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はじまり

のんびり更新していきたいと思います

「ありがとうございましたー」


 やる気があるようでない不安定な声がコンビニ内に響き渡る。

店内には客が消え、少しの静寂が訪れる。僕はフリーターだ。二十二歳のフリーター。

毎日何も考えず、自堕落な生活をし、無駄に生きている。それが僕、霧夜悠介(きりやゆうすけ)である。

ふと、時計に目をやる。午前八時四十九分。そろそろバイトも終わりの時間が近づいていた。僕は、家に帰っても別にやる事なんてないが、朝の六時から九時までの三時間、それで一日の労働は終わるのだ。

極めて機械的に、一ミリも感情なんてものは入れずに接客業を終えた僕は、そそくさと家へと帰る。それが僕の日常。毎日の出来事。同じことの繰り返し、であった。


 何でこんな事になったのか、なんてのはたぶん、頑張らなかったからだろう。そんな事は誰よりも、当の本人である僕が一番よくわかっている。中学校のテスト、別に頑張らなくても中途半端な点数は取れた。高校のテスト、別に頑張らなくても中途半端な点数は取れた。授業で中途半端な学力は勝手についてきたが、頑張ることの大切さを僕は学べていなかった。高校卒業後、今までどおり何とかなると思っていた就職活動。全てが失敗に終わった。それからとりあえず、バイトを始めてみた。それからずるずるとバイト先を転々とし、ハロワすら行かなくなってから早4年。僕は未来を捨てていた。


 時々思う事がある。

「――何でこんな事しているんだろう」

小さい頃の僕が今の僕を見たら、何て思うのだろうか。思っていた通りだ、と納得するだろうか。いや、納得なんてしないだろう。きっとこんな人間になるはずがない、と否定するだろう。何の根拠もない、薄っぺらい自信を持って。

「夢」

 僕は昔から「将来の夢」を聞かれることがあると、とにかく困った。高校生の頃はもちろん、中学生、小学生の頃ですら「夢」というのは持っていなかった。なりたいものなんて何もない。それが僕の本心であったが、そんな事は口にはせず、周りで人気のあったサッカー選手とかって適当に答えていたっけ。そんな夢を持たない希薄な少年だった僕は、普通に生きていれば、普通の会社に就職できて、普通に結婚して、普通に子供が出来て、普通に苦労しながら、ありふれた毎日を暮らせるものだと思っていた。そんな普通がどれだけ難しいことか。あの頃は考えもしなかったが、今になってようやく解り始めていた。僕は普通にさえ届かない、マイナス側の人間なんだ。今も、これからも。


「先あがらせてもらいまーす」


 弱々しい声。女々しく頼りないその声は日本男児とは到底思えない。最近の若者は本当にダメだな……と思う。が、それは僕の声だった。

ようやく三時間の労働を終え、帰路につく所である。

中学生時代から愛用しているマイ自転車に跨り、ゆっくりペダルを漕ぎ始める。


「はぁ……はぁ……」


すぐにバテ始めていた。僕は朝の三時間以外全くと言っていいほど動かないので体力が極端に減っていた。全身の肉はぶよぶよで、情けない体になっていた。リズムよく吐く息は白くなってすぐに消えていく。もう冬だ。外は寒い。早く家に帰ってストーブつけなきゃな。そんな事を考えていると、あっという間に僕の家の前だ。

だけど、あれ?

