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晴れ、時々軍師  作者: 石田かりん
第一章
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「城、夏にして」その3

翌朝、いつものように出かけようとする葵を、ロホウが呼び止めた。

「若人、朝から性が出るの。ところで、今日はこれをリンユーに届けてくれんか」

リンユー?

「どなたです?」

葵には思い当たる人物がいなかった。誰だ、それ? 状態である。

その様子を見たロホウは苦笑を浮かべながら。

「まぁ、行けばわかるじゃろう。いつものように作業小屋へ行って誰か聞けばよい」

そう言うので、葵は突っかかりを覚えながらも書状を受け取り、ここ数日の習慣となりつつある場所へ向かったのだった。



「おはようございます」

「おお、今日も来たか」

葵を出迎えてくれたのは、翡翠色をした瞳の女。何も変わりない、いや、確かに変わりつつある。初めて会ったときには考えられない表情で迎えてくれたのだから、大きく変化した朝であった。

「ところで、リンユーさんって方をご存じですか? ロホウさんより書状を預かってきたのですが」

葵がそう言いながら書状を取り出すと、女は静かにそれを受け取った。

「リンユーはアタイだ」

そう言って女、リンユーは、深い湖面を思わせる瞳で読みだす。

「ちっ、相変わらず食えないじじいだね。……まぁ、いい。ちょっとあんた、付いて来な」

見慣れた作業小屋ではあったが、こうして奥に入るのは初めてだった。

雑然と竹簡や書籍が積まれ、薄暗い室内。

しばらく奥へ進むと、机が一つ置かれていた。

「これを見な」

その机に置かれていた一枚の図面らしきものを、リンユーが手渡してきた。

「(これは……)」

現在修復している城壁の設計図である。これまでの人生で設計図などろくに見たことのない葵であったが、そんな素人目で見ても非常に優れたものであることがわかる。おそらくミリ単位で細かく丁寧に書かれている。この時代の建築レベルを思えば、リンユーは当代一流の、いや、それに収まりきらないほどの建築家と言えるだろう。

「アタイは職人だ。自分の仕事に誇りを持ってやっている」

深い湖面を思わせる瞳が真剣さを増す。

「今まで来た奴らは、工期を短くしろ、その一点張りさ。ろくに現場を知りもしないで、子供の積み木みたいにただ石を重ねりゃ出来上がるとしか思ってないろくでなしばかりだった」

なるほど、だから最初に訪れたとき、リンユーは不機嫌だったのか。葵はさも不快そうに言ったリンユーを見ながら得心した。そしてリンユーは、葵にとって、衝撃的なひと言を放つ。

「あんたには世話になった。だからと言って、じじいの言う通り、あんたをこの工事の責任者として認めるかは話が別さ」

葵の顔に驚愕が浮かぶ。

「(責任者? 俺が?)」

いくら恩を受けた人からの依頼とは言え、葵はまだ一介の高校生に過ぎない。何の経験も、まして実績さえない若造がいきなり城壁修理の責任者など、本来ならあり得ないことだ。できるとも思えない。葵がそう逡巡していると。

「さっきも言ったように、アタイは自分の仕事に、そしてこの図面に、自信も誇りもある。いくら世話になったからとは言え、これは曲げられない。あんたにアタイ達の上に立つ覚悟はあるかい?」

“覚悟”ときたか。

優れた図面もある。数日一緒に働いてわかったが、優れた職人集団もいる。

なるほど、名前だけの責任者となり、このまま何もせず過ごしていても、十分に優れたものができるだろう。

しかしリンユーが求めているのは、そういうものではない。葵にはそれがわかった。

「(そういえば。オヤジが言ってたな)」

できないと決めつけて何もしないことほどバカなことはない。まずはやってみろ。その上でできなければ考えろ。考えて考えて、それでもできなければ諦めろ。そいつはお前に才能がないからだ。諦めて別のことに挑戦してみるんだな。だが、何もせずに諦めるのはバカを通り越して大馬鹿モンのやることだ。って。

「どうだい、あんたにできるかい?」

翡翠色の双眸が葵を見つめる。

「(やってみよう)」

葵は翡翠色の瞳を見つめ返し。ゆっくりと、しかし確かな決意を込めてうなずいた。

ようやくこの物語の主人公が舞台に上がった瞬間だった。

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