名前
僕はゲームというものが好きだ。ゲームを開発した人には感謝してもしきれない。大人なんだからいい加減卒業しろよとか思うかもしれないが、それは絶対に出来ない。昔から友達がいなかった僕はいつもゲームと遊んでいた。ゲームと共に育ったと言ってもいい。そんな僕にゲームを辞めろという事は、友達と絶交しろと言ってるのと同等なのだ。友達を捨てるなんて事、僕には出来ない。
そんなゲーム大好き人間の僕が最近ハマっているのは、一週間ほど前に買った、新発売の格闘ゲームだ。一人で格闘ゲームなんて、と思うかもしれないが、今の時代、ゲーム業界はぼっちに優しいのだ。そう、ネット対戦である。これさえあれば、家にいながら、世界中の猛者と闘える。顔も名前も知らない奴らと遊べるのだ。初めて対戦をした時は、あっという間に負けてしまった。当たり前だ、今までコンピュータばかりで人間相手には闘った事がなかったのだから。だけど、やればやるほど、自分が上手くなっていくのを感じる。コンボなんかも覚えたりして、僕は、すっかりこのゲームにハマっていた。
そんなゲームを今日も、日課のように始めようとした時、背後から死神さんの声が聞こえた。
「それ格ゲー? 儂もやるー!」
彼女はベッドから降り、僕の横にちょこんと座ると、ツーコンをしっかりと握り締めワクワクした様子で僕を見ていた。
なぜ友達のいない僕が、二つもコントローラーを持っているのかというと、それは簡単。もしもの時用だ。もしも友達が出来たら、もしも彼女が出来たら、そんな夢を僕は捨てきれずにいたのだ。客観的に見れば気持ち悪いだけである。だけど、それが今日役立った。彼女は一回も使われていない、だけども決して綺麗ではなく、ホコリを被っているコントローラーを持っていた。一つ目の小さな夢が叶った瞬間であった。
タイトル画面を進み、いつもやっているネット対戦ではなく、2P対戦のところへカーソルを合わせる。
「そういえばこのゲーム、ユーザー登録出来るんだよなあ。死神さんも登録しときます?」
「おーするするー」
この機能を使えば、戦績などが全て記録出来る。僕は既に登録済みなので彼女に登録してもらおうと、ユーザー名を決める所である事に気がついた。
死神って名前あるのか?
そもそも僕ら二人は、自己紹介すらまだしていない。彼女は僕の名前を教える前から知っていたし、彼女に対しての呼び名は『死神さん』で成り立っていた。今思うと、なぜ僕の両親は彼女の名前を聞かなかったのだろう。息子が生まれて初めて彼女を連れてきた事に対して、僕以上に喜び、舞い上がり、名前を聞く余裕もなかったのかもしれない。そんな事を想像すると少し虚しくなると同時に、両親に申し訳なくなってしまう。だけど、いずれ真実を教えなくてはならない時が来るだろう。それまでは……
話を戻そう。名前。そう、名前だ。人は誰しも名前を持っている。こんな底辺な僕ですら持っているのだ。だけど、だけれど、彼女は持っているのだろうか。人ではない、人外の彼女は果たして自分の名を持っているのか。急に興味が湧いてきた。
「ここに自分の名前入れるんだけどさ、あれ!? そういえば、まだ死神さんの名前教えてもらってないじゃん! 死神さん、あなたのお名前何ですか?」
うん、我ながら自然に聞くことができた。うん、自然に。
「……ヘルコ」
彼女は小さく、とても恥ずかしそうな声で自分の名を言った。
「ヘルコ……さん?」
「そーだよ! あと名前にさん付けはいらない!」
「ヘルコ」
「復唱しなくていいから!」
どうやら彼女、いや、ヘルコは自分の名前が嫌いらしい。
ヘルコ……ヘルコ……ヘルコ……ヘル子? 地獄の子か。死神らしい、いい名前じゃないか。そして、少し面白い名前だ。僕は思わず、フフっと笑ってしまった。
「なっ 笑うなよー!」
ヘルコは、顔を赤くしながら僕の肩を揺さぶった。「ごめんごめん」と言って、僕は笑いながら、ユーザー名に『ヘルコ』と入力した。
さあ、準備が整った所で、いよいよ対戦だ。正直、僕はヘルコには負ける気がしない。毎日毎日このゲームで遊んでいたし、ただ単に遊んでいたわけではなく、技の研究もしていたのだ。そんな僕が、こんな死神に負けるわけがない。
「じゃあ儂はこの子使おうかな」
ふっ、やはり女キャラか。おそらく、『可愛いから』という理由で選んだのだろうが、残念だったな。このキャラは見た目で選ぶと痛い目を見る上級者キャラだ。僕だってまだ上手く扱えない。
僕は迷った。ここは空気を読んで、わざと負けた方がいいのか? 女の子には優しくしないといけないのか? いや、これは正真正銘の勝負だ。情けなどかけるわけにはいかない。というか、そんな空気僕は知らない。「ここは僕のマイキャラで容赦なく叩きのめす。それが僕の正義。それがヘルコの為になるのだ」と訳のわからない正義を、僕は心の中で語っていた。
「じゃあ僕はこいつで」
さりげなく強キャラを選ぶ。ヘルコを見てみると、わくわくした顔で今か今かと待っていた。そんな顔がもうすぐ崩れ落ちるんだろうなあ……可哀想と思うと同時に、そんな顔もちょっと見てみたいと思う僕がいた。
画面がロード中となったところで、ヘルコが僕に、ある提案を持ちかけてきた。それは「負けた方は勝った者のお願いをなんでもひとつだけ聞く」というものだった。そして、僕はそれを即答で了承してしまった。負けるなんて微塵も思わなかった。勝ってどんな願いを叶えてもらおうかと、ただそれだけを必死に考えていた。「本当の恋人同士になってくれ」とか言っちゃおうかなあ? 下心満載の願望をしていたら、少し長めのロード時間が終わり、いよいよ僕とヘルコの真剣勝負が始まった。いざ勝負!




