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晴れ、時々軍師  作者: 石田かりん
第一章
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「城、夏にして」その2

「すみません、遅くなりました」

その日、今回の依頼者であるロホウへと報告に向かった葵は、全身泥まみれであった。

そんな葵の姿を見て。

「これはこれは」

と、ロホウは苦笑を浮かべた。

「頼んだのはこちらじゃからな。口出しはすまい。どれ、今日は疲れたじゃろう。ワシの屋敷にてまずはその汚れを落とし、休むがよい。報告はまた後日に」

葵は、正直助かった、と思った。二重の意味で。

第一に、報告しろと言われても、現状、何を報告すればいいのかさっぱりである。

みんながんばってました!

小学生か。そんな報告をできるわけがない。

第二に、泊まる場所。リンシアの屋敷を追い出された葵に、泊まる場所などない。知り合いもいなければ、お金もなかったからだ。

だからこそ葵は、このロホウの申し出をありがたく受けることにした。

「(ロホウさんには世話になってばかりだな)」

ますます返すべき恩を受けたことを思いながら、風呂を借りた葵は与えられた部屋にて深い眠りへと落ちて行った。



翌朝。しっかりと目覚めた葵は、ロホウに断り、再び昨日の現場へと向かう。

「おやおや、熱心じゃな。やはり若人に頼んで正解じゃったか」

そう言ってロホウは、暑いでしょうから、と、水の入った水筒、そして弁当を渡し、笑顔で葵を送り出してくれた。

そして。

「……来たか」

昨日とは少し変わって、幾分の笑みと共に葵を迎えてくれたのは翡翠色の瞳を持つ女だった。

「今日もコキ使うつもりだからそのつもりでいろ。じゃあ行くか」

こうして葵の一日はまた始まった。



「若いの、よく働くな。若いのはそうでなくてはいかん」

「最初来たときはそんなひょろい身体で大丈夫かと思ったぜ!」

葵を取り囲む男達の間で笑い声が起こる。

しばらく日数が経ち、城壁を直す現場にも慣れ、顔見知りばかりになったそんなある日。

蒸し風呂に入れられたような暑さもその日の絶頂に差し掛かった昼過ぎのことである。

ある出来事が起こった。

「……うぅ……」

さっきまで忙しく駆け回っていた男の一人が、突然倒れたのだ。

騒然とする現場。

その騒ぎは当然、葵にまで聞こえた。

多くの男達が仲間の異変に駆け寄せる。葵も当然、その中の一人だ。

「(まずい、脱水症状だ)」

何度か見たことがある。暑い夏、剣道部員だった葵は、自身も一度だけ倒れて保健室に運ばれたことがあった。だからこそ。

「誰か塩と砂糖を!」

どうすればいいのかと戸惑う男達をかき分け、真っ先に駆け寄ることができた。

「お、おう、塩か。塩ならあるぞ!」

「さ、砂糖だな。よし、待ってろ!」

葵の言葉に反応し、固まっていた男達が走り出す。

そして男達が持ってきたそれらを水に混ぜ、手早く倒れた男に飲ませる。

「……うっ……」

倒れた男が水を飲みほし、木陰で休ませ落ち着くのを待ち、数人でその男を家まで送ってから、作業は再開となった。



そしてその日の日暮れ。

「今日の仕事はこれで仕舞いだ!」

いつものように、その言葉を聞き、帰るまでの一休みをしていた葵のもとに、翡翠色をした瞳の女がやってきた。

「……まぁ、その、なんだ……。今日はアタイの仲間が世話になったようだね」

その不器用な言い方に葵は苦笑する。

「あんたが助けたあの男はね、子供が産まれたばかりでね。それに腕もいい。……つまり職人としてこれからってわけさ」

いつの間にか女の、葵に対する呼び方が、“お前”から“あんた”に変わっていた。

「……だから、なんというか……。アタイはあんまりこういうのが得意じゃないんだ! つまりなんだ。だがあんたには礼を言っておかなきゃアタイの気がすまない。感謝する、ありがと、よ……」

あまりに不器用な、しかし心のこもった女の言葉に、葵は苦笑を深めたが、人を助けたことに対する素直な感謝の言葉に。

「いえ、俺も皆さんを仲間だと思ってますから」

と返す。

まだまだ暑さは続きそうだった。

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