06.「死の街」と呼ばれて ~相談の時間①~
サブタイは、とあるアニメ作品のオマージュです。
……ほら、主人公が兎姿の生意気女なので。
ちなみに、ユーリアが赤い方、アナベルが緑の方から着想を得ています。
朝食と身支度を終えた後、ウチはオババの家に向かっとった。朝一番、と言うにはやや遅い頃やけど……ほれ、皆とシャワー浴びて、身体拭かなアカンかったやろ?うひひ♡
目的は二つ。
一つは、基地の部屋を最長老たるオババに与えよう思うて、その相談や。施設の内容を知っとるウチが目醒めた事で、十全に使えるようになったさかい。
何せ、ウチが眠っとった冷凍睡眠ポッドのある区画は「眠りの間」、基地そのものはズバリ「神殿」て呼ばれとって、電灯ひとつ点けるにも儀式しよったからな!住居を通じて少しずつでも「かつての技術」に慣れてもらわな、ウチの目標に近付けんねや。
あぁ勿論、嫁はんらと、それから平均年齢六十五歳にもなる第三世代も考慮するで。
ここはこれでも、ヴォーパルバニーがフォートワース・ミーチャム国際空港と警備契約結んで、その敷地内に構えとった基地や。ウチみたいなコントラクター……つまり戦闘要員だけや無うて、兵站やその他担当の職員もおったから、収容するだけやったら部族全員が避難出来るし、個室もぎょうさんある。
もう一つは、大雑把に言うと「部族の現状の確認」になる。この三日間だけで、聞きたい事が山ほど出て来たさかい、こっちが本命やな。
「オリジン様ぁ、見えてきましたよぉ」
先導役のアナベルが一軒の日干し煉瓦建築を指差して、振り返って笑う。先導ちゅうても、そないに離れとるワケやない。何せ、もう一方の手でウチと恋人握りしとるさかいな。
ホンマは全員が付いて来たがっとったけど、四百人しか居らん集落で働き手が四人も仕事を離れたら、生活が回らへんのは皆が重々承知しとるさかい、傍に侍るのは一人だけ、っちゅう話で落ち着いたし、誰が付いてくるかに関して揉める事も無かった。
「アナベルに経験を積ませるべき」って。
ユーリアとエルヴィーラは一流の《戦士》やし、ハンネローレは筆頭《呪術医》の後継者。合議の場に(発言権はあんま無いけど)お付きとして出席した事があるそうや。
けど、15歳――成人したばっかのアナベルにはまだそういう経験が無い。せやから、まずは皆のお婆ちゃんとして慕われとるオババとウチだけの場で慣らして行こう、って考えてくれたワケや。心配りの出来る嫁はんらでウチ嬉しいわ。
家の前で迎えてくれた女性について玄関をくぐると、すぐに広間になっとった。中央に囲炉裏みたいな物が設置されとって、周囲に草を編んだ敷物がぐるりと円状に並べてある。
その一つにオババがちょこんと座って、ウチを見てお辞儀をする。
「オババ様ぁ、オリジン様をお連れ致しましたぁ」
「オリジン様自ら足をお運び下さるとは、誠に畏れ多く。本来なら儂の方からお伺いすべきですのに……」
「ええねん、ええねん。聞きたい事がある者が出向くんがスジやろ?
それに、足が悪いオババを呼びつけるほど鬼やないで」
やたら恐縮するオババに、ウチは笑って応える。先触れの挨拶をしたアナベルは、オババの対面に座ったウチの後ろに控えて直立不動や。槍こそ構えてへんけど、様になっとんなぁ……かっこい可愛い。
アナベルに見惚れとるウチの様子を、にこにこと笑て眺めるオババに咳払いをしつつ、ウチは口を開いた。
「なぁ……ぶっちゃけ、ウチらって男の数少のうない?」
ウチは最初に、目醒めた日から気になっとった事を聞いた。
この集落内、何処へ行っても女ばっかりやねん。この家で出迎えてくれたんも女性やし、一昨日の宴でも男性の姿は少なかったねんけど、あん時は仕事――周囲の警備でもしてんのかな、とか思うてたし。
……せやけど、幾ら何でも少な過ぎる。不自然なほどに。
ほんで聞いてみたら、オババの返答は想像を絶するモンやった。
――ウチの部族は、専門的なサイバーウェアに換装した改造強化人間で構成されたPMCから始まった。その強さを垣間見た事がある第二、第三世代は大きな憧れを持っとったそうや。ただ、そのせいで、いつしかサイバーウェアへの換装を果たした者を《戦士》と呼んで特別視する風潮が出来上がってしもうた。
その理由は大まかに二つあった。
一つにはその数。当時、基地におったヴォーパルバニーは、ウチを含めて約八十人。生憎……ちゅうか当然やけど、サイバーウェアのストックなんて無かった。個々にあわせてカスタムされるモンやさかいな。
つまり、サイバーウェアを手に入れよう思うたら彼らの遺品を再利用せなアカン。んで、その数はたった八十人分。
