00.プロローグ
……ウチがゆっくりと重たい瞼を開けた時、こちらを覗き込んどったのは、知らん顔ばっかりやった。
最初に、ウチの左側から身を乗り出した、金髪をポニーテールに纏めた眼鏡の女。やたら背丈が低うて中学生ぐらいにしか見えへんけど、黒の背広姿に白衣を羽織って、ウチやウチの眠っとった冷凍睡眠ポッドをチェックしとる様子を見るに、きちんと技術を備えた成人なんやろう。
PANのRFIDタグが公開されとったから思考トリガーでクリックしてみたら、『市民ソラス 職業:医師』と表示が浮かび上がった。ほーん、SIN持ちの正規市民様やないか。こないな傭兵企業の一社員に、わざわざご苦労様な事っちゃ。
その隣におるんは、黒紫のロングストレートの髪に、赤紫と桃色を混ぜたような……蘇芳色て言うたかな?……瞳をした、18、9歳ぐらいの女の子。隠密行動用の“カメレオン・スーツ”と、身体の各所にPPPを組み合わせた格好からして、もしかして同業他社の人間かいな?
頭部からぴょこんと飛び出た狐耳と、狐か猫か分からんような尻尾が揺れてるんは、バイオウェアによる大規模改変やろな。ウチが言うのも何やけど、独特なスタイルしてはるなぁ……。
スタイル言うたら、二人ともけしからん乳やでぇ……。ウチも自信ある方やけど、お医者はんの方は背広越しでも分かるくらい大層な、ウチよりデカいモン持ってはるし、推定同業者はんの着とるカメレオン・スーツは身体の線がモロに出るし、そのスーツを押し上げて揺れるお餅は、そらもうお医者はんと遜色無いぐらいで……眼福眼福、ぐへへ♪
そっから反対側には、何でか12歳前後の男の子がおった。可愛いらしい顔立ちで、スーツ……それもウチの見立てが正しけりゃ、防弾仕様の“アクショニア・ビジネス・クローク”をビシッと決めとる。黒髪に明るい茶色の瞳やけど肌は白うて、日米のハーフっぽい。
ウチんとこの会社に護衛依頼でも出した良えトコのお坊ちゃんかいな、と思うたけど、それにしちゃあSINの表示もあらへんし、PANもヒドゥン・モードなんが、ちぃとばかし不釣り合いな印象やった。
ちゅうか坊ちゃん、様子見るフリして人の乳揉むのやめんかい。こんエロガキ。
坊ちゃんの隣……ポッドの操作盤に屈み込んどるのは、身長180cm越えの大男。元は白かったやろう肌は、日焼けなのか褐色ぽい赤に染まっとる。
上半身の殆どをフードで隠しとるせいで、顔立ちはほぼ見えへん。くすんだ金髪と目元がチラリと覗ける程度や。ただ、軍用ゴーグルっぽい厚めのシルエット以外に、額の辺りに眼みたいな物が僅かに光を反射しとるようなんは気のせいやろか。
んで、何やらフードの肩周りが異様に盛り上がっとるから〈レーダー・センサー〉で探ってみたら……コイツ、腕が四本もありよる!しかもサイバー四肢やあらへん。
こないなバイオウェアあったか?いや、まさか……噂に聞く、遺伝子改変で創られたクローン兵士?!実用段階にこぎ着けたんか!これほどの化物を侍らせるっちゅう事は、隣の坊ちゃん、ヤクザの御曹司か。ほんなら、PANがヒドゥン・モードなんも頷ける。
ほんで最後に、同業者はんの後ろから顔を覗かせとる、皺くちゃの婆ちゃん。
顔には全く見覚えあらへん。けど……この人は仲間やてウチには分かった。
頭頂辺りから伸びた兎耳は、サイバーウェア〈レーダー・センサー〉の偽装。同業者はんの尻尾が、婆ちゃんの腰に巻き付いとるんは何でやろかと思うたら、太腿の半ば辺りから両脚が無いから、支えてもろうとるんや。せやけど、その理由は一目で分かる。あれはアタッチメントが取替え可能な〈モジュール型サイバーリム〉の基礎部分を取り外した痕跡……。
間違いあらへん。この婆ちゃんは、ウチんとこの会社——戦闘員が兎みたいな外観にサイバーアップしとるPMC『ヴォーパルバニー』の一員や!
ただ……それにしては服装が奇妙やった。普通、ウチとこの隊員は防弾繊維の“裏打ち付きコート”か“アーマー・ジャケット”を着用してんねんけど、婆ちゃんが着とるのは、袖や裾を中心に赤や翡翠色の糸で模様が織り込まれた、革紐飾り付きの生成りに近い黄色のワンピース。その上から革製のケープを羽織っとる。とどめに、白髪頭には青い羽冠を被っとった。
そう、まるでネイティブ・アメリカンみたいな衣装なんや。防弾・防刃加工なんかカケラも見えへん。
何や悪い予感がする。こういう時のウチの勘はよう当たるんや……。
そんな理由で、ウチが呆然と婆ちゃんを見つめとると、彼女は感極まったように震える声で叫んだんや。
「おぉぉ……オリジン様が、我が部族最後のオリジン様が目醒められた!皆の衆、宴じゃ! 祝いの宴を始めようぞ!」
ちょお待ちいぃぃぃぃッッ!
“オリジン様”って何やねん?! 誰が部族やウチは会社やでアホンダラぁ?!!?
……ウチがコールド・スリープに入ってから、一体何年経っとんねや!?
〈レーダー・センサー〉:
幅広く変化させた短レーダー波を発振し、合計で[【レーティング】×5]点までの構造値を貫通し、立体的な「地図」を映像リンクしている視野上に表示する。
某『メタ●ギア・ソ●ッド』よりも詳細で、《透明化》の呪文やカモフラージュなどの「視覚を騙す方法」は無効。
また、ミリ波探知システム(『4A』p.325)のように隠している武器やサイバーウェアを探知できる。
【シグナル】は2(有効半径100m)と見なす。ただし、ジャミングに対して脆弱。
これを使用してクローン兵士(仮称)の隠している腕を探知しました。