なにかいつもと違う。ウチの前に違和感を感じれずにはいられない。ここウチだよな、心の中で再度確認してしまう。僕は思わず声を漏らす。


「だれ?」


ウチの前には知らない女の子が震えながら立っていた。


「遅いぞコラー」


感情が全く入っていない声。だけれど、やけに可愛い声で女の子は言った。

というか、本当に誰だあの子。僕には女友達なんていないはずだが……

いや、女友達どころか友達なんていないはず……自分で言って虚しくなった。


「まぁいいや早くこっちおいでよ寒いんだからさあ」


言って、彼女はこちらに向かって手を振っている。一応後ろを振り返って見るが僕しかいない。彼女は間違いなく僕に向かって話しかけているのだ。というか、なんだあの喋り方。彼女は句読点を知らないのか。

僕が立ち尽くしていると、彼女の方からゆっくりと近づいてきた。近づくにつれ、彼女の顔がはっきりと見えてくる。

僕はつい目を逸してしまった。目を逸らして体中がアツくなってくるのがわかった。それはなぜか。

そう、彼女の顔があまりに可愛いからだ。整った顔立ちだった。日本人じゃないのか? もしかしてハーフかもしれない。服装は真っ黒コートに真っ黒スカート、真っ黒ニーソに真っ黒ブーツ。とにかく全身真っ黒だ。そんなちょっと珍しい可愛い女の子が僕の家の前で僕の帰りを待っていた。なんで? わからない。こんな子と知り合う機会なんてないし、知り合った過去などもちろんない。僕とはまるで接点がないのだ。頭の中が疑問だらけになっていると、彼女の可愛らしい口がゆっくり開いた。


「おーい聞こえてますかーいっつまで固まってんだよー」


「すみません、ちょっとビックリしちゃって……」


「とりあえず家の中いれてほしいかもしれないよー」


「あ、じゃあどうぞ……こちらです」


 僕はポケットに入れていた鍵を使い、狭い玄関を開け、彼女を自宅へと招いた。僕の家族は両親共に働いていて夜になるまで帰ってこない。姉が一人いるが、もう結婚して嫁いで行ったので今現在、この家には誰もいないのだ。

誰もいない家に女の子を招き入れる……

こんな状況リアルで起こる事なのか……二十二年生きてきた僕だが、こんな事一度も起こらなかった。そんな僕にいきなりこんな、可愛い子が……なんというか、ベタだが僕は自分の頬を軽くつねってみた。――痛い。軽く普通に痛かった。なら、これは夢じゃないのか。夢でなければこれはなんだ。現実だ。

今起こってる事は紛れもない、一点の曇りのない事実。現実なのだ。この事を頭が理解していくにつれ、あからさまに心拍数が上がっていくのを感じた。それと同時に不安も感じずにはいられなかった。それもそうだ。僕はこの子と知り合いでもなんでもない。見たことすらない。なにか裏があるに決まっている。普通に考えれば分かることだ。そんな思考が頭の中を駆け巡ってる内、いつの間にか僕の部屋の前まで来てしまった。ここまで来たらもうどうにでもなれ精神だ。ドアを開け、彼女を先に部屋に入らせた。

僕が部屋に入ると彼女は勝手にストーブをつけていた。図々しいというかなんというか、まぁ、そんな所も可愛いので許せてしまう自分がいる。可愛いは正義を改めて実感した瞬間だ。


「ところでさ、えっと、君はなんで僕の家の前に?」


当然の疑問をぶつけてみる。どうやら僕を待っていたようだけど……


「えっとね」


彼女はストーブの前に座りながら、こちらを見ずに背中で語った。


「悠介くんさ死にたいと思わない?」


「えっ、いきなり何を……って、ちょっと待って!悠介くん――って何で僕の名前知ってんの?」


見ず知らずの人間に名前が知られている。これは予想以上に怖い。それに質問の内容も内容だ。僕は後悔し始めていた。もしかしたらかなりの危険人物を家に上がらせてしまったのかもしれない。


「? 知ってるに決まってんじゃん私死神ですよー?」


かなりの危険人物だった。

予想の斜め上というか真上をいく答えだ。どうしよう、どう扱ったらいいかわからない。関わらない方がいいかも知れない。可愛いとかそんなの関係ない。なにやら危険な匂いが香りはじめたぞ。僕は怒らせないよう、彼女の話にノった。


