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118 閑話 ロマンティックナイト

○ 107 神殿騎士聖霊アルタとイネ婆の続きです。イネ婆の息子テリー視点。


 夜の帳が降りる頃。


 イネ婆の息子……テリーが、疲れた体を引きずるようにして、家に帰った。


 家と言っても、今まで住んでいた、まるで高利貸しのような借家じゃない。


 妻と子供達と、母……お袋のイネ婆が奉仕に務めている竜教会から、無料で、住むことを許されている家屋だ。


 今まで住んでいた借家の倍以上の広さがある。


 ふと……ポケットに入れた今日の仕事の日当である銅貨を数枚、握りしめる。


 これっぽっちじゃあ、税金で、ほとんどが消えちまう。


 テリーは、肩を落として、家の玄関のドアをくぐった。


 ふわり……。


 いい匂いが、鼻腔をくすぐった。


 ミルクとスパイスの香りが、家中を満たしていたのだ。


 嗅いだことのない、(かぐわ)しい香りだ。


「パパ、おかえりー!」


「とうちゃん、おっせーよ!」


 娘の声に、息子の声。


「お帰りなさい、あなた。すぐに、食事にしましょう」


 明るい声で、妻が言う。


「食事って……お前……」


 テリーは、戸惑った。


 うちには、そんな金は、なかったハズだ。


「竜教会が、食材を持たせて下さったんだよぉ」


 お袋が、テリーの戸惑いを見越して言ってくれる。ここ最近、とんと見なかった満面の笑顔だ。


「食材の支給って……」


 テリーは、目を見張った。


 1人1個の大きな金色のパン……これだけ大きかったら、大人でも1個で、大満足だ。


 具だくさんのミルクのシチュー……芋や野菜……干し肉だが、肉まで入っている贅沢なシチューだ。


 しかもミルクって、なんだ?


 ああ、竜教会の農場には乳牛がいたっけ……。


 テリーは信じられない光景に、呆然としながら椅子に座る。


 このテーブルも椅子も、教会から貸し出されているものだ。


 座ってもガタガタしないんだぜ、スゲー!


 テーブルも、(かたむ)いてねぇ! コップが倒れないテーブルは、最高だ。


「ああ、あなた? 竜教会から、服も貸し出されたから。ベッドに置いてあるから、後で試着してみて下さいね」


 テリーは驚きで、椅子から転げ落ちそうになった。


「竜教会は、そんなものまで貸してくれんのか!?」


 見ると、家族全員が、ボロ布の継ぎはぎだらけのまるで雑巾のようだった服から、さすがに新品とはいかないが、小綺麗な服に変わっていた。


 テリー達に、与えられた家も家具も服も食材も、テリー達が自由にしていいが、竜教会の所有物という扱いである。


 つまり、どれだけ持っていても、税金がかからない。


「さぁさ、食べましょう」


 妻の号令で、子供達が、メシに飛び付く。そして、凄い勢いで食べ始める。


 なんて、旨そうに食べやがる……。


 ……そういやぁ、こいつらに、まともなメシを食わせてやったのは、いつだろう?


 テリーは、思い出せなかった。それくらい昔だ。


 テリーも、さっそくシチューを食べようとして……やめた。


 スプーンを置いて、肘をつき、美味しそうに食べる子供達を見る。


 幸せそうな、子供達の顔に思う。


 ……ああ、もう、胸がいっぱいだ。


 俺の分はなくていい。子供達に、腹いっぱい、食わせてやりてぇ……。


 見ると、妻も、お袋も、スプーンを置いていた。


 目があって、お互いに微笑みあった。


 正直に言うと、飢え死にを予感するくらい、腹が減っている。


 しかし、なぁ?


 子供達の笑顔って、どうしてこう、心が満たされるのだろうなぁ。


 いっぱいおかわりして食べて、腹がくちくなってきたのだろう、子供達は、昼間に竜教会であったことを、矢継ぎ早に話し始めた。


「パパ、あたし達、読み書き計算の勉強もしてるんだよ!」


「教会のシスター様が教えてくれるんだ、ちっとも苦しくないんだぜ!」


 話を総合すると、どれだけ竜教会が、すごいかという自慢話だった。


 いっぱいお喋りして、満腹感で眠くなって、椅子の上で舟を漕ぎ始める。


 妻と2人で、子供達を抱き上げてベッドに運んで行った。


 テーブルに戻ってくると、幸運にも1人1皿分のシチューが残っていた。


 妻とお袋……俺の分でシチューを分けて、ようやく食べ始める。


 まずパンを口にした。


 雑味が強い、クセのある味だ。


「あなた、違う違う、こうやって食べるのよ」


 妻がそう言って、パンを千切ってシチューに浸して食べて見せた。


 俺も、妻の真似をして食べてみる。


「旨い!」


 思わず、声を上げた、


 旨味の深さが、半端ない。


 シチューに染み出した具材の旨味の全てを吸って、パンが極上の美味しさに変貌していた。


 こんな旨いもの、食ったことがない!


 俺達は、夢中でパンとシチューを食べた。


 大満足で食べ終わり、膨らんだ腹を撫でていると、妻がビンと皿を持ってキッチンから出てきた。


「今日は、こういうものもあるんだけど……」


 妻とお袋が、ニヤニヤと悪戯っぽく笑う。


「酒と燻製肉か!?」


 テーブルに置かれたそれを見て、驚きの声をあげる。


 こんな贅沢をしていいのか?! 俺達は貴族じゃねぇんだぞ!


「竜教会の、神前酒のお下げものだよ。ベーコンは神殿騎士のアルタ様が、こっそり、持たせて下さったんだよ」


 無茶苦茶うめぇんだ、食ってみろよ、イネ婆。


 そうアルタ様が言ってたよ。


 お袋が、ついぞ見たことのない上機嫌な笑顔で言う。


 神前酒のお下げものとは、神の祭壇に捧げられた酒を、信者達に振る舞うものだ。酒好きの竜神様らしい風習だ。


 ふと、酒ビンのラベルを見た。


 読み書きの出来ないテリーには読めなかったが、ロマンティックナイトと書かれてある。


 乾杯し、ベーコンを肴に、酒を飲む。


 新鮮な印象の、とろけるように甘酸っぱい酒だ。香りが、5月の若葉のようだ。


 不思議とベーコンと合った。ベーコンの塩味が酒の甘さを強調し、酒の甘さは、ベーコンの旨味を何倍にもする。お互いに引き立てあって、美味しさを格段に上げてくれた。


 体の疲れや節々の痛みが、消えていく。まるで魔法のようだ。


 体が溶けるほど力が抜けてリラックスするのに、心はまるで初恋のように、美味の嬉しさでドキドキする。


 悩みや不安が、見る間に消えて、美酒に酔える楽しさで心がワクワクした。


 今夜は、いい夢が見れそうだ。


 テリーは、そう思い、家族と一緒に笑いあった。



 次の日の朝。


 夜に、なにか甘い愛しい夢を見た気がしたが、起きると忘れてしまった。


 溜まっていた疲れが、一気に吹き飛んでいた。今までは、空腹で、夜も眠れなかったから、久々に熟睡できたおかげだろう。


 朝食に、金色パンが出てきた。これも竜教会の支給品らしい。さすがにシチューはなかったが、そんな贅沢、バチがあたるぜ。


 パンを食べて、笑顔で仕事に行く。


 その足取りは、驚くほど軽かった。

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