3 村の生活
アベルの住む村の名前は『イーストエンド』。
イーストエンドはユーフォリアの西の果て、ナギア高地の前にある。
ナギア高地は神々が住まう天界をその頂きに抱く台地だと言われている。
見た目は、どこまでも切り立った垂直の崖。
その頂上に登った人は、この500年居ない。
それでも、登頂を夢見る冒険者が後を断たず訪れるので、小さな村なのに冒険者の宿があったりする。
もっとも、東隣のイーステリア辺境伯領に続く森に、邪悪なゴブリンの王国が出来たせいで、冒険者の数は少ない。
実質的にユーフォリアの西の果てはイーステリア辺境伯領とされている。
ユーフォリアの東の果てには、魔物の領域……魔界があり、常にユーフォリアを脅かしている。
もっとも、過去に魔界に、魔物を統べる魔王が誕生してユーフォリアを攻めた時、勇者が魔王を討ち取ったが、指導者を失った魔物達がユーフォリアの全土に散って潜伏したため、魔界に行かなくても魔物は居る。イーストエンドの東の森のゴブリンも、そのひとつだ。
邪悪なゴブリンが統べる森。そんな危険な森の恵みに、イーストエンドは依存している。
○
朝食が終わると、バーバラは魔法薬を売りながら、空いてる時間で後継者であるアリスに魔法を教える。
イリスは、かつて村1番だった老年の戦士に剣術を習う。
エミリーは教会で奉仕しながら、神父さまに神聖魔法を教わる。
そして、アベルは……。
「よーし、みんな集まったな」
村の男達が粗末な武装をして集まっている。
その中に守られるように、アベルを含めた子供達が数人と、村の女達が採集籠を背負って集まっていた。アベルの友達のゴンゾとチニーも一緒だ。
「今日は、少し奥まで行くぞ。気を引き締めて行け」
リーダーの戦士風の中年男性の号令で、ゴブリンの国の森に分け入って行く。
休憩を挟みながら森を進み、途中で目についた野草や木の実などを拾って採集籠に入れて行く。
村の近くの森では、はぐれのゴブリンくらいしか居ないため、専業の戦士でない村の男達でも協力連携して、ゴブリン達を排除出来る。ゴブリンの王国の主な戦力は、イーストエンドの反対側、イーステリアの方面に集中しているからだ。
「今日は、なにごとなく終わるかな」
と、チニーが希望を口にしたとたんに、それは起きた。
「一匹が包囲を抜けた!」
村の男達の声が響く。
すると、女子供達に向かって、薄汚れた緑色の肌をした小人のような魔物……ゴブリンが血走った目をぎらつかせ、錆びた短い剣をめちゃくちゃに振り回しながら走ってきた。
弱い女子供達に襲いかかれることが、堪らなく嬉しいようで、表情を喜悦で歪め、心が汚されるような、下品な雄叫びを上げている。
こんなことは、残念ながら、よくあることで、逆に一匹だけだなんて、今日は幸運だ。
女子供達は背負った籠を投げ捨てるように地面に置いて、ちょっと硬いだけの薪を手に持った。
突っ込んでくるゴブリンを囲うように広がり、袋叩きにする。
一方的な勝利を納めたが、正面に立った女性が怪我をして、さらに傷口からバイ菌でも入ったのか、熱を出した。防衛していた男達も無傷ではない。
戦いが終わった途端、アベルの手が震え出した。緊張が解けて、思い出したように、恐怖心が沸き上がったのだ。そして、それはアベルだけではない。子供達はお互いに抱き合って泣き出した。
ガキ大将気質のゴンゾも、皮肉屋のチニーも泣いていた。
それでも、採集は続けられた。
籠がいっぱいになると、村に帰り、怪我人は教会とバーバラのところに治療に行き、採集した森の恵みは、一度、村長の一族が全て接収してから、村人に分配していく。
それを見た、時の精霊がアベルに聞いた。
『明らかに村長の一族の取り分が多いんだけど、村長は悪い人なの?』
それを聞いたアベルが不思議そうにこたえた。
『えらい人が、たくさん食べなくちゃならないのは、当たり前じゃないか。村のみんなを導く人が死んじゃったら、村はどうするの? むちゃくちゃになっちゃうよ?』
苦しい時代には、強力なリーダーが必要なのだ。
逆を言えば、リーダーに力を集める必要がある。
金も物も食糧も武力も村長に集める。
それが当然だ。
ちなみに、この村で『玉の輿に乗る』とは『村長の一族に迎えられる』ということである。
村長の一族に迎えられると、いっぱい食べることが出来る。
飢えなくて済む。
常に飢えに苦しんでいる村人にとって、それは至高の価値だった。
村人は、どうにかして村長やその一族と姻戚を結ぼうと策を巡らせるのが普通であった。
『ボクと時の精霊さんとは、どうも、常識が違うね。ゆっくり、仲良くなって、お互いを知ろうよ』




