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1話 領域取締官

青空の下、林道を進み街を目指す青年と少女がいた。

「ユート様、魔物です!」

「ん?ああ」

エルフの少女は突如茂みをかき分け眼前に現れた二つの頭を持つ狼の咆哮に慄く。ユート、と呼ばれた少年はその魔物を一瞥すると、右の掌を魔物に向け、短く言い放った。

「消えろ」

次の瞬間、ユートの掌を中心に大気の渦が生まれる。圧縮された大気の弾丸は魔物に向かい勢いよく射出され、反撃する間もなく着弾。大気の爆発する衝撃に耐えかねた魔物は鈍い音とともに吹き飛び、起き上がることはなかった。

「あの魔物を、一瞬で……さすがユート様!」

「大したことねぇだろ、あんなの。行くぞミレディ」

ユートの背中から恐る恐る魔物の息絶える様子を見ていたエルフの少女、ミレディはユートに黄色い歓声を上げる。しかし当のユートは気にするそぶりもなく再び歩き出す。

「あ、待ってくださいユート様!」

ミレディはいそいそとユートの後に続く。


ユート・レクランディア。前世での名前は小鳥遊裕翔。

彼は生前同級生にいじめられていたことを除けばごく普通の高校生であった。しかし、ある日いじめの一環でプロレスごっこと称し一方的にリンチされる過程で頭を強打し絶命。神によって魔法を用いて自然と共存する別世界に特別な力とともに転生することとなった。

「英雄になること」を条件に。


「しかし、ユート様は不思議です。なぜあれほどの魔法を、いとも簡単に使えてしまうのですか?」

「ま、生まれついての才能ってやつだな」

ミレディの疑問に、ユートは嘲笑混じりに答える。

彼が授かった特別な力の一つ。それはこの世界の力の根幹である魔力の大幅補正。これにより彼は、この世界で数十年をかけて極める必要のある魔術を呼吸をするかのように自在に行使できる。

「才能……ですか。さすがはユート様。奴隷に生まれた私とは、住む世界が違うのですね」

「……まあ、お前は買われる側で俺は買う側だからな。当然じゃね?」

彼が神から授かったもう一つの力は、この世界の貨幣を自在に生み出す力。この力を行使してユートは立ち寄った街で奴隷として売られていたミレディを購入した。そしてユートは英雄となるべくミレディとともに「奴隷救済」の旅を始めた。小鳥遊裕翔であったころ、世界史でリンカンの奴隷解放宣言を習っていたユートは

(奴隷を救えば英雄になれるんじゃね?)

と思い立ったのである。


そういった経緯で購入して旅のお供にしたミレディだったが、彼女と一緒に行動するうちに、ユートの心境は変化した。

「ユート様。そろそろ休憩なさっては?先程からずっと歩きっぱなしですし……」

「あ?」

ミレディの提案に、ユートは眉をひそめる。その形相に、ミレディはビクッと身体を揺らし、萎縮した。

「何だ、休憩したいのか?ミレディ」

「い、いえ、私は大丈夫です」

「なら俺も大丈夫に決まってるだろ?あ?」

「……申し訳ありません」

ミレディの気配りはもっともであった。事実、はじめの街を出てからもう林道を数時間も歩き通しだ。ミレディ自身も多少の疲労感を感じていた。しかし、ユートはミレディの発言に異常なほど突っかかる。