「その……死神さんは、なんで僕の名前知ってるの?」


「死神だから」


頑なだ。彼女頑なに死神のつもりだ。何を彼女をここまで駆り立てるのか。そんな事は僕にはわかるはずもない。ただ一つ分かることといえば、死神という奴は僕の名前を知っている、という事だけだ。


「あと歳上に向かってタメ口はいくないよ」


 歳上? どう見ても中学生にしか見えない。高校生と言われてもちょっと驚くほどの童顔だ。それが僕より歳上? 僕は二十二歳だぞ?お酒も飲めるしタバコも吸える、いわゆる大人って奴だ。彼女が酒を飲み、タバコを吸っていたら、どう考えても通報される未来しかみえない。というか、歳まで知られていた。死神には歳すらお見通しらしい。こんな事に段々慣れてきてしまっている自分が少し怖い。一応、すみませんと謝罪しておく。彼女はニコっと笑い許してくれたようだった。


「そうだ悠介くんや今死にたいって思ってない?」


 彼女は思い出したかのように僕に聞いてきた。死にたい? そりゃ、この先いい事なんてなさそうだし、夢も希望もない僕だが、残念な事に死にたいとは思わない。それはただ単純に、純粋に死ぬのが怖いからだ。恐怖=死。僕は死ぬのが怖いのだ。だから僕は『死にたくない』と、はっきりと答えた。


「うっそー死にたくないのー? そんな人生なのにー?」


――さすがに傷ついた。こんな僕でも傷ついた。今日初めて会った女の子に人生を否定されたのだ。誰だって傷つかずにはいられないだろう。腹が立った。情けない事に、何も言い返せない自分に腹が立った。でも、なぜ彼女はいきなりこんな事を聞いてきたんだ? ここで死にたいと答えたらどうなるのだろう。考えれば考えるほど怖くなってくる。ここらで彼女には出て行ってもらったほうがいいのかもしれない。そうだよ、いくら可愛い女の子だからって見ず知らずの怪しい人間を家へ入れてはいけなかったんだ。


「あのー死神さん?」


「なにかな?」


真っ直ぐに見つめられた。思わず魅入ってしまう、それほどに彼女の顔は整っている。可愛い。改めてこの事実を実感した。僕はふと我に返り、質問を続けた。


「結局、死神さんは何のために僕を待ってたんですか?」


「率直に言うとだね……」


嫌な緊張感が全身に伝わってくる。思わず息を飲んでしまうほどに。


「悠介くんを殺しに来たんだよねーこれが」


明るい笑顔で彼女は言った。これはもう立派な殺人予告なのでさっさと警察に突き出したほうがいいのかも知れないが、僕はそんな事すら面倒になってきたので、自分のおうちへ帰ってもらうことにした。


「そうですか、じゃあそろそろ帰って貰えませんか?」


「いやいや今の聞こえてたよねー? 儂は悠介くん殺さないと帰れないのっ!もー」


儂? 今この子儂って言ったか? あーそうか、たぶんあれだ、漫画かアニメを見て影響されちゃった系か。まぁ、僕も真似したくなる気持ちはわからんでもない。あとで黒歴史になるだけなのにな。それともこの設定はオリジナルなのかな? だとしたらさらに香ばしい子になる。なんかちょっぴり彼女の事を愛おしくなってきてしまった。今時こんな全力で痛い子はなかなかいない。それもこんなに可愛いのにだ。別に無理矢理帰ってもらわなくてもいいか。もうちょっと観察していたい、彼女は僕より年上と言っていたが、本当は何歳だろうか、中学生二年生くらいかな? そんな事を思ったとき。


「あ」


ふと、ある事に気づいて声を漏らしてしまった。彼女は不思議そうに僕の方を見ている。仮に彼女が中学二年生の十四歳とする。そして僕の年齢は二十二歳。そんな僕が十四歳の少女を連れ込んでいるなんて知れたら……アウトに決まっている。女子高生でも危ないだろう。彼女どう見ても十八歳以上には見えない。これはやはり、帰ってもらうしかないようだ。僕は捕まりたくない。

 


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