19 エミリー15歳、僧侶
「アベル……、カッコよかったなあ」
ほうっと、うっとりした、ため息が漏れた。
エミリーの独白に、アリスとイリスが同意し、キサラとクレアが「当然」と、我がことのように胸を張った。
女の子全員で、寝室のキングサイズのベッドを占拠し、パジャマでおしゃべりをしていた。
「あれは、反則だよなあ」
と、イリスがぼやけば、
「あそこまでやられたら、女の子だったら、絶対、惚れるしかないじゃん」
と、アリスもぼやく。
枕を抱き抱えて、顔を半分隠していたエミリーも、激しく同意した。
久しぶりに会った、幼なじみの男の子は、素敵な男に成長していた。
娘達の命を救い、あたし達を救い、それを「当然」と笑った。
あたし達が、救われるわけなんか、これっぽっちもなかったはずだ。
頭の弱い女が、悪い男に騙されて、深く傷つき、不幸になるのは社会常識だ。
無知は罪で、必ず、罰を受けるのだから。
だけど、それを、アベルは、ただ「家族だから」と言って、救い上げてくれた。
オードリーを……、カレラをウェンディを救ってくれた。
全てをかけて、幸せにしたい娘達を……。
その事実が、エミリーの魂を、アベルの虜にした。
もう、アベルに、あたしの全てを捧げてもいい。
命もアベルにあげる。心もアベルのものだ。魂さえアベルに……。
でも、体は、もう、穢れきっているから、差し出すのは失礼だ。
悲しくなった。
○
「なあ、俺達、アベルの第3、第4、第5婦人になれないかなあ」
イリスが悩ましげに、ため息混じりに言った。
「出来るなら、なりたいけど……」
アリスが、言い淀む。
「アベルの、あたし達に対する『好き』は、きっと、家族の『好き』だよ」
あたしが、情けない声を出す。
家族には成れても、恋人には成れない。
それが、厳然たる事実として、目の前にそびえていた。
泣けて来た。
きっと、あたし達は、アベルを逃せば、二度と男を好きになることは、ないだろう。
もてあそばれ、暴力を振るわれ、捨てられた。
男という存在が信じられない。なにより、怖い。
……心も体も、穢された。
あたし達は、汚れきっている。
もう、普通の女としての幸せを求める資格など、失ってしまっているのだ。
あたしは、泣いた。
アリスもイリスも、泣いていた。
どうして、あの頃のあたしは、あんなに馬鹿だったのだろう。
どうして……。
言っても、どうしようもない後悔に、あたし達は、泣くことしか出来なかった。
○
「ここに、こういうものが、あります」
どこか覚悟を完了させたキサラが、ビンに入った薬のようなものを、差し出した。
不思議がる、あたし達に、衝撃の事実を告げた。
「神々さえ狂わせる媚薬です」
思わず声が出た。
「なんで、そんなもの、持ってるの?!」
キサラが昏い笑顔でこたえた。
「昔、言い寄ってきた神々の主神が、こんなにね……」
と、言って、ベッドの上に無数に並べる。
でも、すぐにキリっと顔を引き締めて、エミリー達に言った。
「これで、既成事実をつくりましょう」
問答無用の迫力で、エミリー達に迫るキサラ。
あまりのプレッシャーに、エミリー達がクレアに助けを求めると、
「エミリー様。アゼル様の弱点は、お酒です。酔わせた上で、媚薬を使ったら確実に堕ちます!」
と、真剣な顔で、こたえた。
ふたりは真剣に、エミリー達を救おうとしているのが分かった。
