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120 閑話 銅竜調略

○ 117 新人冒険者ロッテの後の話です。


 Sランク冒険者パーティー『精霊王の妻達』に指名依頼が来た。


 依頼内容は、銅竜の調略である。


 人界に住む竜は少ない。


 竜達が「トカゲ」と(さげす)む、竜の体をした知性を持たない最下級の竜ならば、魔界以上に居るのだが、知性を持った高位な竜は、よほどの事情がないかぎり、食糧に乏しい人界に住むことはない。


 その数少ない例外のひとつが、銅竜である。


 銅竜は、ある妄執に囚われている。


 銅竜は、金竜に成りたい。


 金で寝床を作って、そこで1000年寝れば金竜に成れるという妄想を持っているのだ。


 その妄想にとりつかれた銅竜は、1000年ほど前に人界にやって来て、諸侯を滅ぼし、金銀財宝を奪い、奪ったそれでレブカント山に寝床を作り、眠りに就いたのだ。



 最近、人界の王は、ある情報を得た。


 魔王軍の部隊が、その銅竜を戦力として調略しようとしている……と。


 魔王軍に引き入れれば、最高の戦力になるし、それが出来なくても、人界で銅竜を怒らせ暴れさせれば、それだけで戦線の後方撹乱になる。


 銅竜を怒らせるのは簡単だ。ただ、金貨を数枚、盗めばいい。


 それを持って人の密集する都市にでも逃げ込めば、その都市が銅竜の怒りの矛先となり、滅ぼされる。


 銅竜にとって、人など蟻に等しい、ちっぽけな存在なのだから。


 このように危険な竜を、人界の王が討伐対象にしなかったのは、銅竜は基本的に寝ているだけであることと、神格すら持つ高位な竜であるからである。レッドドラゴン討伐のようにはいかないのだ。



「それで王国は、なんて言って来てるの?」


 キサラの質問に、依頼書を持つクレアが答える。


「Sランク冒険者サルマンと協力して、銅竜を魔王軍につかないように説得することと、魔王軍の調略部隊の殲滅です」


「また、難しいことを……」


 キサラが難色を示す。


 この依頼……魔王軍の部隊に、金貨の1枚でも盗まれれば失敗なのである。


 人手を増やして対処しようにも、大人数で銅竜の棲み家に向かえば、銅竜に敵対行動とみなされ、攻撃される。


 それは魔王軍も同じで、少人数……おそらく精鋭の1部隊で行動するだろう。


「しかも、同行者がサルマンかぁ……」


 これには、アリス、イリス、エミリーが、難色を示した。


 サルマンは、竜の神である真竜と知己を持ち、竜の言葉を理解する伝説のSランク冒険者である。


 容姿端麗な初老の紳士で、あらゆる魔法と、あらゆる武術に精通している万能者である。賢者と剣聖の両方の称号を持つ、人の常識を逸脱した力を持つ高レベル冒険者だ。


 アリス、イリス、エミリーとも面識があり、アリス達は、サルマンに苦手意識を持っている。


 それは、サルマンは、基本的に自由人であるが、誠実で良い人だからである。


 アリス達は、セインとの経験から、誠実な良い人を警戒して疲れるのだ。


「で……クレアはどうしたいんだい?」


 イリスの声に、クレアは涙声で言った。


「クレアは……クレアは……」


「やばっ!」


 イリスが、クレアを抱き締めて、まるで赤子のようにあやす。


 シャルが、如才なく棒のついた飴をクレアの口に突っ込む。


「うんうん、頑張って、アベルに誉めて欲しいよねぇ……」


 エミリーが、直感でクレアの本心を代弁した。


 キサラが、号令をかける。


「クレアの精神を保つため……いいえ! 私達の精神を保つために、依頼を受けましょう!」


 そして、アベルに誉めてもらうんだ!



 キサラ達は、アゼルと一緒に、冒険者ギルドの王都本部に来た。


 アゼルを連れて行くつもりはなかったのだが、アゼルが「王城に用事がある」と言ってついて来たのだ。


 本部まで同行して、そこでお別れ、とアゼルが王城に行こうとした時、


「「「まちやがれ、精霊王!!」」」


 幾人もの屈強な冒険者達が、アゼルの前に立ちはだかった。そして、大声をあげる。


「「「キサラとクレアとアイリスとイシスとエリスを賭けて勝負だ!……と、もう1人は誰だ?」」」


 あまりにも勝手な言い分にキサラ達がキレた。


「「「なに勝手なこと言ってるのよ!」」」


「「「『精霊王のメス犬ども』は黙ってろ!」」」


 憧れのキサラやクレア……アイリスにイシスにエリス……あと1人誰だ?……を独り占めにする憎きアゼルしか目に入っていない冒険者達が、キサラ達『精霊王の妻達』の、冒険者達の間で、くちさがなく言われているあだ名を口にした。


