デート⑥
「悠介って誰?」
「ほら、同級生でいたじゃん」
「? そんな奴いたっけ?」
こんな会話が聞こえてきた。どうやら、一人以外は僕のこと忘れているらしい。どうせなら、僕の名前を言った奴も忘れていて欲しかった。こいつ等とはもう、関わりたくなかったのに。
それに、今のこの状況もまずい。僕がこんな美少女と二人っきりで、しかも手を繋いで歩いている。嫌な予感がした。
「ちょいちょい、お前悠介だよな?」
話しかけてきた。相変わらず軽い口調だ。僕は黙って頷いた。
「やっぱそうか! 俺すごくね? こんな奴覚えてるのなんて、なかなかいねーって! 俺記憶力よすぎ! というか――」
ひと呼吸いれて。
「隣の女の子は誰? もしかして彼女?」
きた。予想通りの展開。こいつ等がこんな可愛い子を放っておくわけがない。汗がじんわりと吹き出る。相手の目を見れない。あの時の恐怖が蘇る。鮮明に。
「おい、聞いてんだけど?」
大きめな声で、僕を脅すような声で、聞きなれた声で、僕に訊いてきた。僕はとっさに繋いだ手を離し、震えた声でこう言った。
「と、友達! ただの友達! 彼女とかじゃ……ない……から」
「そうか、まあ、彼女なわけねーよな」
嘘をついているわけではない。そもそも僕とヘルコは両親に怪しまれないよう、付き合っているという設定にすぎない。家から一歩でも出れば、その設定は必要なくなる。
「ねえキミ、俺らと一緒に遊ばない? こんな奴放っておいてさ」
また、なんてテンプレなセリフを……男たちの一人が、ヘルコの手を無理矢理掴んだ。その光景を僕は、何もせず、眺めているだけだった。ヘルコはというと、黙って、何も言わず僕の顔をチラッと見ただけだ。そのまま、アイツ等三人とヘルコは僕から遠ざかっていく。このままヘルコが連れて行かれたらどうなるんだろうか? アイツ等が言う「一緒に遊ぶ」というのは、きっとよからぬ事だ。そこまでわかっていて何故僕は、何も言えない? ヘルコは死神だ。人間じゃない。だからきっと大丈夫だ。自分で勝手に安心しようとしていた。だけど――
だけどそれでいいのか?
死神だからいいのか?
人間じゃないからどうなってもいいのか?
違うだろ。
死神だとか人間だとか関係ないだろ。
僕のとるべき行動はひとつだ。
「おい!!!!!」
肺にある空気を全部出し切るような大声を出した。男たちは立ち止まってこっちを振り返る。恐怖は心の奥底にしまった。もう、アイツ等に恐怖する必要なんてない。僕は自分にそう言い聞かせた。
僕はグッと両手を握りしめ、まっすぐ前を見て言った。
「ヘルコを返せよ……僕の大好きな……ヘルコを返せよ!!!!!!」
もうわかっていた。僕はヘルコに惚れている。僕は心底ヘルコに惚れている。好きな女の子が目の前で奪われたら、取り返すしかないだろ。たとえ相手が誰であろうと。アイツ等はきっと僕に平気で暴行をしてくるだろう。そんな奴等だというのは知っている。だけど、だからこそ、僕はアイツ等から彼女を守らなければならない。取り返さなければならない。
「僕らのデートの邪魔はさせない」
ふと、ヘルコの顔を見てみた。僕を見て、にっこりと安心した、守りたい笑顔が、そこにはあった。