「奴隷の分際でご主人の心配か?おい。お前、俺の女にでもなったつもりか?」

「……いえ、そのようなつもりは……」

ユートはミレディの肩を強く押す。その勢いにミレディはよろけて体勢を崩す。その顔は今にも泣き出しそうで、声には嗚咽が混じっている。

「……あ?その袋に何か入ってんのか?」

「あ、いえ……これは、その……」

体勢を崩した時、ミレディは腰に提げていた袋を大事そうに抱えた。その様子を見たユートはミレディに問い詰める。しかし、ミレディの歯切れは悪く、答えようとしない。

「ご主人に隠し事すんのか?いいから見せてみろ!」

ユートは力づくでミレディの腕を掴み、袋を引きちぎるように取り上げる。その衝撃でパンと野菜で作られたサンドイッチが袋から飛び出し、地面にポトリと落ちた。

「……おい、なんだこれ」

「…………」

先ほどまでとは違い、極めて冷静にミレディに問うユート。ミレディはその瞳から大粒の涙を零し、口を開こうとしない。

「お前、俺に黙って勝手に飯食ってたのか?おい?」

「……います。違います!」

「じゃあ何だよこれ?ああ!?」

これは自分の食料なのかとユートに問われ、強く否定するミレディ。次の瞬間、ユートはミレディに掴みかかり、すぐそばにある樹木の幹にミレディを押し付けた。

「……ユート様に、食べて、いただきたくて……いつも、食べさせていただいていたので、お返しが、したく、て……」

ユートに睨みつけられ、泣きながら弁明するミレディ。その整った顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「…………ふ」

ははははははは!!

ミレディの弁明をユートは笑い飛ばした。笑いながら、ミレディの服を掴む腕の力、ミレディを押しつぶさんとする力はますます強くなる。

「奴隷の分際でご主人に施しか?奴隷の施しを受ける主人がどこの世界にいるんだよ!!」

もはや邪悪とも思える形相でそう言うとユートはミレディを床に叩きつけるように投げた。ドサッと地面に倒れふすミレディ。

「……食えよ、これ」

ユートはミレディの顔めがけて、地面に転がったサンドイッチを蹴る。ユートの靴についていた泥が、サンドイッチとミレディの顔にに付着する。

「……ぇ」

「お前なんかの作った飯より店で食う飯の方が遥かに美味いんだよ。なあ。俺に不味い飯食わせようとしてんじゃねぇよ。それでお返しだぁ?笑わせてくれるぜ」

ユートの仕打ちによりミレディは感情が許容量を超え、頭の中が真っ白になっていた。ユートが何を言ったのか、何を命令されたのか、何をすればいいのかが、全くわからなかった。

「おい、何してんだよ。……食えって言ってんだよ!!」

硬直してしまったミレディの半開きの口に、ユートは足で泥だらけのサンドイッチを蹴り入れる。

「……!!」

ゲホッ!ゴホッ!

突如口に入ってきた異物に、ミレディの体は拒絶反応を起こした。たまらず咳き込み、異物を押し返そうとする。咳き込んだ結果、ユートの靴にミレディの吐き出したサンドイッチと泥が付着した。

「……何吐き出してんだお前、あ?」

「ユート、様…申し訳、ありま、せん……」

「申し訳ありません?」

ユートはしゃがみ混むと、ミレディの若草色の髪の毛を鷲掴みにし、無理やりミレディの身体を起こす。

「あのなミレディ。口で謝るだけなら誰にだってできるんだよ」

「…………」

無表情で淡々と喋るユートに、涙も枯れ果てたミレディの瞳は恐怖に染まり上がる。

「本当にごめんなさいって思うんならよぉ」

ユートはそう言うともう一方の手でミレディの頬に触れ、後頭部に手を回し……態度で示せよ。その言葉とともに足元にその顔面を叩きつけた。

「ご主人にあげようとしてたもんを吐き出すなよ。え?食えるよな?まさか食えねぇもんをご主人にあげようとしてたわけじゃねぇよな?あ?」

そのままユートは、もはや原型をとどめていない泥にまみれたパンと野菜の中に、ミレディの顔面を擦り付ける。

「うぅぅ……ぅあぁああぁぁあ、あぁぁぁぁぁぁあ」

ミレディは涙も流れないまま、泣き声に似た声だけをあげ、嗚咽を零しながら……食べる。腕すら使えない体勢で、犬のように地面のパンと野菜にがっつき、味を感じる前に飲み込む。味を感じたら、吐き出してしまう。せり上がる胃液を必死に押さえながら、ミレディは目の前の食べ物を泥とともに胃の中にかきこんだ。

