ、私は大将軍をやりますね」


 カレラがうずうずした表情で言った。


「あたしは、死者の王を撲殺(・・)しますね」


 いい笑顔で、物騒なことを言うのは、エミリーだ。


「私はアリスおかあさまと、大魔法を準備しておきますね」


 と、ウェンディ。アリスもうなずく。


「私達は、いつでも歌えるように、控えておきます」


 そう言ったのは、クレアとオードリーだ。


「みんな、後ろには、ボク(アベル)が居る。思う存分、やっていいよ」


「「「はい!」」」


 アベルの言葉に、みんなが声を揃えた。



 獣の王は、無限の再生能力を持つワーウルフである。


 獣の王は、イリスと対峙し、名乗りをあげた。


「俺は四天王、獣の王! お前の名を聞こう」


「あたしは、イリス。神々を喰い殺す竜の戦士だ」


 堂々としたイリスに、獣の王は訝しげに言った。


「……知らんな」


 イリスは、カラッと笑った。


「食材に、名前を覚えてもらおうとは、思わないよ。さあ、食事にしよう」


 獣の王は、黄金に輝く爪を伸長させて、言った。


「このオリハルコンの爪で、切り刻んでやる」


 獣の王の挑発に、やはりイリスは、不敵に笑って言った。


オリハルコン(神鋼)か? いいね、神々を喰い殺す竜の、大好物だ!」


 獣の王が、爪で斬りかかる。


 それを剣で受けるイリス。


 獣の王が、驚愕で顔を歪ませる。


 イリスの剣で受け止めた爪が、ごっそりと喰い尽くされたのだ。


「ちぃ!」


 獣の王が、もう片方の爪で、イリスを切り刻もうとする。


 爪が、イリスの首筋に叩き込まれる。


 ニヤリと笑った獣の王の顔が、再び驚愕に歪む。


 イリスの首筋に触れた爪が、ごっそりと喰い尽くされたのだ。イリスには、傷ひとつない。


 イリスが繰り出した剣戟を、紙一重で獣の王が避ける。


 しかし、剣戟が起こした風に触れた部分が、ごっそりと喰い尽くされた。


 獣の王が、血飛沫を撒き散らして地面を転がる。


 致命傷とも思われた傷は、しかし、あっという間に再生される。


「な……なんだお前は!」


 獣の王が狼狽する。


 攻めても、喰われる。攻められても、喰われる。


 まるで、決して触れてはならないなにかと、対峙しているみたいだ。


「お前は、食べてもなくならない魔法のパンみたいな奴だな。食いでがあるね」


 舌なめずりするイリスに、獣の王は心の底から恐怖し、逃亡をはかった。



 死者の王が瘴気を撒き散らし、エミリーと対峙した。


「我は死者の王。女よ、名を名乗れ」


 恐怖を呼び起こす低い声で、死者の王が言う。


「あたしは、神々を喰い殺す竜の僧侶エミリー。短い付き合いになるけど、よろしくお願いします」


 死者の王が腕を振ると、瘴気が闇の波動となってエミリーに襲いかかる。


 すると、エミリーの前に、忽然と天使が現れた。


 筋骨隆々の巨漢の天使だ。


 天使は、地を這うような、野太く低い雄叫びを上げると、闇の波動をものともせず、殴りかかる。


 ハンマーのような拳が炸裂し、踏み潰されたカエルのように、死者の王が地に伏せる。


 天使が、ふらつく死者の王を丁寧に立たせる。そして再び拳を振るう。再び死者の王がカエルのように潰れた。天使が、ふらつく死者の王を、丁寧に立たせる。そして……。


 この行為は、死者の王が完全に消滅するまで行われた。



 虫の王が、ギブスン(悪魔)に追われていた。


 ギブスンは、どこか童心に帰ったように、無邪気に虫取網を持って追いかけている。


 対する虫の王は、必死だ。


 捕らわれれば命がないと言わんばかりに、逃げ惑っている。


 魔物は、悪魔ほど悪くない。


 虫の王がギブスンに対抗するには、悪が足りなかった。



 カレラは大将軍であるデュラハンと剣を交えていた。


 カレラは、みごとにデュラハンの剣戟を捌き、その鎧に斬りつける。


 しかし、鎧は、傷ひとつつかないのであった。


「俺の鎧はアダマンタイトだ。たとえお前のミスリルの剣でも、切り裂くことは出来んぞ」


 カレラは、つまらないものを見る目で、アダマンタイトの鎧を見た。


 そして、幾度も剣で斬りつける。


 やがて……。


 鈍い音がして、カレラのミスリルの剣が砕け散った。


