デート③
この状況はまずい。
こんなに密着した状態でヘルコが目を覚ましたら、本当に殺されかねない。僕はまだ生きたいのだ。もう少しこの幸せな状況を味わいたかったが、ここは命の方が大事なので諦めることにした。先ほどと同じようにゆっくりと、慎重にヘルコの体を動かす。が、その時、ヘルコの腕が僕の首に巻きつくように回り、さらに体をギュッと密着させ、結果、抱き合うような形になってしまった。
ヘルコの顔を見てみるが、目を瞑っており、寝ぼけているようだった。
どうする? 離れようにも、ヘルコの腕には力が入っており離れそうにない。僕の胸にはヘルコの柔らかい胸がむぎゅうと押し付けられ、僕の体温は急激に上昇した。そして、すぐそこにはヘルコの無防備な可愛くて綺麗な顔があった。ヘルコの生暖かい吐息が僕の顔にまとわりつく。その時、僕に男として最悪な思考が頭をよぎる。
”今ならキスしても……”
今キスしてもバレないのではないか? この状況はチャンスなんだ。今キスしなければ僕には一生キスなんて行為出来ない気がする。仮に誰かとキス出来たとしても、こんなに美少女とは絶対に出来ない。自分でもわかる。
今しかない。
今しかない。
今しかない。
今しかない。
今しかない。
心の中で何度も呟き、僕はついに行動してしまう。ヘルコの唇と僕の唇は既に五センチほど動かせば重なり合う位置にあった。僕はヘルコの吐息に合わせゆっくりと自分の顔を近づけていく。ヘルコの顔を見ると、先ほどと変わらず、優しい吐息をして寝ているようだった。今からこの何も知らない美少女にキスをする、そう考えるとドキドキが止まらなかった。このドキドキはきっとヘルコにも届いている。こんなにも密着しているんだ、僕のドキドキはヘルコの体に響き渡っているだろう。
見れば見るほど綺麗な顔をしている。顔立ちもそうだが、肌がとても綺麗だ。きめ細やかで、柔らかそうで、ずっと眺めていたいような肌。僕と同年代の女の子より肌が綺麗だと思う。そんな事を考えながら僕とヘルコとの距離はもう一センチを切っていた。
もう後戻りはできない。そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと自分の瞼を閉じた。そして――
「……」
柔らかい。そんな単純な感触が僕の体に伝わってきた。
やってしまった。ついに、やってしまった。これはもう立派な犯罪だ。僕は今日から罪人になってしまった。これからこの罪を背負って生きていくんだ。だけど僕はそんな後悔よりも先に、やってよかったと思ってしまった。
やってよかった。唇が重なり合った瞬間そう思った。キスというのはこんなに気持ちのいいものだったのか。いや、もしかしたらヘルコのような美少女だったから、なのかもしれない。どっちにしろ、このキスは僕にとって一生忘れることのできない、僕だけの秘密になった。
やってしまってから五秒、十秒経っていた。だけど僕はまだ目を閉じ、キスをしたまま動かずにいた。この時間が永遠になればいいのに。本気でそう思った。
僕の精神はどうにかなりそうだった。いや、もうどうにかなってしまったのかもしれない。だって僕はもう、幸せすぎて死んでしまってもいいと思ってしまったのだから。
そろそろ本気でまずいかな。そう思った僕はキスしたままの状態で、まずはゆっくりと自分の瞼を上げた。目の前には何も知らず瞳を閉じて寝ているヘルコがいる――はずだった。
僕の目の前には、もちろんヘルコの顔があった。綺麗で可愛くて、吸い込まれそうな瞳があった。
目があった。ヘルコは寝ていなかった。僕は急いで唇を離しベッドから転げ落ちた。
なんで?
どうして?
なんで起きてるの?
いつから?
殺されるっ……!
「ごめんなさいっ!」
自分の部屋の床にこれでもかというくらい額を擦りつけての土下座だった。僕は許されないのかもしれない。当然だ。寝てる間にキスされるなんて、たとえ僕がイケメンだったとしても許されない行為だ。だけど、今の僕には謝るしか道はなかった。もう、終わった。なにもかも。
「……もういいよ」
「えっ……」
「だからもう謝らないでいいって。でも、次からはちゃんと言ってからしてよね?」
? どういう事だ? 全くの予想外な回答が返ってきた。僕は殺される覚悟でいたが、彼女は、ヘルコは、それどころか優しい言葉をかけてきた。口調もいつもより少し違い、普通になった感じで。そして、次からはだと? これは、一体どういう……
僕は土下座を止め、ベッドの上のヘルコを見た。ヘルコは向こうを向き、その優しい吐息を吐きながら、もう夢の中にいるようだった。