「……無様だな」

その様に、ユートは一言そうこぼすとミレディから手を離した。立ち上がり、犬のように食べ続けるミレディを見下す。


始め、ユートは奴隷解放を目標としていた。

しかし、多少の無茶を言っても喜んで自分に従うミレディと接しているうちに、ユートの中に今までにない感情が芽生える。

支配する喜び。

いじめられていたころは決して感じることのなかった、支配する側の感情。目の前の人間を、己の意のままに動くように命令し、それが実現する快感。健気なミレディをいびり続けるうちに、ユートの中の支配する喜びは確固たるものとなっていった。そして、ユートの旅の目的は、支配する喜びを満たすことへと塗り替えられていった。

「……うぐ、ひぐっ…ぉえっ……」

「さっさと立て」

ミレディが完食したことを確認すると、ユートは一瞥もくれずにさっさと歩き出した。ミレディもボロボロになりながら立ち上がり、ふらふらの脚でユートの後に続く。

「……誰だ、お前」

そんなユートの眼前に、ひとりの女が立っていた。


白髪、色白、全身に白のタイツのような服……いや、装甲と言うべきか。全身のラインがくっきり見える格好をしている。全身が白を基調としている中、ユートをまっすぐと見つめるその真紅の瞳のみが、異質なほどの輝きを放っていた。


「なんだお前。その目。何か文句あんのか?

あ?」

ユートの問いかけに、女は一切答えない。ただじっと、そこに立ち尽くしている。

「言っとくがな、こいつが可哀想だとか言い出すんならお門違いだぜ。こいつは俺の奴隷、持ち物だ。どう扱おうが俺の勝手だ。違うか?」

ミレディの頭を強く叩きながら、ユートは広角を歪に吊り上げる。

「……ユート・レクランディアだな」

ようやく口を開いた女。その内容は、目の前の男の名前を確認するものだった。

「……あ、ああ。そうだが?」

「前世での名前は小鳥遊裕翔。間違いないな?」

「!!」

肯定するユートは、眼前の女の次の質問に驚愕の色を示した。

なぜこいつが俺の前世の名前を知っている?これを知っているのは、神だけのはずだが……?

ユートは困惑していた。同時に、只者ではないであろう女の気配に警戒を強めていた。

「小鳥遊裕翔としての生命を終え、この世界に『転生』した。その際、神から資金を無限に調達する力、魔法を無限に行使する力を与えられた」

「お、おい、ちょっと待て!なぜそんなことまで知っている!あいつの、神の関係者なのか!?」

話が違う。ユートはいよいよ焦りを覚え始めていた。

転生の際の神曰く、この世界で俺の正体を知る者も、たどり着く者もいない。確かにそう言っていたはず。この世界の魂は例外なく神の管理下にあり、全てが意のままであるとも。

ならば、目の前にいる女は何者だ?

俺の正体も、力も、全てを知っているこの女は、何者なんだ?

「……ユート・レクランディア。いや、小鳥遊裕翔」

女は一歩ずつ、ゆっくりと前進する。その真紅の双眸は、ユートを掴んで放さない。

「『転生』によって得た貴様の力はこの世界の秩序を乱す」

女の放つ気迫に、ユートは動くことができずにいた。身のうちから滲み出るような嫌な汗が、全身を覆う。

「よって……《領域取締官》オルデがお前を粛清する」

オルデ。そう名乗った女が粛清と口にした瞬間、彼女を中心に波状の風が吹く。木々は風に揺れ、葉が擦れ合い不気味な音色を奏でる。

「お、おい、なんだよ。粛清……?なにするつもりだ?」

ユートの動揺をよそに、オルデは飛び降りるかのように前傾姿勢を取り、そのまま地面を蹴った。人間では到底捕捉できない速度での接近。オルデは瞬く間にユートの背後に立つミレディに肉薄。

ユートの認識が追いついたのは、ミレディが短い声をあげ、ドサリと地面に倒れ伏してからだった。

「……殺した、のか?」

「眠ってもらっただけだ。私は、この世界の人間は殺さない」

「この世界の人間は」殺さない、と言い放ち鋭い眼光を自らに向けるオルデに、ユートは背筋に凍てつくような電撃が走るのを感じた。しかし、同時に自らが生き残る突破口をその言葉に見出した。