エミリーは、躊躇した。
「でも、あたしの体……汚い」
イリスもアリスも、暗い表情で、うつむいた。
「大丈夫。アベルは、傷だらけの顔の女の子にキスする男よ」
エミリーは、アベルとのディープなキスを思い出して、赤くなった。
「それとも、アベルが、女の子に責任も取らないような男だって言うの?」
エミリーが……アリスがイリスが顔をあげた。
キサラとクレアが、力強くうなずいた。
○
「「「アベル、ちょっと休憩しない?」」」
飛空船セントエレメントの書斎。
アベルは、自分の領地の執務を持ち込んで、仕事していた。
そこに、アリス、イリス、エミリーがやって来て声をかけたのだ。
「もう、こんな時間か。それにしても……」
3人は、やたらと扇情的なドレスを着ていた。
アベルの視線に気付いて、3人は羞恥に身をよじる。
「そっ、そんなに、見ないでよ」
バカアベルと、アリスが照れ隠しで言う。
「ごっ、ごめん。そ…そうだ、カレラ、オードリー、ウェンディはどうしたんだ?」
必至で話を逸らそうとするアベルに、イリスがこたえた。
「キサラとクレアが見てくれているんだ。「ひさしぶりなんだから、つもる話もあるでしょう」って言ってくれて……」
尻窄みになったイリスの言葉をエミリーが引き継ぐ。
「お酒でも飲んでゆっくり話してって、送り出してくれたんだ」
そう言って、エミリーがウインクして、手に持った酒ビンを、掲げて揺らす。
アベルが、その可愛らしい仕草に、くすりと笑って言った。
「いいよ。飲もうか」
○
美酒を交わして、積もりに積もった話をした。
アリス、イリス、エミリーは、冒険の話。
アベルは開拓のよもやま話や、村の出来事。
まるで、離れていた時間を埋めるように、酒と言葉を交わしあった。
宴もたけなわのところで、エミリーが切り出した。
「アベル……珍しいお酒があるのだけど……」
と、言ってアベルの杯に液体を注ぐ。
「珍しい匂いだね。薬草酒?」
「「「そっ、そうなんだ。ヤクソウシュダヨ」」」
挙動不審な3人に、不思議に思いながらも、アベルは杯を傾けた。そして……。
「うっ……」
苦しげに、唸って、杯を落とす。
呼吸が荒くなって、目が充血する。
「アリス……イリス……エミリー……」
怖いくらい真剣な目で、アベルが3人を見る。
3人が、ごくりと息を飲む。
「どうしよう。急に、お前達が欲しくなったんだ。好きで好きで、どうしようもないんだ……」
手を出そうとして、強靭な意思の力で抑え込み、自制する。
その姿は、痛々しいほど、苦しそうだった。
「「「えっと……」」」
3人は、服をはだけ、自分を差し出した。
「「「あたし達なんかでよければ、どうぞ、抱いて下さい」」」
○
4人は急いで、アベルの寝室に移動した。
そして、服を脱ぐのもそこそこに、ベッドに飛び込んだ。そして……。
○
3人は、驚いていた。
セインの時と、全然違う。
アベルのコレが、本物だというなら、セインのアレは、いったい、なんだったの?
アベルのコレが、リンゴだとすれば、セインのアレなんか、中身のないリンゴの皮だ。
○
どうして、そんなに、優しいの?
どうして、そんなに、大切にしてくれるの?
あたし達、お姫さまじゃないよ?
どうして、あたし達の気持ちを真っ先に考えてくれるの?
あたし達なんかに、そんな価値なんか、ないのに!
