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「わきゃ?」
とちっちゃいホワイトドラゴンは、頭にからを被ったまま、首を傾げた。
滑らかな白い鱗は、すべすべとして手触りが良さそうだ。
目は、真っ黒で、子犬みたいにつぶらだ。
しかし、ドラゴンだ。
紛れもなくドラゴンである。
お、おい!
どうすんだよ、これ。
なんか、めっちゃこっち見てるよ!
エルマはえらそうに腕組みして、「うんうん」と頷いている。
「どうすんだよ、これ!?」
思わず指差して叫ぶと、エルマはニカっと笑った。
「あんたお母さんだと思われてるみたいね」
「ふざけんなー!」
エルマが耐えかねたように横を向いてぶふっと噴出し、もう一度俺の顔を見た。
彼女は身体を折り曲げ、再度噴き出す。
腹を抱えてげたげた笑いながら指差した。
「童貞のくせに先にママになるなんて笑えるわー!」
「ふざっ、ふざけっ、俺は童貞じゃ、う、うぉおおおおおおおお」
俺は真っ赤になって床に手を突いた。
嘘をつけない。
俺はどうせ万年賢者だ、村中に知られているわ、笑えっ、俺を笑えぇええええ!
「お前なあ、お前って奴はなあ! へぶあっ」
俺は何か言おうと思ったんだよ。
だけど、ままならなかった。世の中、本当にままならねえよ。
いきなりさ、昇天された扉を踏んづけ、弾丸の勢いで腹の出た茶色い毛髪のおっさんが飛び込んできたんだわ。
トーマだ。俺の嫁(仮)を奪ったトーマだよ! 憎い。憎しみで人を殺せたら!
腹ぶるんぶるん揺らしながら、奴は真っ赤な顔で「ふおう!」とうめいた。
「エ、エ、エルマ! 本当に帰ってきやがったんだな! ばっちゃがお前を見たって言うからよ、まさかと思ってきたら……このやろっ、このやろっ、いきなり村飛び出しやがってよお! 畜生、俺の作ったトウモロコシを食らいやがれ!!」
「あら、トーマじゃない。あんた、腹出たわねえ。トウモロコシ、もらうわ」
ひらめく繊手でトウモロコシを奪い取ると、エルマは豪快にかぶりついた。
何故か優雅さを失わずに、むっしゃむしゃ生で食うエルマと、男泣きしているトーマ。
俺は……トーマの腹にぶっとばされて、床の上で転がっていた。
誰か声かけてくれよ! 大丈夫か? って、社交辞令でもいいから、一言声かけろよ!
そしたら、エルマがにこにこと俺に、食いかけのトウモロコシを差し出した。
「欲しいの?」
「食わねーよ、ふざけんな!」
人間の尊厳にかけて、手を弾いてやったわ!
「おいしいのに」
むしゃむしゃとエルマはトウモロコシの芯まで召し上がっていました。俺は死んだ魚の目になる自分を感じた。
お前無茶苦茶だな! トーマは、「そこまで俺のトウモロコシを……」と目元をこすっている。
色々間違ってっから、お前ら! つっこみ役が圧倒的に不足している。もう前衛を支えきれない!
ついでに、数十分前の俺、お前は間違っていたよ!
こいつを歓待してやろうなんざ、お前は根本的に間違っていたんだよ!
そしたらさ、聞いてくれ。
幼生ホワイトドラゴンがさ、とて、とて、とて、って歩いて来て、
「わきゃあ」
ちっちゃい手で、俺の頭なでなでしてくれました。大きな目が、心配そうに俺を見ている。
お、お前……俺、感動した。
お前、きっとメスだよな。
そんでもって、俺が大切に育てたら、ある月夜の晩に銀髪のグラマー美女に人化するに違いない。
決めた。
この妄想で、俺は三年は暮らせる! お前の名前は――
「リリー!」
子供は男の子と女の子、二人だ。
白い家に犬を飼おう。
俺が人生設計をしていると、エルマがぽん、と俺の肩を叩いた。
何だ、そのなまあったかい視線は。
邪魔しないでくれ、今リリーに次女が生まれそうなんだ!!
「あんた、ほんっと変わらないわね」
だから何故そんな目で見るんだ。
トーマが腹を太鼓みたいにぽむぽむさせながら、「そうなんだよ」と頷く。
だから、お前も何故そんななまあったかい目で見るんだ。
「もうなんつーか、な。あれだわ」
「そうね、あれね」
二人して頷き合っている。
うるせー!
俺は。
俺は。
さびしいいんだよおおおお!
「バカヤロー! 俺の嫁(仮)を奪ったのは、トーマ、てめー貴様だあSDFGHJKL;:!!」
「いや、言語崩壊してっからな、落ち着け、な」
何故トーマに嫁が来て、俺のところに嫁がこねーんだよ!
間違ってる、こんな世の中間違ってるんだ!
ちょっと妄想しただけだろ!
本気じゃねえよ。
本気八割のまだまだ俺は本気じゃないって感じだよ! 俺の本気はこんなものじゃない! あと三段階変身を残しているんだ! 俺は体育座りにしゃがみ込んだ。
リリーがよじよじと俺の膝にのぼってきた。
「――可愛いじゃねえか」
何だ、ドラゴンくらい余裕だな。
可愛いから全部許した。
「へくちゅっ」
リリーが鼻をむずむずさせたと思ったらくしゃみしたんだけど、察してくれ。
ドラゴンて、炎や冷気などの多種なブレスを吐く生き物なんすよ。
熱いのか寒いのか分からん。
どっちのブレスだったんだろうか。
あ、死んだ父ちゃんが、川の向こうで手を振ってる。