「……はぁっ!!」

ユートは咄嗟の判断で、先ほど魔物に撃った大気の弾丸をより強力に放った。オルデに、ではなく、ミレディに。

「……!!」

ユートの攻撃が当たれば、ミレディは即死だろう。オルデは素早くミレディの前に立ち、圧縮された大気の爆発からミレディを守る。

爆発により立ち込める砂煙の向こうで、オルデは遠のいていくユートの気配を感知した。


オルデは驚愕していた。

ユートはミレディを殺すという明確な意思の元、攻撃を放った。

オルデの背後で、ミレディは未だに眠っている。もし彼女が起きていたなら、自らを殺そうとしたユートを見て何を思うだろう?

ユートの殺人未遂、その根源にあるのは己の保身。彼はミレディを切り捨てたのだ。奴隷だ持ち物だと罵声を浴びせ傷つけるだけ傷つけ、いざ自分が危険に晒されるとあっさりと切り捨てる。

「……………………」

驚愕は憤りへ、そして敵意へと昇華される。オルデの真紅の瞳はその赤さを増し、立ち込める砂煙を一瞬のうちに振り払う。明瞭になった視界、遥か彼方へと消えたユートめがけ、オルデは地面を蹴った。


「へへっ……思い通りだ」

林道を駆けるユート。魔法により強化された脚力を駆使し、オルデから一気に離れていく。オルデが追いかけてくる気配は感じられない。うまく逃げおおせているようだ。ユートの口元が自然と緩む。

この世界の人間は殺さない、つまり、奴にとってミレディが死ぬことは少なくとも望ましいことではない。俺の存在に対し「秩序を乱す」と言うほどであるから、恐らく目的は俺を消すこと、そしてこの世界の秩序を守ること。ならば、ミレディを攻撃すれば十中八九奴はミレディをを庇う。半ば賭けであったが、うまくいったようだ。

「はぁっ、はぁっ、こんなところで、死んでたまるか……!!」

ユートは一心不乱に走った。生き延びるため。

俺はモノのように扱われ、いじめられ、嘲笑に囲まれて命を落とした。だから、今度は俺が人をモノのように扱う番だ。この無限の資金と魔力で。奴隷ならまた買えばいい。買って好きなだけ傷つけ、罵り、心をへし折ってやればいい。俺にはその力が、権利がある。だから、まだ死なない。死ねない、終われない。こんなところで。

「動くな」

たった一言。耳朶を振るわせることなく脳裏に焼きつくかのように放たれたその言葉に、ユートの脚はピクリとも動かなくなった。振り向くと、二対の赤い線がこちらに向かってくる。それがオルデの双眸であることにユートが気づいた頃には、もうオルデはユートの眼前に迫っていた。

「なっ……」

「小鳥遊裕翔。お前を粛清する」

左脚を地面に突き刺すように踏み込み、宙に投げられた脚を折り畳む。そして、上半身を捻るように回し、走行の勢いと遠心力を右脚に乗せる。そのままユートの顎めがけて、オルデは振り回した重りを手放すように右脚をぶつける。

オルデの攻撃を受けたユートは、痛みを知覚する前に意識を失った。その身は宙に浮き上がり、勢いよく地面に打ち付けられる。

即死だった。

ユートの身体から、輝く光の塊のようなものが浮かび上がる。それをオルデは鷲掴みにし、握りつぶした。


「……粛清完了」


突如、オルデの身体が四肢の先端から光の粒子になって消えていく。やがてオルデは完全に消滅し、そこには眠りから目を覚ましたミレディのみが残っていた。

「あれ?ここは……?私、何してたんでしたっけ……?」

ミレディは起き上がり、周りを見渡す。

「そうでした!お母様に頼まれてお使いをしていたんでした!」

そう言うと、ミレディは「書き換えられた」世界の中、軽快に林道を駆け抜け、街を目指した。


彼女の名はオルデ。『秩序』の名の下神王によって創造された《領域取締官》。

これは、不条理な力をもって秩序を乱す『転生者』を粛清するため、あらゆる世界の『領域を取り締まる』神々の王のもとに仕える使徒の物語である。




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