 デュラハンが、勝利を確信して、ニヤリと笑う。が、すぐに訝しげな声でカレラに問いただした。


「なんの真似だ……」


 カレラが、地面に生えていた草の葉をちぎり、手に持って、剣のように構えたのだ。


 カレラは、大真面目に、デュラハンに突撃し、草の葉の剣を振り、走り抜けた。


 デュラハンは……動かなかった。


 カレラは、草の葉を捨てて歩み去った。


 デュラハンは動かない。いや、動けないのだ。


 カレラが切ったのは、思考のつながり。思ったことを、次の思考に反映させる思考の接続を切ったのだ。


 デュラハンは、もう、動こうと思えない。


 敵を見ても、攻撃しようと、思えない。


 それどころか、なにかをしようと思っても、行動しようと思えない。


 思考が行動につながらない。


 思考力をアダマンタイトの鎧で守らないから、こんなことになる。


「……豆腐メンタル」


 カレラが、つまらなさそうに、呟いた。


「それにしても、アダマンタイトは斬れないか……。私もまだまだだな」


 よし、頑張ろう。と、カレラは小さくガッツポーズした。



 キサラの魔法で、天から光の槍が無数に降り注ぎ、魔王を矢衾にする。


 絶命し、塵になって消えていく魔王。しかし、即座に復活した。


 魔王が得意げに哄笑をあげる。


「無駄だ。余は聖剣でなければ死なない。絶望するがよい!」


 キサラは呆れた。そして、出来の悪い生徒を叱る教師のように、魔王に言った。


「不滅の神々に囲まれて育った私だから言うけど、死なないことなんて、自慢でもなんでもないわよ?」


「いい? ボウヤ。生きていれば死ぬより辛いことなんて、いくらでもあるんだから、恥ずかしい真似はやめなさい」


 それを聞いて、魔王は馬鹿にしたように笑った。


「では、お前が余に、死ぬよりも辛いこととやらを教えてくれると言うのかね?」


「いいわよ。……おいで」


 キサラが手招きした。魔王が歩み寄った。……いや、寄ろうとした。


 魔王が歩くのに、キサラとの距離がまるで縮まらないのだ。


 魔王は、むきになって早歩きした。距離は縮まらない。


 魔王は走り出した。


 距離はどんどん広がっていく。


 気がつけば、キサラの姿はなく、見知らぬ場所で巨大な扉の前で立っていた。


「どこに行った?!」


 魔王が叫ぶ。


「こっちよ……」


 扉の向こう側から、声がした。


 魔王は、扉を開けて踏み込んだ。そこは……。


 ……地獄だった。


 罪を犯した不滅の神が、永遠に苦しむ監獄。そこに神ではない魔王が、自ら踏み込んだのだ。


 魔王の両脇を、馬の頭をした鬼と、牛の頭をした鬼が抱える。


「なっ! 放せ」


 魔王が暴れるが、神でもない魔王に抗う術もない。せめて魔神であったなら、少しは抗えたかもしれない。いや、たとえ魔神であったとしても、無理だっただろう。


 魔王を地獄に閉じ込めて、扉はゆっくり閉まった。


 扉の外で、キサラが憂鬱にため息を吐いた。


 死ぬことない神々が、どれだけ歪んだか。


 自らの愚かさを()ためないことを「不変」だの「不滅」だの「不死」だのと呼んでいるから、こうなるのだ。


 キサラはアベルの元に戻り、思い切り甘えた。


 魔王すら翻弄する女王キサラが、ただの女性になるのは、アベルの前だけである。



 獣の王が逃走し、魔王軍の本陣に逃げ込んだ時、それは起きた。


 皆が空を見上げている。


 獣の王が、空を見上げて、固まった。


 空の青の全てを、炎の赤に塗り替えて、それが落ちて来る。


 なんだ? 月が落ちて来たのか……?


 茫然とする意識の片隅で、獣の王が思った。逃げるなど、考えもしなかった。世界が終わると思ったからだ。


 それは、ウェンディとアリスの大魔法。


 天地の全てを圧殺するように、それが落ちて、魔王軍がユーフォリアから消え去った。



「アリス、ウェンディ、あの魔法は、なに?」


「「ただの、ファイヤーボールよ」」


「……ただの?」


「「ちょっと、おっきくしたけどね」」


「……ちょっと?」

2020年7月7日 加筆

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