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晴れ、時々軍師  作者: 石田かりん
第二章【前篇】
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「軽舟已に過ぐ」その2

城壁の修理が終わり、ロホウのもとへと報告に向かった葵を盛大な声と共に出迎えたのは、眼鏡をかけた小さな女の子だった。

「ロホウ様は留守ですぞ! ところでお前は誰なのです? 見ない顔です……。むむむっ、怪しいのです……。はっ!? さてはロホウ様のお命を狙う暗殺者!? く、曲者ですぞ、者共、であえ〜、であえ〜なのです!」

「いやいやいや、俺、曲者じゃないから、暗殺者でもないからっ! ちょっ、まっ……!」

との葵の悲痛な叫びも虚しく、あっという間に周囲を武装した男たちに取り囲まれ、縄で手を縛られる。

「さっさと白状するのです、曲者。この国の法では、自白すると罪が一段軽くなるのですぞ。田舎のお袋さんをこれ以上悲しませてはいけないのです」

「いやいや、だから俺は曲者じゃな……」

「言い訳は見苦しいのです! さっさとお縄を頂戴するのです!」

いや、すでに両腕を縛られ、お縄は頂戴しているんですが、という葵のツッコミは脳内で。

そんな中。

「門前で何をしておる!」

不意に聞こえた声に、葵は安堵を覚えた。

「(助かった……)」

見知らぬ世界にあって、数少ない頼れる御仁。ロホウがやってきたからである。

人間、身に覚えのないことであっても、急に疑われると思考が停止し、まともな弁明すらもできなくなるものなのか。

葵はそんなことを考える余裕も取り戻しつつ、ロホウへと向き直った。

そして。

「ロホウさん、頼まれていた………」

と述べようとした瞬間。

「おかえりなさいませなのです、ロホウ様。ヨウはしかとロホウ様の留守をお守りしておりましたぞ!」

この少女が犬ならば、間違いなく尻尾を振っていたであろう喜色を顔に浮かべながら割り込んできた。眼鏡を指でクイッとあげながら。

「……ヨウ、すまぬがワシに状況を説明してくれんか……」

ロホウはこめかみを押さえながら警備の人間に葵の手にまかれた縄を解くよう指示し、眼鏡の少女、ヨウへと問いかけた。



さて、場所はロホウの屋敷内へと移る。

「というわけなのです!」

腰に手を当て、ふふん、してやったりとばかりに、先の経緯を説明し終えたヨウ。

「……そうであったか……」

片や、盛大な溜息を押さえきれないロホウ。

そして対照的な二人を見比べる葵。

三者三様、円卓に座りながら、出せれたお茶を飲みつつ、夕刻のゆったりとした時間が流れる。

「いや、若人よ、迷惑をかけたようですまなかったのぅ」

お茶を一口すすったところで、ロホウが話し始めた。

「このヨウに留守を任せておったのじゃが、どうも早合点の気があっての……。いや、本にすまなかった」

「いえ、俺もこんな恰好で誤解させるような」

葵はそこまで言って、自らの泥だらけになった服を見る。

そこですかさず。

「そうなのです、こいつが誤解させるような恰好をしているのが悪いのです」

「これ、ヨウ!」

ロホウに叱責され、ヨウはみるみるうちにうなだれていった。

「うぅ……すまなかった……のです……」

「まったく……困ったものじゃ」

ロホウは本当に困ったような表情で深くため息をついたが、すぐに気を取り直し。

「ところで若人よ、城壁の修復、まことにご苦労であった」

と、葵に話しかける。

「すでに人伝に聞いておる。あれだけの大工事をこの短期間で終わらせるとは、さすがリンシア様自らが連れてきただけはある。……そこで、じゃ」

ロホウはそこでいったん言葉を区切ると、葵とヨウを見比べながら。

「二人に頼まれて欲しいことがあるのじゃ。なに、今度は然程手間をかけん。少し城の蔵に行って、そこから荷を運んで欲しいだけのこと。行けばわかるようになっておるでの」

「な、ななっ! ヨウが、この男と一緒に、ですか!?」

「そうじゃ。ヨウもこの若人ができることは知っておろう。学ぶことも多いはずじゃ」

「そ、それはそうなのですが……うぅ……」

「若人はどうじゃ?」

ロホウは葵の目をじっと見た。

「(そういえば、前も最初は“様子を見てきて欲しい”だったっけか)」

葵は、このじいさんからの依頼だ、今回もそうそう楽はできないだろうなぁとは思いながらも。

「(他にやることもないし)」

と、苦笑を浮かべながらも了承することにした。

「そうかそうか、引き受けてくれるか。いや、すまぬの、ほんに助かるわい」

笑顔のロホウに見送られ、葵と、何やら不満げなヨウは城の蔵へと歩み始める。



「いや、ほんにほんにすまぬな……」

二人が部屋を出たのを確認し、ロホウは白髪を撫でながらもう一度つぶやいた。

「(リンシア様はお優しすぎる)」

幼少期より仕えてきたロホウには、リンシアの考えが痛いほどわかっていた。

降ったように突然現れた男、葵。帝室の力が弱まり、群雄が割拠しつつある世に、神が人の世に遣わした佑けかもしれない。ならばここに閉じ込めておいては世のためにならない。ましてその力をわたくししてはならない。

まして今のリンシアは後継者争いの真っ只中である。もし自分が破れるようなことになれば、その力を持った存在を失ってしまうことになるかもしれない。そうなれば何万、何十万、いや何百万の民が苦しむことになるのか。

ならば、今すぐにでも手放そう。もし本当に天佑であるならば、この乱れつつある麻を再び一つに束ねてくれるはずだから。

「やれやれ、人間、年を取ればとるほど醜くなるものじゃの」

ロホウは自らの主君の意に反し、葵を無理やり巻き込むことでその力をリンシアのために使おうとする自身を顧みながら今一度白髪を撫でた。

「リンシア様はお優しすぎる。今一番佑けを必要としておるのはご自身じゃろうに……」

思ったよりも多くの家臣が、弟リュウシン側についた。

主だった者は、ロホウを除き全てと言っていいだろう。

「やれやれ、ワシももう一仕事せねばの」

ロホウは先ほど届けられた書状に火をかけ、椅子より立ち上がる。

“ガクジン、兵二万と共に五安へと進発す”

戦火はすぐそこまで迫っていた。

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