○
嬉しかった。
生きてきて良かったって思えた。
そして……。
この人と、共に人生を歩んでいいんだと、思った。
もう、いいんだ。
全てが許された気がした。
もう、苦しまなくたって、いいんだ。
○
朝、起きて、アベルは絶望的な顔をして、現状を見ていた。
キングサイズのベッドに横たわる、3人の、裸の、寝姿。
自分も裸。
部屋に充満する女と男の匂い。
そして、間違いようのない、自分自身の記憶……。
「「「うぅ~ん」」」
3人が起きた。
アベルは、ベッドから飛び降りて土下座した。
「すまん、本当にすまん! 謝っても謝りきれるものではないが、どうか許してくれ。責任は取る!」
「「「ア、アベル……。あのね? 実はね?」」」
あまりの剣幕に、3人は、しどろもどろになる。
「そうだ!」
アベルが声を上げて立ち上がる。
3人が、ビクッてする。
「キサラとクレアに、お前達との結婚の許可をもらってくる!」
○
カレラ、オードリー、ウェンディを抱いたキサラとクレアの前で、アベルが土下座していた。
その後ろに、アリス、イリス、エミリーが駆け込んで来る。
「すまない! 俺は、ふたりを裏切った。アリス、イリス、エミリーを抱いたんだ」
「どうにかしてたんだ。でも、抱いたのは、事実だ。申し開きの余地はない。本当にすまない!」
アベルは、ただただ、キサラとクレアに、頭を下げた。
○
アベルの痛々しい姿に、5人は、真っ青になった。
5人は、綺麗に揃って並び、アベルに土下座した。
「「「アベル(アゼル様)、ごめんなさいっ」」」
「へっ……?」
意外な展開に、アベルは、目を丸くした。
○
5人は、企みを、全てアベルに明かして、謝罪した。
アベルは、くたくたと座り込んで、言った。
「良かった~。キサラとクレア。アリスにイリスにエミリーに嫌われるかと思って、死にそうになったよ」
5人は焦って、口々に言った。
「嫌いになるわけないよ! 全部、私のせいなんだから…」
「いいえ、悪いのは私です! お慕いしております、アゼル様」
「「「そんな! 悪いのは、あたし達だよ。キサラとクレアは、全然、悪くない。嫌いになるわけないよ。あたし達、もう、アベルなしで生きられないんだから」」」
全員が、自分に責任があると言ってゆずらず、場は混沌とした。
「じゃあ、誰も悪くないってことにしないか?」
アベルがまとめて、みんなが、納得した。
落ち着いたところで、アベルが、キサラとクレアに言った。
「アリスとイリス、エミリーと結婚したい。カレラ、オードリー、ウェンディは、俺の子供として引き取る。……許してくれるかい?」
アリスとイリス、エミリーが、キサラとクレアを見た。
真剣に懇願する目だった。
キサラとクレアは、「当然」と言って、微笑んだ。
アベルは、改めて、アリス、イリス、エミリーの前に立ち、騎士のようにかしずいて、真っ直ぐに3人の目を見て言った。
「ねえ、アリス、イリス、エミリー。ボク達、今までずっと、一緒にいたよね?」
どこか、子供の頃に戻ったような口調で、アベルは言った。
なにも、心を飾らなかった、子供の頃のように……。
3人が頷く。
「ずっと、言えなかったことを、言わせて。ボクは、3人と一緒にいられて、本当に、とても、幸せだったんだ」
「一緒にいてくれて、ありがとう」
アベルが深く頭を下げる。
「それでね……」
アベルは、顔を上げた。心の底から優しく微笑んでいた。
無邪気な子供の頃の、アベルの姿が重なった。
「これからも、ずっと、一緒にいれたら、ボクは、とても、幸せなんだ。もちろん、カレラとオードリーとウェンディも一緒だよ」
「アリスとイリス、エミリー。カレラ、オードリー、ウェンディと、これからも、ずっと、一緒にいるために……」
手を取って、懇願した。
「ボクと、結婚して下さい」
○
「子供の我が儘、言ってごめんね」
アベルが、3人に詫びた。
「「「そんな! 我が儘だなんて……」」」
3人は、どうしていいか分からずに震えていた。
身に余る幸せ……。
こんな、大きな幸せを、あたし達なんかが、受け取っていいはずがない。
そう思って、震えた。
そんな、弱い小さな心に、キサラとクレアが寄り添って支えた。
「私達が一緒ですよ。もちろん、カレラとオードリーもウェンディも、大きくなって、アリス様、イリス様、エミリー様の、大きな力になってくれます」
「そうよ。私達、家族でしょう?」
家族……。
その言葉に、アリスの、イリスの、エミリーの心が決壊した。
3人は、泣きながら、プロポーズの返事をした。
「「「はい、家族です。一生……一緒にいて、支えあいたいです。あたし達を、アベルの……お嫁さんに、してください」」」
2020年6月26日 一部修正




