デート⑦
漫画の主人公みたいな事を言ってしまったけど、どうしよう。困ったぞ。この後どうする? 三人相手に喧嘩なんて出来ない。そもそも僕は喧嘩なんて一度もしたことがない。
「あいつ今なんて言った?」
「大好きなヘルコを返せとかなんとか」
「ヘルコってこの子の事? ひゅー悠介くんカッコイーじゃん!」
アイツ等笑っていやがる。指をさし、僕を馬鹿にしている。くそ、だけど今はそんな事どうでもいい。とりあえず、ヘルコを取り返さなければならない。だが、どうやって? 頭の中をフル回転させて、策を色々考えてみる、が、いい方法が思いつかない。僕に力があれば、あんな奴らなんて寄り付いてこないのに。
「さ、ヘルコちゃん。俺らと一緒にレッツゴーだ」
アイツ等は僕を無視して遠ざかっていく。ヘルコが手を回され、無理矢理連れて行かれている。そんな光景を見て、黙っていられるほど、僕は冷静ではなくなっていた。
口よりも先に体が動いていた。僕は全速力でヘルコへ向かって走り、その細い腕を掴むと、男から引き離すように後ろへと追いやった。
「早く逃げて!」
力いっぱいの声で叫んだ。これで逃げ切れば、一安心だ。僕はどうなってもいい。彼女さえ助かればそれでいい。初めてのデートで、自分に酔っちゃってるのかもしれない。だけど、本当にそう思ったんだ。彼女さえ助かればそれで――
「テメェなにしてんだ!」
こんな僕でも、彼女を守れたのか。そうだったらいいな。そんな事を思いつつ、僕は、ヘルコの方へと行かせまいと、三人の前に立ちふさがった。筋力もなにもない両腕を広げ、男三人の前に立ちふさがった。できる限り、時間を稼ぐんだ。たとえどんな事になっても僕が逃げるわけには行かない。
「ありがとね もう大丈夫だよ」
優しい声がした。後ろを振り返ると、逃がしたはずのヘルコがいた。ヘルコは、僕の広げた両腕を下げさせると、ゆっくりと前進して行き、三人の目の前まで行ってしまった。
「あれ? もしかしてヘルコちゃんは、アイツといるより、俺らといた方がいいのかな?」
「ちょ、それ可哀想すぎでしょ! せっかく体張って逃がしたのに」
「哀れすぎて、笑えるわ」
え? どうして? なんでアイツ等の方へ行ってしまったんだ? ヘルコの行動が理解できない。せっかく、逃げられそうだったのに、なんでわざわざ……もしかして、アイツ等の言った通り、僕といるよりアイツ等と一緒にいた方がいいから? いや、そんなはずない。どうしよう、僕はどうしたらいいんだ? 思考が整理されない。
「キミ達にちょっと見せたいものがあるんだけど」
ヘルコがアイツ等に話しかけている。なんだ? 一体何をするつもりなんだ。
「なになに? 見せたいもの? もしかしてそれって……」
その時だった。男が言い終わる前に、三人とも一斉に膝が抜ける感じで、地面に倒れ込んでしまった。何が起きたのかわからない。ヘルコが何かしたのか? 三人をよく見ると、小刻みに震えだし、聞き取れないような声でぶつぶつと何かを言っている。失禁してる者までいた。これは明らかに普通じゃない。異常な光景が僕の目の前に広がっていた。
「さ デートの続きしよう」
何もなかったかのような口調でヘルコは言う。アイツ等の方はもう見ていない。僕だけを見つめていた。
「アイツ等に……何かしたの?」
恐る恐る訊いてみた。何が起きたのかを知りたかった。
「少しばかり『死の恐怖』を……見せただけだよ」
ヘルコは笑顔で答えた。『死の恐怖』。簡単に言ったが、それはどんなものなのか。それはきっと体験した者にしかわからないだろう。
僕は思い出す。僕の目の前にいるこの美少女は、紛れもない、死を司る死神なんだってことを。僕はとんでもない女の子を好きになってしまったのかもしれない。心の中でそう思った。