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124 閑話 スパイ

 俺は、ラプアシアに向かう行商人……に扮した間者(スパイ)だ。ラプアシアを調査するため、ある貴族の派閥に雇われている。


 ラプアシアに行くのは簡単だ。少し大きな都市に出ればいい。


 そこから、朝夕の定期便で、飛空船がラプアシアに飛ぶ。


 運賃は地域にもよるが、大抵は大銅貨数枚。宿で夕食が2~3回食えるくらいの値段だ。ちなみに、俺は商人の優遇を受けるので、大銅貨1枚少なくて済む。もっとも、荷物にも運賃がかかるから費用の計算は必須だ。


 調査が目的とは言え、行商人が商品も持たずに行くのは不自然だ。俺は寒村の老人達が手慰みに作った民芸品等を購入して飛空船に乗った。ラプアシアは農業大国だ、食料品は売れない。地方の特産品や素材や加工品を持ち込むのが普通だ。


 ああ、大国って言い方が気になったかい?


 あそこを王国の領地だなんて思っているのは、一部の愚物だけさ。聖地にある領地ってのは、それだけ特別なのさ。王国の法を適用できない。あそこに干渉出来るのは、神々との約束に(のっと)った時だけだ。



 飛空船には、俺と同じ商人と観光客、そして、区画は別れるが、病人と怪我人が乗っている。


 魔物の活性化で、人界には怪我人や病人が溢れかえっている。他の領地の医療機関だけでは、到底、処理できない。キャパシティーを完全にオーバーしているのだ。


 他の領地では、医者にも神聖魔法を使う僧侶達にも見放されたような、重病や大怪我を負った者もいる。


 彼らの、すがるような目が脳裏にこびりついた。



 ラプアシアに到着し、飛空船の発着場を降りる。


 発着場は領都アゼリアの郊外のラプアス農場の側にあり、ラプアシアの各地に行ける転移門が広場に幾つも並んでいて、ひっきりなしに、魔法の石の牛馬に牽かれた馬車が往来している。


 どの馬車も、作物をいっぱい積載している。


 ラプアシアは豊かだなぁ……。


 ラプアシアには、魔物が居ない。


 それは、農地がどこまでも広げることが出来るということだ。


 魔王の復活によって活性化した魔物によって生活を脅かされている諸国の苦しみに涙する。


 ユーフォリアの全てがラプアシアだったらなぁ……。


 詮ないことを呟いてしまい自嘲した。



 農地では、屈強な土の精霊とエルフの国の力自慢の自動人形と、同じくエルフの国の魔法の石の牛馬と協力して、農夫達が働いていた。


 どうやら収穫の終わった農地を起こし、堆肥を鋤き込んでいるらしい。


 他の領地では、奴隷や犯罪者の罰に強制的にさせているような重労働だが、ここでは精霊や自動人形や魔法の石の牛馬と和気あいあいと助け合い、実に楽に見える。なにより、農夫の顔や声が明るい。


 農具を見て驚いた。


 鉄をふんだんに使っている。


 ラプアシアには、鉄の産地がある。そして鉄を錬成する高度な技術も。


 俺は確信した。報告書に加えておこう。



 アゼリアの役場で、市場の一角を露店に借りて、民芸品を売る。


 商店街の小物屋に卸したのだが、全部は買ってもらえなかったのだ。


 市場は大勢の人で賑わい、屋台も出て、まるで祭りのようだ。


 驚いたことに、これがアゼリアの普通だという。


 人界の品物の全てが、ここで揃うんじゃないか?


 そう思わせるほどの大規模な市場だ。


 魔的に色っぽい女の子の二人組が、民芸品を見ていってくれる。


 ラプアシアには、美人が多いなぁ。



 昼に店を閉めて、市場を冷やかして回った。


 驚いたことに、魚の干物が売っていた。貝や鱗で作ったアクセサリーもだ。


 ラプアシアには、海がある。


 俺は確信した。報告書に加えておこう。



 昼飯を食おうと、飲食店街を訪れた。


 驚いたことに、甘味屋が多い。


 大勢の観光客……中には明らかに貴族の子女も多数いて、甘味を食べて、まるで恋するように頬を染めていた。


 ラプアシアには、砂糖の産地がある。


 俺は確信した。報告書に加えておこう。



 アゼリアを巡っていると、学校を見つけた。


 多くの領民が学校に通っているようだ。


 ……これは、思想の統一だな。


 つまり、洗脳だ。


 俺は確信した。報告書に加えておこう。



 露店を閉めて、商品を持って訪問販売に転じた。


 もちろん、情報収集の口実だ。


 アゼリアの各家庭を回り、商品の売り込みと同時にラプアシアについて聞いて行く。


 驚いたことに、ラプアシアには各家庭に1人、聖霊の家事手伝いがつく。


 これは、監視だな……。


 ラプアシアの民は、全国からの移民や難民……つまり寄せ集めだ。


 当然、善からぬ者も呼び寄せてしまうだろう。


 その善からぬ者を監視するのが、この家事手伝いだ。


 洗脳と監視……。


 俺はゾッとした。


 なにか、神を超えるような、強力な力を持つ視線に常にさらされているような、恐怖を感じた。


 俺は、任務の失敗を予感して、荷物をまとめ、夕日に染まる飛空船の発着場に来た。


 料金を払って飛空船に乗る。


 見ると、行きで一緒になった、重病や大怪我を負った者達が、元気な姿で、飛空船に乗り込んで来た。


 彼らの、明るい笑顔を見て、俺はふと思った。


 俺も、任務が終わったら、ここで住んでいるかもな。


 アゼリアの街で、一番多かったもの……それは、明るい笑顔だった。


 老人も子供も、男も女も、全員が輝くような笑顔だった。


 俺はきっと、あの笑顔をもう一度見たくてラプアシアを訪れる。


 俺は確信した。


 報告書には……加えなかった。

2020年11月18日 荷物に運賃がかかることを追記しました。

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