三年早く消えたサンタクロース
クリスマスも近いので
注意
※心の中でこんなことを考えてしまう小学二年生はいません(たぶん)
「サンタなんているわけね~じゃんっ!」
街のあちこちがクリスマスソングで溢れ、赤や緑の色合いが濃くなった十二月。
お父さんが帰ってくるのを待ってから、家族全員で楽しく食卓を囲んでいたのに、不用意な兄の発言で私の脳内に衝撃が走った。
その衝撃たるや凄まじいものだ。
手にしていたピンクの茶碗がひび割れ、持っていた箸が砕け散るほどである。
どこにでもいる平均的な小学二年生の私には、もちろんそんな芸当は出来ないけれど。
しかし、そう思ってしまうほどの衝撃を受けたのは確かなのだ。
ここで、私の名誉のために言っておこう。
私とて、サンタクロースなる不法侵入者を信じているわけではない。
この世に生を受けて、早七年。
良い子にだけとはいえ、無償で玩具を配る酔狂な者などいないと。この世はそんなに優しく出来ていないと、私はしっかり認識しているのだ。
去年も一昨年も、私と兄がベッド脇に吊るした靴下には、しっかりとプレゼントが入っていた。
しかしあれがお父さんとお母さんの優しさであることなど、明々白々なのである。
サンタクロースとは、優しさと愛情の別名なのだ。
だがだ。
いや、ゆえにと言うほうが正しいか。
ゆえに、サンタクロースが幻想などと、両親の前で語るべきではないっ!
それはつまり、破滅への第一歩なのだっ!
テーブルに並べられたコロッケの山の向こう。
初めはビックリしていたお父さんの顔がみるみる和み、ほぅっと息を吐き出すように兄を見た。
「そうかぁ。俊也もそういうことが分かる歳になったんだなぁ」
「あったりまえだろっ!」
褒められたと勘違いした兄は、へへんと鼻を鳴らしつつも、照れくささを誤魔化すようにコロッケを頬張っていた。
――愚かな。
愚かなり我が兄よ。
この話の流れ。
そしてお母さんの表情に、子の成長を喜ぶ以外の感情が浮き出ていることに、まだ気付かぬのか?
私は人知れず震えた。
震えながら祈っていた。
どうか話が、あの方向へ向かいませんようにと。
しかし祈りは通じなかった。
かくも儚く砕け散った。
人の夢と書いて儚いか。良く言ったものである。
少しニヤケながら、お母さんの気持ちを代弁するように、お父さんが言ってしまったのだ。
「じゃあサンタさんも終わりだなぁ」
ガッデムっ!!
フ××キンブラザーっ!!
見ろっ! 言わんこっちゃないっ!
いったいどうしてくれるんだよっ!
欲しかった。欲しかったんだぞインラインスケートっ!
今年サンタさんに貰えるはずだったのにっ! そのために夏からずっと欲しいと言い続けていたのにっ!
この世には知らなくて良いことがある!
いや知っていたとしても、知らぬフリをするべきことが山ほどあるのだ!
そうすれば、今年のクリスマスも何の問題もなくプレゼントを甘受出来たというのに。
己がつまらぬ虚栄心を満たそうとした結果がこのザマだよっ!!
せめてあと三日。
言ってしまうにしても、せめてあと三日は待って欲しかった。
だって明日は土曜日。明後日は日曜日だ。
あまりクリスマスに近くなり過ぎるのを避けるため、お父さんは明日か明後日にプレゼントを用意するつもりだったに違いないのだ。
……すでに用意しているという可能性は?
ある。あると言えばある。
けど……
「明日買うつもりだったんだけどなぁ。じゃあ代わりに、明日みんなでどこか遊びに行くか!」
oh……。
神は死んだ。
こうなれば、せめて自分の失言に気付き、青褪めている兄の顔でも見て溜飲を下げるか。
そう思ったのだけど、兄は意外にも平然としていた。
もちろん強がりだろう。
自分で言い出した手前、引っ込みがつかないのだあのアホウは。
そんな兄は、平静を装いつつコロッケに箸を伸ばし
「別にいいけど。なら遊園地行きたいっ!」
などと、苦し紛れに『別にいいけど』とか言い出す始末。
なんて憎々しい奴なのか。
そりゃあ兄はいいかもしれないさ。
五年生になってから、おこずかいが硬貨から紙幣にランクアップしているしなっ!
知らないとでも思っていたか? 貴様の懐事情など、一円玉の枚数まで把握しておるわっ! 無駄使いばっかりしやがって!
それにだ。
もっとも理不尽なことは、この決定で私へのクリスマスプレゼントも無くなってしまうという点なのだ。
五年生の兄。二年生の私。
この三年という時間は、どう抗おうとも覆ることはない。
つまり私は、兄より三回分クリスマスプレゼントが少ないということになる。
許せるだろうか?
否だ。断じて否だっ!
