03.決闘
「オリジン様に、よ、よ……よくもあんな暴言を!許せませぇん!」
アナベルは、まるで自分が侮辱されたみたいに涙目で、怒りで赤うなった頬をぷくーっと膨らませて怒鳴る。……可愛い。
こしこし、しゅっしゅっ。
「彼女は、我が身と同じ第五世代の若さをして、第三世代にさえ対等な発言を許された天才だ。その実力と自負は認めるが……ちと増上慢が過ぎたようだな」
ユーリアは低い声で淡々と声を漏らす。褐色肌で分かり難いけど、顔色は青褪めとる。怒れば怒るほど冷静になるタイプと見た。
こしこし、しゅっしゅっ。
しかしやっぱりアレか。エルヴィーラは人並み外れた才能のせいで、十四歳の過ちがもたらす全能感を心に飼ったままなんやな~。
「まーまー二人とも、そないカリカリせんと。ウチにぜぇんぶ任しときや~♪」
一方、侮辱された当のウチはと言えば、ご覧の通りお気楽極楽。そして極楽。
何せ今、ウチらがおるのは基地の司令官室……そこの備え付けの浴室。
こしこし、しゅっしゅっ。こしこし、しゅっしゅっ。
ほんでもって、ユーリアとアナベルの二人に、身体を洗うてもろてるねん。
あ゛ぁ゛~~~幸せ。族長になって良かった!
基地は、かつての姿がほぼそのまんま残っとる、数少ない施設や。しかも、ダラス・フォートワース国際空港の敷地にずらりと並んだ太陽光発電パネル(百年前、偽の建設計画を都市管理コンピュータに提出して、工業ドローンに作らせたそうや……エゲツなぁ)から引いた電力で、施設の機能も万全。
で、その基地の使用権限は今、ウチの手にある。当時の司令官が、「自分にもしもの事があったら、ハクト――つまりウチ――を基地司令大佐に任ずる」ってデータを遺しとったからや。……他のメンバー全員の認証コード付きで。
何が「こんな事もあろうかと!」やねん。どんだけの覚悟して征きよったねん……!
こういう時、〈アイバンド〉は不便やな。仕様上、涙腺まで切除するさかい。
まぁ、湿っぽい話はここまでにして。何が言いたいかっちゅうと、基地内の階級・権限の移譲に伴って、強制的にウチの私室が司令官室(と隣接した居住スペース)に再登録されてしもうてな。二百年ほど寝とっただけで五階級特進やでぇ?
宴が終わって部屋に戻った後も憤懣やるかたない様子の二人に、仕事を与えることで意識を逸らそう思て、折角立派な浴室があるんやからと、文明の利器の素晴らしさを教育するついでに一緒にバスタイムと洒落込んどるワケや。
何せ、昨日は目覚めたばっかの所に香ばしい現実が襲い掛かって来て、精神的な疲労でバッタリいってしもたからなぁ……。二人とも側女らしい仕事してへんし、もしかしたら背中ぐらい流してくれるかも、なんて期待しとったんやけど。
今やアナベルとユーリアがウチの両隣に座って、そらもう優しく丁寧に、心を込めて全身を洗うてくれる。
生まれて初めてボディソープを触った時には笑うくらいビックリしとったけど、そのうち慣れてきたらしゅうて、楽しげに手を動かすたんびに色んな所が当たるし、ウォーターアップルが載っかった鏡餅とイチゴで彩られたチョコレートケーキも綺麗やし、とどめに「オリジン様のお肌……毛皮がふわふわで、柔らかい……」なんて、普段キリッとしたユーリアに(さっきまで怒りで青褪めとった)頬を赤くして言われたら……もう、なぁ?!
『ヴォーパルバニー』の一員として、二人にモフモフの良さをたっぷりと説法したった。
主にジェスチャーで(意味深)。
* * * *
そして次の日の朝。ウチは昨夜知った新しい事実を嚙み締めながら、二人を従えて集落の広場へ進んで行った。
いやまさか、「あん時」には、二人の性格が逆転するなんてなぁ……。
大人しいアナベルがあないに積極的で、押しの強いユーリアが(兎やのに)ネコになるとは……世の中不思議で一杯や。
お陰でウチも元気モリモリ、肌かてピッカピカのツヤツヤや。もう何も恐くあらへん!