 まったく不名誉なあだ名である、人権を完全に無視している。キサラ達は、激しい怒りに感情を爆発させ、人としての尊厳を守るため、口を揃えて大声で啖呵を切った。


「「「「わん!」」」」「にゃん!」「ウッキー!」


 見事な啖呵である。


 これで尊厳が守られないとすれば、それは「にゃん」と言ったアリスと「ウッキー」と言ったシャルのせいに違いない。


「ちょっと、ロッテ、ウッキーってなによ!?」


 アリスが突っ込む。シャルが平然と答える。


「……私は、アベルの猿」


「それは、あんまりじゃないか……?」


 でっかい冷や汗をかいて、イリスが呟く。シャルが抗議する。


「……私、アベルにシッポなんか振ってない……腰は振ってるけど……」


「うん、ちょっと黙ろうか、ロッテ」


 イリスが周りの耳目を気にして、焦ってシャルの口を塞ぐ。


「「「「あんまりだわっ、ロッテ!」」」」


 キサラ達が、涙ながらに、悲痛な声をあげる。


「「「アゼル、てめぇ、キサラ達になにしてんだよ!?」」」


 冒険者達が、声を荒げる。


「ナニしてんだよ」


 アゼルの返事にキレた冒険者達がアゼルと、乱闘を始めたのだった。



 ギルドのグランドマスターの登場で場が収まり、アゼルは王城に、キサラ達は、グランドマスターの部屋に通された。


 部屋には、すでにサルマンと、そのパーティーメンバーが待っていた。


 サルマン以外は全て、多種多様な種族の絶世の美女ばかりである。


 隷属の首輪はしていないが、ほぼ全員奴隷だ。


 代表して、キサラとサルマンが握手して挨拶をする。


 サルマンは、紳士然とした丁寧な挨拶を、キサラは普通に挨拶をする。


 サルマンを見るキサラの目が冷ややかだ。


 互いにパーティーメンバーを紹介しあって、依頼の認識に齟齬がないか確認し、役割分担を決めていく。


 作戦は、シンプルだ。


 レブカント山に行き、サルマンが銅竜と交渉する。銅竜の巣の入り口で、他のメンバーが魔王軍の部隊を迎撃する。


「敵は魔王軍でも精鋭と呼ばれる者に違いない、頼んだぞ」


 グランドマスターに見送られて、キサラ達は、レブカント山に向かった。



 キサラ達と、サルマン以外のパーティーメンバーが巣の入り口で、待機する。


 パーティーメンバーに見送られて、サルマンは、1人、巣の奥に向かった。


 一歩遅れて、魔王軍の部隊が巣に到着する。


 すぐに戦闘に突入した。



 サルマンが、巣の奥……銅竜の、金で輝く寝床にやって来た。


 銅竜は、眠っていなかった。


 鎌首をもたげてこちらを見ている。


 サルマンは、嫌な予感がした。


『銅竜よ、私は真竜の朋友サルマンです』


 ただの酌係りだが……。


 竜語で話しかけるサルマンを見る銅竜の目に、堪えきれない苛立ちを見る。


『なぜだ……?』


『はい?』


 銅竜の突然の問いかけに、サルマンは、頓狂な声をあげた。


『我は、黄金の上で1000年寝た……なのに、なぜ、金竜になっていない!』


 銅竜は、苛立ちに任せて、大きく翼を羽ばたかせた。


『それは、ただの妄想です!』


 サルマンが、思わず口にした真実が、銅竜の怒りに燃料をくべた。


 銅竜は、まるで逆鱗に触れられたかのように、暴れ狂った。



 巣の入り口で、魔王軍の部隊と交戦していたキサラ達は、背後に尋常ではない気配を感じた。


 まるで野生動物のような反射行動で、イリスがキサラを、エミリーがクレアを抱えて逃げる。シャルにはアリスがしがみつき、転移の魔法を唱えていた。


 イブカント山の山頂が吹き飛んだ。


 そこから、山のように巨大な銅色の竜が姿を現す。


 銅竜が(あぎと)を大きく開き、そこに銅色の輝きが漏れる。


「跳べー!!!」


 イリスの切迫した悲鳴に、クレアを抱えたエミリーが大きく跳躍する。


 そこに、銅色の閃光が走った。


 地面が、領地ほどの規模で、轟音を上げて爆散する。


 巻き起こった土砂が天を覆い、土混じりの黒い雨が降り始めた。


 周囲は、日光が遮られ夜となり、激しい稲光だけが不気味に、天空を遊泳する銅竜を照らしていた。


 キサラ達は、吹き飛ばされて、何度も地面に打ち付けられ、ぼろぼろになって、横たわった。


 目がやられた。


 耳も聞こえない。


