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三題噺

おうし座の彼

作者: codama

 私には好きな人がいる。

 別に出会い方が素敵だったとか、何か惚れてしまうようなエピソードがあったわけではない。ただ、一目見たその瞬間に、私は運命を感じた。

 一目惚れだった。今までにないほど、心の底から惹かれた。

 名前は牛尾拓斗。誕生日は五月十一日のおうし座。歳は二一で、上京して一人暮らしをしている学生さんだ。彼は顔立ちがはっきりしているので、今風のゆるい若者スタイルでも、きりっとして見える一瞬がある。その一瞬に、思わずどきっとしてしまう。なよなよっとした普段の様子から、不意に見える男らしさにギャップを感じ、惹かれてしまうのは単に私の好みなのかも知れないが。

 彼は顔がかっこいいということもあるのだが、何より誠実で優しかった。その内面がますます私を惹きつける。理想の男性像にぴったりと当てはまった。

 そんな彼は最近アルバイトを始めたので、帰ってくるのが少し遅い。朝に見かける時はいつも眠そうにしている。ただ、生活リズムが少し乱れても、野菜はしっかりと食べているようなので安心する。実家が埼玉の農家というだけあって、仕送りとして月末にお米と野菜が大量に送られてきている。それを律儀に調理しているのを見ても、彼が真面目だという事が分かってしまう。

 しかし、彼はおうし座の男。

 おうし座の隣にはオリオン座がつきものだった。

 彼のいつもすぐそばで、図々しくも大きく光り輝くオリオン座。そんな存在が、彼にもつきものだった。ところ構わずやたらとベタベタして、自身の輝きをいいことに、横暴で、彼の事など考えもしない。迷惑そうにしているのが分からないのだろうか。温厚な彼ですら、困り顔になっている。そういう優しさに付け込んだ、所詮は彼女気取りというやつなのだろう。イケメンな彼氏持ちというステータスが欲しいだけに違いない。あの手の女はいつもそうだ。

 そして、私はさそり座の女。

 オリオンを殺す事は、星の宿命であって、まさしく運命。

 そう、彼に尽くすことが私の運命。生まれた時点で決まっていた運命。

 強すぎる光の前では、彼自身の輝きを失ってしまう。だから、オリオンは早めに対処しなければいけなかった。現れるたびに何度も、何度も。

別に、私は悪くない。私と彼との関係を邪魔するのがいけないのだ。だから、彼の前に二度と現れないようにした。でも、昔の事だったし、彼以外の事なんてどうでもいいからあんまり覚えていない。ただ、私が始末をつけたという点だけを覚えていればいい、それだけ。

 触れることのない位置から、ずっとあなたを見守っている。届かぬ片想いの美しい居心地の良さ……たまらない。

 不思議と、切なくはなかった。今にして思えば、彼の事をこんなにも想えているのだから、これ以上は贅沢なのだ。

 彼が幸せでいてくれれば、私はそれだけで幸せだった。


 ――おっと、どうやら彼はこれからお風呂に入るらしい。

 その様子をレンズ越しに確認した私は、一度大きく伸びをする。対面のマンションから見下ろす彼の姿は、ずっと見ていても飽きはしないのだが、ある程度体を動かさなければなまってしまう。さすがに、太った姿を見られるのは嫌だ。好きな人のそばにいるのなら、相応の身なりでありたい。

 一度望遠鏡から目線を外し、ゆっくりと立ち上がる。眼下には彼が住むアパートがいつものようによく見える。涼しげな夜風が吹き込んで、心地が良い。

 今はまだ七月の初めなので、夜空にオリオン座は見えない。しかし、いつかまた彼を脅かすオリオン座は現れてしまう。その時は、また私が始末しなければならない。たとえ、それが私と彼との距離を縮める事にならないとしても、私はすっと彼を愛し続ける。あなたが私のことを知らなくても、いつまでも愛し続ける。

 だから、あなたも私のことを裏切らないでよね――。


 夏の夜空にはさそり座がさんさんと輝いていた。


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