110 閑話 天使と悪魔と契約
○ 101シャルに書かされたと、82暴食の魔物討伐の後です。
アベルには内緒の、妻達だけの秘密のサロンで……キサラ、クレア、アリス、イリス、エミリーのSランク冒険者パーティー『精霊王の妻達』は、深刻な顔で話し合っていた。
「まずいぜ……」
「まずいわね……」
「そうよ! もう2回も依頼を失敗してるじゃない」
「負け癖がついてるわね……」
クレアが、髪を振り乱して泣きじゃくった。
「クレアは……クレアは、アゼル様に、いっぱい誉めて頂いて、いっぱいギュってして頂いて、いっぱい撫でて欲しいのです!」
取り乱すクレアに、キサラ達は、慌てた。
「イカン!『アベル分欠乏症』だ、クレアが幼児退行した!」
「キサラ、あれを!」
「落ち着いてー! クレア」
キサラが、棒のついた円盤状の飴を、クレアの口に突っ込んだ。
「! えへへ~」
クレアが、無防備な子供の笑顔で、飴を舐める。
○
「ここらで、パワーアップが必要ですね……」
さっきまでの恥態が嘘のように、キリッとした顔で、クレアが言う。
……でも、飴は手放さない。
「なにか、いい案はない?」
エミリーの言葉に、キサラが答えた。
「立ち去った天使達と契約しましょう」
「立ち去った天使達?」
疑問符を浮かべるアリスに、キサラが説明した。
「天界であるラピータに、天使型の自動人形があるでしょう? あれは、なぜだと思う?」
アリス達は首をかしげた。
「本物の天使は、とっくに神々に愛想を尽かせて、引きこもっちゃったの」
神々が天使達に、人界の村から作物や家畜を盗ませたり、村娘を拐わせたり、酒を盗ませたりしたからである。まるで質の悪い盗賊のような扱いをしたのだ。
神々が精神世界に行ってからは、たまに顔を見せてくれるけど、本格的に手を貸してくれる訳じゃない。
「天使に力を借りるために、天上界に行きましょう!」
○
天界には、さらに上に天上界がある。
かつて、神々が住んでいたが、神々の位階が下がり、住めなくなり、天界に降りてきた経緯がある。
神々を見限った天使達は、その天上界に引きこもっていた。
○
キサラ達は、飛空船セントエレメントに乗り、天上界を目指した。
暴風の結界を乗り越え、天界の更に上にある雲上世界ヘブンに到達した。
天上界……ヘブンの雲の大地に降り立ったキサラ達は、無数に乱立する天使像を見た。
「これは……?」
疑問の声をあげるアリス達に、キサラが答えた。
「神力の消費を極力押さえるために、石になっているのよ……」
キサラの案内で、都市を抜け、城に入って行く。
城の最奥で、ようやく石ではない天使に会えた。
精悍な顔付きの美丈夫だ。隣に、筋骨隆々の巌のような大男の天使が控えている。
「ミッキー!」
キサラが喜びの声を上げて美丈夫に飛び付いた。
「キサラ嬢ちゃん! よく来たな!」
ミッキーと呼ばれた天使も、満面の笑みでキサラを抱き止める。
しばし思い出話に花を咲かせ、頃合いを見て、お互いを紹介し合う。
ようやく本題を切り出したキサラに、ミッキーは苦い顔をして言った。
「キサラ……お前達は半神だ。神とは『全て』……極端に言えば『聖魔』だ。神の半分であるお前達は、言うなれば聖だけの存在……それだけでは、天使を維持できない」
「天使と契約するには、同時に悪魔とも契約しなくてはいけない……天使だけ……聖だけではバランスが取れないのだ……魔が……悪魔がなければ破滅してしまう」
キサラ達は、暗く表情を沈めた。
それを見て、ミッキーが努めて明るく言った。
「だが、手がない訳じゃない」
キサラ達が、顔を輝かせてミッキーを見る。
「お前達は、なぜか魂がひとつに繋がっている。1人が聖と契約して、1人が魔と契約すればいい。ただ……お前達に、魔に適正を持つ者が居ない……」