もう一つは医薬品の枯渇。特にサイバー手術の施術中に必要な麻酔と、術後の経過――傷口からの感染症防止に重要な抗生物質や。
これらが第三世代あたりで無うなってしもうて、サイバー手術を麻酔無しでやる羽目になっとるのが現状。そらもう、手術の成功率も推して知るべしや。失敗した人数とその末路は……考えとうもない。ヴィレームをはじめとする《呪術医》や薬師が麻酔のような品物を作ってるけど、焼け石に水だそうや。
融通の利かん自動手術システムに施術を頼らざるを得んのも一因やろうけど、こればっかは仕方無い。
……前置きが長うなったけど、要するに男性陣はその手術に失敗し続けた、ちゅう事っちゃ。死因は出血性……よりも先に、両脚切断の痛みによるショック死。女は「麻酔のような品物」を使うたら、まだ多少は生存率が上がったらしいけど、男は痛みに耐えきれんらしゅうてなぁ。
現在、部族で《戦士》に就いとんは二十人ほど。そん中で、男は唯一人。《戦士》を特別視する風潮のせいで、殆ど手術が成功せん男らは、蔑視の対象になってしもうとる。
そんな境遇を何とかしようと手術に挑んで、失敗して……を繰り返して、ただでさえ少のうなった男らは、今や胤を搾り取られる為に生存を許される存在と化しとるそうな。しかもその身は女らに共有されて、毎晩の「お勤め」で若い命を散らせてまう事も珍しくないとか。
死因の第一位:痛みによる悶死、第二位:腹上で悶死。……どっちも悶死やないかい。
結果、現在の人口に於ける男女比率は約1:9。十人に一人しか男が居らへんて……そら少ないハズや!
そういう背景で、ウチの部族の恋愛事情は女性同性愛が主流なそうや。後で聞こう思っとった質問の答えが、ついでで判明してしもうた。
――拝啓、旧世界の(自称)フェミニストの皆様。
アンタらが目指しとった理想郷が、今ここに爆誕してまっせぇ……。
* * * *
……思わず遠い目(どーでもええけど、眼球の無い〈アイバンド〉で、どうやってんのやろな?)になったけど、気を取り直して次の質問や。
「医薬品とかが無うなったのは分かったけど、外から仕入れたり出来んかったん?まだ文明を残しとる場所はあるんやろ?」
つい先日、ウチの目醒めに立ち合うとった御仁らは、ウチの知っとる「現代的な服」を着て、きちんと整備された銃器を担いで、ポッドの操作盤を理解して、ティルトウィング型輸送機の“スカイトレイン”を操縦して帰ってった。
つまりは、まだ文明を――技術や知識を継承しとる場所は、確実にあるハズや。ところがどっこい……。
「……我が部族は……外界と接触を持っておりませんのじゃ。その悉くを儂らは断って参りました……」
「………………は?」
――PMC『ヴォーパルバニー』が超AIを破壊して、数年後。この地に、次々に外部の人間がやって来たんやて。
……奴らは、略奪者と呼ばれる連中やった。
この周辺で戦闘ドローンに襲われんようになって……ウェイスト・ランド全土を徘徊しとるドローンは、超AIの管理・指令で動いとるらしい……から、冷徹に人々を殺害する脅威が居らんようになったと見て、自分らが支配地にしようと来てみたら、そこにあったのは綺麗な水に手つかずの遺跡、奴隷にちょうど良さそうな人々、そして何より美人揃いの女たち。控えめに言うても、宝の山に見えたんやろうな。
奴らは手に手に廃材を組み合わせて作ったと思しき手作りの銃を持ち、何処からか発掘して無理矢理動かしとる継ぎ接ぎバイクに跨って訪れた。ほんで、どの集団も判で押したみたいに同じ様な事を言ったそうや。
「俺たちに全てを差し出せ。男は働け。女は脚を開け」ってな。
当時十六歳で、両親の遺品のサイバーウェアを受け継いだばかりのイザベラ嬢――そう、若き日のオババや!――をはじめとしたヴォーパルバニー第二世代らの返答は、極めてシンプルやった。仕込み刃を一閃、首がぽぉん、てなもんや。
稀に武装商人も来たらしいけど、「あれらは、儂たちのサイバーウェアや胸元を見て瞳を$色にしておったし、護衛の傭兵が無体を働こうとした時にも、それを止めようとはしなかったのですじゃ。それどころか、儂たちが傭兵を掣肘したら、“客である我々に粗相をした賠償”と称して文物や人を請求してくる始末……」とまぁ、やり方が違うだけで、レイダーどもと大差無かったワケや。
んで勿論、大差無い最期を迎えよった、と。
そうやって、物欲と性欲(あとは偶に復讐心)に従って昆虫みたいに押し寄せて来る奴らを、次から次へと屠り続けてきた結果……ここは“死の街”と呼ばれて、誰も近付かんようになったそうや。
聞けば聞くほど、歓迎の一杯に供されたハーブティーの爽やかな香りが、珈琲みたいに苦くなる。
……むせる話やわぁ。