広場に近付くと、まず見えてくるのは多数のギャラリー。雰囲気としては久々の娯楽を楽しみにしとる感じ。ポップコーンとヌカ・コーラの売り子でもおれば完璧やな。
どう見ても格闘技イベントの観客な部族民らをかき分けて進んで行くと、槍と透明な盾――同僚らの遺したらしい“対弾シールド”を構えたエルヴィーラとオババが既に待っとった。オババは立会人兼審判を務めてくれるそうや。
「ふん、逃げずに来たわね」
「いやぁ、遅れてしもて堪忍な~。二人の体を拭いてやっとったさかい」
皮肉げに唇を吊り上げたエルヴィーラに、にこやかに返す。これ見よがしにユーリアとアナベルの腰を抱き寄せるのも忘れずに。
「……っ!いいわ、すぐに思い知らせてあげる。オババ、早く開始の合図をなさい!」
頬を染めて恥じらう二人にイラついたんか、エルヴィーラがオババに……部族の最長老に怒鳴る。
……ちょい待ちや、それは流石に看過出来んで。ウチは敢えて大袈裟に首を振り、額に手を当てて嘆く仕草を見せつける。
「はぁ~……オババも災難やわぁ。こないな考え無しがお山の大将になっとる時に、自身が老いてしもとるやなんて。オババがもしアンタと同い年やったら、アンタ、今の台詞言うた瞬間にボロ雑巾になってんで?」
「な、何ですってぇ!?私がこんな小さな女に劣っていると言うの?!」
素人目には分からんやろなぁ……オババのちょっとした癖。あれは――
「ま、ええわ」ウチはくるりとエルヴィーラに背を向けて、三つ編みの先を摘まむと、手招き代わりにチョイチョイと振ってみせる。「準備出来たで。掛かって来ぃや」
ウチの安い挑発に、自分が侮辱される事に慣れてないエルヴィーラが怒りに顔を歪め、青い瞳をギラつかせて突進して来るんが見えた。
ウチは背を向けたまんま、振り下ろされた槍にタイミングを測って回し蹴りを叩き込む。
「ぐっ?!」
横あいから武器に浴びせられた打撃に耐えられず、エルヴィーラは槍を取り落とす。回し蹴りの反動を利用して正面に向き合うたウチは、驚愕の色を浮かべた彼女に構わずに連続で脚を繰り出した。
「あがっ、ぎっ!は、早――」
異様な早さの攻撃に目が追いつかんらしい。二発目の蹴りを往なしきれず、盾で受け止めて衝撃を減らすのが精一杯や。
何とか槍を拾うべく動こうとするけど、許すわけないやろ。
「逃がすかい」
ウチはエルヴィーラの進行方向を阻害するようにカウンターでハイキックを合わせた。更なる連撃は完全に予想外やったらしく、盾を割り込ませる事すら叶わずに、ウチの爪先が側頭部にクリーンヒットする。
「ぎゃあ!!」という悲鳴とともに転倒したエルヴィーラに踵を振り上げると同時に、ウチのくるぶし辺りから、しゃりん、と涼しげな音が響く。
ボッ、と空気を割り裂く音を纏わせて振り下ろした脚……くるぶしから飛び出した仕込み刃が、倒れ伏したエルヴィーラの喉元で止まる。
「…………まだ、やる?」
そう尋ねたウチに、エルヴィーラは瘧の様に震えながら、首を何度も横に振った。
――オババのちょっとした癖。何気なく動かした肘や指が時折ぴくん、と素早く動く。物音のした方向に、誰よりも早く振り向く。
あれは、ウチと同じ改造を……〈強化反射神経〉を換装した者が、それを起動しとる時の特徴やのに。
オババがこの年月背負ってきた重荷を軽んじた跳ねっ返りに、その代償を払わせた。
決着時間、およそ四秒。
爆発したような歓声に、ウチは拳を掲げて応えたのやった。
〈アイバンド〉:
360°の全周視界と通常視界を切り替えられる。
全周視界の使用中は、あらゆるテストに-2の修正。