説明
「いや、戦争と言っても今すぐどうということはないんだよ。君が自分のために正しい行動を心がけてくれればね」
ハヤト少年は笑顔で若根少年に言った。
「でも、戦争って、どういう……」
「う〜ん、どこから説明したものかな。ねえ、マスター」
「そうじゃな。彼の話を聞く限り本当に何も知らんようだから、一から説明をしないといかんじゃろなあ」
「そいつは酷く面倒だね」
「じゃが、これも延いては我らの為になろうて」
「そうだね。そう思わないとモチベーションがね」
ハヤト少年はうんうんと1人で頷くと、若根少年の方に向き直った。
「じゃあ、ヒロキ君。君が今置かれている状況についての説明を始めようか」
「お願いします!!」
「了解。じゃあ、まずは質問。君、神様はいるって思うかい?」
「え、神様……ですか」
「そう、神様。天国にでもいるんだろう、あの神様さ」
「いやぁ……僕は無宗教なので、そんなことは考えたことも」
「まあ、そうだろうね。じゃ、いいや。正解を発表すると、神様はいます」
「……はぁ」
若根少年は顔を曇らせた。というのもこれが何の意味を持った質問かわからなかったのと、これから始まるのは何かの勧誘だろうかと疑ったからだ。
「ああ、心配しないで。これはただの話の導入に過ぎないから」
「信じられんかもしれんがこの世界には神様がいて天国があるのじゃ」
「そう。そして、天国には神様に仕える沢山の天使がいる。君が見て経験したであろう不思議な現象は、彼れらがくれた“能力”によるものなんだ」
「“能力”」
「そう“能力”。そして、この力を持つものを僕らは“見出された者”と呼んでいるんだよ。君もそのうちの1人なんだけどね」
「どうじゃ? 君の周りで今朝からおかしな事は起きなかったかの?」
「おかしな事……」
若根少年は考える。そして、すぐ思いつく事があった。
「あ! ありました! 今朝からおかしな事、といっても大した事じゃないんですけど……」
「何だい、それは。話してみてよ」
「え〜と、何だかすぐ先に起きる事がわかるんです。リビングに行く前に朝食のメニューがわかったり、授業前に自分が当たる問題がわかったり……て感じです」
「ふむ、それは一種の予知能力じゃろな」
「てことは、たぶん“支能力”だね」
「よ、予知能力? “支能力”?」
「君は天使からその直前に何かわかるっていう予知能力を授かったんだよ」
「だから、今朝から……でも、なんでこんな能力が僕の手に?」
「それは、君が悪魔と戦うに相応しいと天使の目にとまったからだよ」
「悪魔、ですか」
「そう。さっきの話の続きだけど、この世界には天国があるように、地獄もあるんだ。そこには沢山の悪魔がいる。彼らはここ人間界への侵略を企んでいる。そしてーー
ハヤト少年が二の句を継ぐ前に、ふと若根少年を奇妙な感覚が襲った。それは、今朝から何回も感じているそれと同じであった。
「悪魔も人に能力を与える。その人達と戦うために天使達も人に能力を与える……」
唐突な若根少年の言葉にハヤト少年とマスターは目を丸くする。
「こりゃ、驚いた。本当に予知できるんじゃな」
「スゴイな、君は。けっこう上級の天使から能力を授かったのかもね。よかったら、君が今予知して知ったことを話してくれないかい?」
「あ、はい。天使と悪魔から能力を授かった人達がこの世界では戦っていて、その能力の強さは授けた天使や悪魔の階級によるもの。
ハヤトさんの授かった能力は“爆発を操る能力”は上級者の天使から授かった能力で、そこにいる男の人は恐らく下級の悪魔から、そして僕は恐らく中級あたりの天使から授かった能力。
それと能力には幾つか種類があって、そこの男の人や僕のように戦いの手助けになりそうな能力のことを“支能力”、発動まで時間がかかる能力を“遅能力”、何かを犠牲にして発動する能力を“犠能力”。たまにこれに当てはまらない能力があるけれども、それは“単能力”といって珍しい能力で、ハヤトさんの能力もこの“単能力”です。
え〜と、あとは……“見出された者”はその人達にしか見えない“光”を発しているものだけれども、それは自身や道具の力で弱めたり隠したりすることができる、から僕も早くそのやり方を覚えないと色んな人に襲われちゃう……て感じです。これで大丈夫ですか?」
ハヤト少年とマスターは互いに目を合わせる。
「これは、なかなか……精度も素晴らしいものじゃな」
「ああ、しかも一瞬の発動時間で得られる情報も多い。良い能力だよ」
ハヤト少年は再び若根少年に向き直る。
「そこまで知ったなら、僕の説明することはないかな。逆に君から訊いておきたいことはなかい?」
若根少年は考えて、ふと大事なことを思い出した。
「あ! そういえば、僕その人から鍵を飲まされちゃって……どうすればいいでしょうか?」
「それなら心配ない。君の体内からその鍵が出てくるまで、此奴が能力を使えんようにしといてやろう。そうすれば君の命に別状はないじゃろ」
若根少年はほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます」
「さて、晴れてかどうかは知らないけど君も僕達の仲間になった訳だ。だけど、今の君じゃ敵に出会ったところでどうしようもない」
ハヤト少年の言葉の途中、マスターは店の奥へと引っ込んだ。
「ということで、ハイ、これ」
若根少年は紙切れを受け取った。そこには電話番号が記されていた。
「何か厄介事に巻き込まれたら僕に電話しなよ。時間があれば寄ってあげるからさ」
「ど、どうも。ありがとうございます」
「それと、」
店の奥からマスターが戻ってきた。手には指輪のようなものを持っている。
「これを身につけておきなさい。これには“見出された者”の“光”を強制的に消す能力があるのじゃ。余程の手練でなければ、これを身につけている者の“光”を感じ取ることはできんのでな」
若根少年はマスターから指輪を受け取る。
「あ、ありがとうございます。お二人にはこんなに良くしてもらって」
「大丈夫! これは貸しだからね」
「へ?」
「勿論、その指輪もじゃよ」
「あ……え、でも、僕、お金は全然……」
若根少年は目を伏せる。
「それも大丈夫さ。敵を倒すと金が手に入るから。そうだな……ヒロキ君には敵を倒すために僕の手助けをしてもらおうかな」
「え、でも、僕は何もできないですよ」
「心配しないで。危ないことはさせないからさ」
ハヤト少年はポンと若根少年の肩に手を置いた。
「じゃ、ワシからは君に店の手伝いをお願いしようかの」
「え」
「それなら、君もできるじゃろ」
「ええ、まあ……」
「では、早速明日の学校終わりに来てくれるかの。なに、心配せんでも遅くまで働かせたりせんし、バイト代も出す。その指輪の代金を支払い終わるまでは安いがの」
「じゃ、丁度いいや。もし君の能力で何か“見出された者”に関する情報を知ったら、僕に教えてよ。この店には僕もよく出入りするからさ」
「は、はい」
「じゃ、今日は時間も遅いし、ここらで解散ってことで。お腹もへったし」
ハヤト少年はイスから立ち上がると手をヒラヒラと振って店を出て行った。
「あ、じゃあ、僕もこれで。失礼します」
若根少年はカバンを手に取ると、マスターに一礼して店を後にした。