 土を喰って口の中が、ジャリジャリする。


 肺が破裂したのか、呼吸もままならない。


 全身の骨が砕けたような激痛に、悲鳴すら出ないほど苦しむ。


 クレアが、奇妙な形に曲がった手を合わせ、折れ曲がった指を組み、祈る。


 命の灯が消えるぎりぎりの手前で、クレアが起こした奇跡がキサラ達を救った。


 恐怖に強ばる体を無理矢理動かして、集合する。


 キサラ、クレア、アリス、イリス、エミリー、シャル……それ以外、生死不明だ。


 天には暗黒の雲に見え隠れして、銅色が見える。


 キサラ達には、恐怖の象徴だ。


 でも、どうするもない。


 覚悟の顔で頷き合う。


 エミリーが祈ると、巨漢の天使が現れ、キサラ達を絶対の聖域で守る。


 クレアが祈ると、雲を割って、天使の軍勢が飛来した。


 シャルが命ずると、大地が割れ、地獄から悪魔の軍勢が沸き上がった。


 キサラとアリスが祈り、天使と悪魔に加護を授ける。


 イリスは、1人、聖域を出た。


 胸に高鳴る熱い想いを、魂の命じるままに、解き放つ。


 イリスの口から、灼熱の閃光が放たれた。


 銅竜のそれに、匹敵するほどの、ドラゴンブレスだ。


 イリスは、竜人……ドラゴノイド。


 神々を喰い殺す竜の戦士なのだ。


 イリスのドラゴンブレスを皮切りに、神話の戦いが幕を開けた。


 銅竜のブレスが天使と悪魔を凪払うが、クレアとシャルが祈ると、不死鳥のように甦る。


 大天使の雷の槍が銅竜の口腔を焼き、悪魔の大公の大剣が、地上のどの金属より強固な銅竜の鱗を剥ぎ取って行く。そこに天使と悪魔が群がり、武器を振るって肉を削る。


 その光景は、まるで象に蟻が群がるようなものだったが、死闘が昼夜続いた後に銅竜が逃げ出した。


 銅竜は、魔界の奥地に逃げ込み、二度と人界には戻って来なかった。


 キサラ達の勝利だ。



 奇跡的に、サルマンと、サルマンのパーティーメンバーも無事だった。


 魔王軍の部隊は、生死不明のままだった。


 銅竜が溜め込んだ財宝も期待したが、ブレスによって、影も形もなかった。


 キサラ達は、銅竜の剥がれた鱗を魔法で収納して、凱旋したのだった。



 冒険者ギルド本部で、アゼルが無事を喜び泣きながら迎えてくれた。なぜか、貴族服を来た役人を連れている。


「財務大臣……なぜ、ここに……?」


 シャルが、ポツリと呟いた。


 財務大臣と向かい合って、キサラ達がテーブルに座った。


 キサラ達の後ろに、アゼルが立つ。


 強い圧力を発しながら……。


 一通りの挨拶が終わり、キサラ達が報酬を求めると、財務大臣が滝のように冷や汗を流しながら言った。


「依頼は、銅竜を追い払うことではなく、調略だったので……ひぃっ!」


 財務大臣の言葉の途中で、アゼルの圧力が密度を増した。


 キサラ達が、不思議に思って、アゼルに振り返ると、アゼルの圧力が霧散する。


 ニッコリと無害な笑顔で妻達を見る。


 妻達は、頬を染め、顔を財務大臣に戻す。


 すると、アゼルの、財務大臣に向けた圧力が、再び密度を倍加させ、発せられるのだった。


 財務大臣は、青ざめて泣きながら、言った。


「もももっ、もちろん、報酬は約束通り払います! 銅竜を追い払った事実も考慮して、追加報酬も払いましょう!」


 財務大臣は、キサラ達など見ていない。


 一心に、アゼルの顔色を伺っていたのだった。


 アゼルが頷き、顎で財務大臣を促す。


 財務大臣は泣きながら、部下に命じて、テーブルに金貨を山積みしたのだった。



 法外な報酬を受け取ってラプアシアに帰り、キサラ達は、その全てをアゼルに貢いだ。


 そして、ワクワクと期待した顔で、アゼルを見つめる。


「よーしよしよし、よくやったぞ!」


 アゼルが大袈裟に誉める。


 抱き締めて、撫でて、キスをする。


「「「「「「イヤーン、とっても嬉しいのっ」」」」」」


 妻達全員の喜声が、ラプアシア中に響いたのだった。

 119 パジャマパーティー(-3+1)に閑話アリスとイリスとエミリーの謝罪を追記しました。よろしければ、そちらも、ご覧ください。


2021年7月12日 誤字修正。アイニス→アイリス。アリスの偽名が間違っていました。

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