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晴れ、時々軍師  作者: 石田かりん
第一章
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「城、夏にして」その4

城壁修復の責任者となった葵は、様々駆け回る。予算、工期。わかるものは全てとばかりに情報を集めに集めた結果、一つの問題点を見つけた。

「時間かけすぎ」

そう、当初、二十日前後を見込んでいた工期は伸びに伸び、三十日に迫ろうとしていたのだ。しかもまだ半分も終わっていない。

いくら巨大な城壁とはいえ、これではマズい。

城壁とは、街を守るためにある。現在、この街がどのような状態にあるのか葵にはわからなかったが、このまま修理が長引くのはあまりよくないということは理解できた。

「あれがいいか」

葵は一つのアイデアを思い出す。

子供の頃に読んだ伝記にあった話だ。それを葵は試すことにした。



「リンユーさん、一つお願いがあります」

作業小屋にて、葵はそう切り出す。

「なんだい?」

怪訝な表情のリンユー。図面を簡略化し、工期を短くしろ、そう言うのかと身構えるリンユーを制し。

「この前見せていただいた図面。あれは素人の俺からみても優れたものだとわかります。だから変えません。そのまま使わせていただきます」

葵からそう言われ、リンユーはいくぶんの照れ臭さと誇らしさを混ぜた表情をする。そして葵に続きを促した。

「言ってみな。アタイにできることなら協力するよ」

「では。さっきも言った通り、図面はそのまま使います。ただ、やり方を少し変更しようと思います」

「やり方だって?」

リンユーには何のことかさっぱりわからなかった。図面を変えないのに、やり方を変える。いったいどう変えるというのか。

怪訝な表情をするリンユーに、葵は浮かんだアイデアを話出した。



豊臣秀吉。低い身分から身を立て、最後には天下を取った男。

その秀吉が、まだ身分低く、織田信長という主君に仕えていたころの話である。

秀吉は主君信長に、城の石垣修理を任されたことがあった。

「秀吉、お前は何日でこれを修理できる?」

「十日、いえ、五日でやってみせます」

信長に問われた秀吉はそう答えた。

どう見ても、二十日はかかりそうな大規模な修理。しかし秀吉は、五日でやってみせると答えたのだ。

秀吉の考えはこうだった。

「(確かに普通にやれば二十日はかかろう。しかしわしのやり方なら五日でやってみせよう)」

秀吉はまず、職人五人を一班としてグループ分けを行った。その際、各グループに能力の差がでないよう、各班に必ず優秀な者を一人ずつ、そして次に優秀な者を一人ずつ入れ、残りの三人は並みの者とした。

そして。

「みなに班を組んでもらったのは他でもない。これからその班を一つとして競争をしてもらう。一班はここからここまでの修理を。二班はここからここまで。三班は……」

全員で一斉に工事をするのではなく、工事をする場所も均等に分け、班ごとに担当する場所を決めたのだ。

「優秀だった班には褒美を取らすぞ。それ、かかれい!」

目に見える成果というのは、そのまま次のやる気へと直結する。最初は一生懸命に取り組んでいても、なかなか成果が見えてこなければ、やる気はどんどん低下していくものだ。

全員で工事をすれば、全体の成果を見ることはできても、個別の成果というのはなかなか見えてこない。しかし、少ない人数で班を作り、担当箇所も小分けにしたことで、個人個人の成果を見えやすくした。成果の可視化である。

そしてこの可視化され公平となった競争をもとに出る褒美が決め手となり、職人たちのやる気は極めて高いものとなった。

こうして秀吉は、見事五日でこの修理を終わらせた、というわけである。



「あのじじい、とんだ知恵者を送ってきやがったね……」

葵が秀吉の逸話をもとにこれからの方針を述べたのを聞き、リンユーは感嘆の声を漏らした。

「なるほど、あんたのやり方は理解できた。自分の手に誇りと自信を持っている職人達だ。それを競わせるってやり方は悪くない。よし、責任者はあんただ。このやり方でやってみようじゃないか!」

リンユーはポンッと膝を打ち、勢いよく立ち上がる。

「何をぼさっとしてるんだい。さっさと行くよ!」

善は急げとばかりに、リンユーは葵を引きずり、まだまだ修理の続く現場へと大股で歩きだした。その表情は今までになく明るい。リンユーも何だかんだ言っても職人である。新しい工法を前に湧き上がる気持ちが留めがたい様子であった。

「というわけで、みなさん、よろしくお願いします」

職人達の特性を知っていたリンユーのおかげですぐに班分けとそれぞれの区分けは終わった。そして、葵が一通りの説明を終えると、職人たちは一斉に動き出す。

「よっしゃ! いっちょやってやろうじゃねーか」

「おい、若いの。ひょろいくせにいいこと考えるもんだな。待っとけ、俺がいの一番に終わらせて褒美をもらってやる!」

「はんっ! 俺んとこが一番よ、若いの早めに用意しときな!」

「何を言うか、褒美は俺たちのもんよ! 若いの、俺っちの技術をよく見とけよ!」

駆けだすようにそれぞれの持ち場に向かって行く。

リンユーはそんな様子をどこか楽しそうに眺めながら。

「ところであんた、何者だい?」

深い湖面を思わせる瞳を葵に向けた。

「この工法といい、並の頭じゃ思いつかない。あんたが知恵者だってことはアタイでも察しがつくさ」

葵は苦笑で返す。

「いえ、これは昔ある武将がやったことの真似ですよ。俺のオリジナルじゃありません」

「お・り・じ・な・る?」

当然と言えば当然。どうも通じなかったらしく、リンユーは頭にクエスチョンマークを浮かべているようだった。

「まぁ、何でもいいさ。アタイも図面を書くからわかる。全部を全部、無から始める人間なんていないよ。みんな先人が生み出した技術を使って生きているのさ。問題はその技術を知ってるか。そして肝心なときに使えるか、だよ。アンタはその知識もあるし、使い時も知っている。それで十分さ。それに見てみな」

そう言ってリンユーは職人達が忙しそうに、しかし威勢よく働いている現場に目を向ける。

「みんな楽しそうじゃないかい。城の文官どもはよく口を出すが、あんたみたいに手を出す奴は一人もいなかった。現場を知らない奴の言葉なんか聞けないよ。聞いたってろくなことになりゃしない。だが……あんたは違った。あいつらと一緒になって汗を流すのを厭わなかった。あいつらが倒れたとき、手を差し伸べてくれた」

再びリンユーの双眸が葵に向く。

「贈り物と一緒だよ。ただ渡したって誰も喜びゃしない。その人のことを考え、選び。そうやって渡してくれるからうれしいのさ。あんたはちゃんとあいつらのことを考えてくれた。だからあいつらもああやって楽しそうなのさ。あんたはそれを誇っていい」

葵もリンユーをまっすぐに見つめ返した。

「ありがとうございます」

深々と礼をする葵を見て、リンユーの頬がわずかに赤らんだ。

それはきっと、日に焼けたからだけではあるまい。

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