「……ごちそうさま」
だから私の機嫌がかつてないほど悪くなり、兄を睨むようにしてダイニングを出たことを咎めないでいただきたい。
もう口を利いてなどやらない。
この恨み。そう簡単に晴れるなどと思うてくれるなよ?
私の心は、嫉妬と憎悪の炎で焦土と化しているのだから。
……ふ、ふふふっ。
今年のクリスマスは、血の雨が降るかもしれんなぁ? んん?
お父さんに代わり、サンタクロースの役目は私が引き受けようじゃあないか。
私は赤い服を持っていないが構うまい? どうせすぐ真っ赤に染まるのだ。貴様の返り血でな。
ふはははははっ!!!
寝よう……。
……。
そうして、何の希望もないクリスマスがやって来た。
もちろんプレゼントがないとはいえ、お母さんは腕によりをかけた料理を作ってくれるし、お父さんは帰りに予約していたケーキを買って帰ってきてくれる。
いつもより豪華な食卓と楽しい雰囲気は、去年となにも変わらない。
ただ、あれから兄とは本当に喋っていないし、プレゼントがないのも確実。
ご飯を食べ終わってしまったら、クリスマスはそこで終了。
あとはいつも通り、部屋に戻って宿題を済ませ、お風呂に入って寝るだけだ。
まかり間違っても、ロスタイムなどありはしない。
まぁあったとしても「だからどうした」というだけの話だが……。
少し寂しいけど、これが大人になるということなのかもしれない。
そう考えれば、私は兄より三年早く大人の階段を昇ったということ。
……などと、騙されてやるつもりは毛頭ないがな。
とはいえ、いつもより和やかな食卓には、さすがの私も頬が緩み。
昨日までとは比べ物にならないほど、機嫌が良くなっていた。
だからだろう。
無視をされていると知っている筈の兄が、急に話しかけてきたのは。
「な、なぁ!」
無視してやりたい。
しかし、この和やかな空気を壊すのも忍びない。
お父さんとお母さんに非があるわけじゃないし、せっかくこうしてパーティーを準備してくれたんだから。
心の中では渋々だけど、なるべくそうとは思われないように、出来るだけ明るく返してあげることにした。
「な~に?」
それに気を良くしたのか、兄の顔がパッと咲いた。
……うん。そんな顔は久しぶりに見たかも。
ちょっと意地悪しすぎていたかな。
明日からは、せめて入浴中にバスタオルを盗むのは止めてあげよう。
反省する私をよそに、兄はテーブルの下でゴソゴソ蠢き、なにやら取り出した。
白とピンクのリボンで装飾された……プレゼント?
え? なに? どういうこと?
「これ、お前に」
困惑しながら、私はゆっくり手を伸ばす。
「開けていいの?」
「いいよ」
そう答えた兄の顔は、どこか誇らしげで、そして照れくさそうだった。
「……綺麗」
箱の中から出てきたのは、色取り取りのビーズがたくさん入ったビーズ箱。
きらきらしていて、とっても可愛くて、まるで宝石箱みたいだった。
「なんでお兄ちゃんが?」
「ほら。お前はまだ小さいし、俺はお兄ちゃんだからな。お前が五年生になるまで、俺がサンタをやってやるよ」
なにそれ……。
え、ひょっとして、お父さんとお母さんは、これを知ってたから、あんな態度だったの?
私だけ知らなくて、一人で怒って一人で恨んでたの?
もう一度、手の中のビーズ箱を見る。
プレゼント。兄から私への、クリスマスプレゼント。
本当に欲しかったのはインラインスケートだし、たぶん兄もそれは知っていた筈。
なのに何故ビーズなのか。
……きっと高いからだ。
このプレゼントは、兄が自分のおこずかいで買ったものなんだ。
「……ばか」
そう思うと、ついつい文句が出てしまった。
でも消え入りそうな声では文句に聞こえなかったのか、兄も。そしてお父さんとお母さんも、なんだか微笑ましく私を見ていた。
「ほら。お兄ちゃんにありがとうは?」
せっつかれると、頬が熱くなってしまう。
もじもじと指先が勝手に動き、そのたびに箱の中のビーズが揺れて、キラキラと光を反射した。
それがとても綺麗で、凄い宝物に見えて、だから私は
「あ、ありがと……」
ようやくその言葉を、素直に伝えることが出来たのだった。
それから一週間後。
また私と兄は喧嘩をしていた。
もちろん原因はお年玉。
去年にも増して、貧富の差が開いていたのだ。
なんという格差社会なのか……。
「なんでお兄ちゃんばっかり増えるの!?」
「だから、二年ごとに増やすってお父さんが言ってただろ馬鹿」
「知らないっ!! 聞いてないっ!! ずるいっ!!」
駄々をこねる私を、年上ぶってやれやれと呆れる兄。
その指には、私が初めて作ったビーズの指輪が、キラリと光っていたのだった。
親「やったぜ!」