そこで、キサラ達は、心当たりを思いついた。
「居るよ! もう1人、私達にはソウルメイトが居る!」
キサラ達は、城の中庭に駆けて行った。そして、太陽に向かって叫ぶ。
「「「シャルーっ! 助けてーっ!」」」
その声を受けて、月が太陽を喰った。
夜が訪れて、血に濡れた下弦の月が、悪魔のように笑う。
月の血が、一滴、零れ落ちて人の姿を型作った。
そうして、キサラ達の前に、シャルロットが現れたのだった。
事情を聞いたシャルロットが、悪魔と契約し、天使はクレアと契約した。
なぜか、エミリーが(殴りあいで)筋骨隆々の巌のような大男の天使と契約し……こうして、キサラ達は、無事にパワーアップを果たしたのだった。
○ 閑話 シャルロット王女は、お怒りです。
「……で? シャルは、なにをそんなに怒っているの?」
アリスの言葉に、シャルは、ぷっくりと頬を膨らませて言った。
「……置いてった」
「えっ?」
「一緒に行きたかった……」
キサラ達は、その言葉を深刻に受け止めた。
シャルは、魔王の子供を身籠ったことで、人界から……それどころか魔界からも、指名手配されているのである。
そのシャルを、ラプアシアが匿っているとバレればどうなる?
シャルは、それを恐れてアゼルと結婚しないくらいだ。
……ちゃっかりアベルと結婚しているが……。
もし、魔王の子供を産んだ女性と結婚し、魔王の子供を、アゼル男爵が匿っていると分かればどうなるか……。
それは、間違いなく、人界の全ての人と、魔界の全ての魔物を敵に回す。
シャルは、それを恐れて、アムリアに隠れ住んでいて、決して、出ようとしないのだ。
だけど……。
なによりも大切な友達が、命をかけた冒険を……危険を冒している。
じっとなんか、していられなかったのだ。
「アベルと相談しましょう」
キサラが真剣な顔で言った。
クレアが……アリスがイリスがエミリーが、覚悟を決めて頷いた。
○
ラプアシアに戻り、キサラ達は、アベルに相談した。
アベルは、深く黙考し、心を奥まで見透す目で、妻達を見た。
分かっていたことだけど、言葉にして確かめた。
今だけは、優しさを捨てて、厳しい声と態度で言った。
「人界と魔界を、敵に回す覚悟はあるか?」
挑むような目だった。
それは言外に「俺はシャルのためなら、喜んでやってやるぜ」と言っていた。
……悪い男の目だった。
妻達を、心から夢中にさせる、魔性の目だった。
アベルに比べたら、セインや魔王なんて、ただの盛りのついた猿……。
シャルは密かに、そう呟いた。
キサラ達は、真っ直ぐに頷いた。
「精霊の全ての力を動員して、認識改変の精霊魔法をかけよう……それでもバレたら……戦争だ。なにがなんでも、シャルとレオナを守るぞ」
妻達は、腕を振り上げて「応!!」と叫んだ。
こうして、シャルロットも『精霊王の妻達』に加入を果たした。
○
ふと、見ると、シャルがアベルの服を掴んで、すがり付いていた。
潤んだ瞳、上気した頬、わななく唇で、せがんだ。
「あなたのせいで、私の女が、びしょ濡れよ……責任取って……」
「違うわ、シャル。『私達』よ」
キサラの言葉に、クレアが……アリスがイリスがエミリーが、激しく同意した。
完全にヤル気だ!
「こっ……ここじゃダメ!」
焦るアベル。
「転移!」
叫ぶアリス。
アッー!
その日、寝室にアベルの絶叫が響いた。
シャルが自由自在に動き回って、ストーリーを無茶苦茶にしてくれます。
本当に大変ですが、最近、書いてて、申し訳ないくらい無茶苦茶、楽しい。
シャルの登場でピースが揃い、この天使と悪魔と契約のエピソードも、ようやく書けましたしね。このように、良いこともいっぱいなのですよ。




