プレシーズンマッチ三本目
果たして3本目、広島は再び主力メンバー主体の11人がほぼ揃った。対する尾道のメンバーは以下の通り。
GK 1 玄馬和幸
DF 26 深田光平
DF 4 モンテーロ
DF 3 橋本俊二
DF 2 マルコス・イデ
MF 22 朴康信
MF 6 山田哲三
MF 7 桂城矢太郎
FW 27 芳松昇治
FW 9 荒川秀吉
FW 11 シュヴァルツ
1本目と比較して、まずはGKが宇佐野ではなく玄馬となっている。今シーズンのメインは宇佐野だが、彼はまだ若くそれが不安要素にもなり得る。また、怪我などによる離脱も考えられるので、安定したベテラン玄馬の重要性は未だに高い。
ディフェンスでは港ではなく橋本を配置。これもベテラン港が不測の事態に陥る可能性を考慮しての事である。中盤に朴がいるのも意外な起用だが、これはまず朴の精度が高いキックを活かすためと、苦手なスピードタイプと対峙するに当たり抜かれた場合を想定しての安全策でもあるようだ。
そしてFWには御野ではなく数10分前に豪快なシュートを決めた芳松が秀吉と同じピッチでプレーする事となった。これは先ほどのゴールが首脳陣に好印象を与えたという部分も確かにあるが、それ以上に芳松のバイタリティの活かし方を考えての措置でもある。
全体的に言うと「ビハインドの後半」を想定している。今回は玄馬はともかくとして「御野に代えて芳松」「亀井に代えて朴」「港に代えて橋本」といった具合だ。勝ち点を得るには攻める必要がある。しかし逆に点を取られては意味がない。その辺のバランスを水沢監督は見極めてようとしているのだ。
キックオフは広島から。相変わらず最終ラインでボールを回すが、続投の芳松がいきなりアグレッシブ全開で向かって行った。
「芳松の奴、なかなか元気じゃねえか。俺も負けてはいられないな!」
若い芳松のガッツが飛び火したかのように、秀吉も負けじとボールへのチェックに走った。さすがFWと言うべきか、この世に生まれ出てから30年以上の時間が流れてもその性分は負けず嫌いなサッカー小僧の頃とまるで変わらない。プロの世界で大人になっても人間の根本に流れる血は変わらず、普段は抑えられても芳松のような男が側にいると真の姿が剥き出しになってくる。そしてそれが、チーム全体を前向きにしているのだ。
「最初の時みたいにはいかないぞ広島の皆さんよ!」
「ここまでトータルで2対2だから、この45分で真の決着がつく! もちろん勝つのは俺たちだ!」
尾道の猛烈なプレッシャーを、しかし広島のディフェンス陣は軽やかにかわしていく。昨年は今以上の修羅場をいくらでも潜り抜けてきたのが広島というチームである。その中で普段通りのプレーをするのは難しく、不要な取りこぼしも今となっては散見されるものであってまだまだ「完璧」という言葉を使うには早い。頂点を見てもなお「もっとよくなる」と思い続ける向上心こそが広島のモチベーションである。
試合開始から7分、攻撃的なフォーメーションを組んだ尾道のリスクを狙われた。広島の左サイドには1本目と違ってベテランの山西が入っているが、この山西が積極的な突破を仕掛けてきたのだ。スピードは清瀬に劣るものの技術的には上で、守備はあまり得意ではない深田は対応するのが精一杯という状態でジリジリ押されていった。
「やはり右サイドの守備はどうにかしないとな」
「しかし左右どちらもこなす小原の復帰は5月ですからね。去年は容易く埋まりすぎましたが、そう簡単に優秀な選手は獲得できませんよ」
「ただこのフォーメーションじゃ多少押されるのは仕方ないからな。それよりも広島相手にどれだけのオフェンスを出来るかでしょう」
尾道は広島の圧力に押されつつも最後の一線は守りきっていた。今は港ではなく橋本がラインの管理を担っており、慎重居士のベテラン港と比較して強気のラインを設定している。これは若さもあるが、橋本はスピードもあるのでより柔軟な対応が出来るというメリットも考えたものである。矢藤は一瞬の抜け出しを得意とするタイプ。タイミングによってはオフサイドが増えるタイプでもある。最初の15分で3回はそうやって広島の攻撃を止めた。
「さあ、これからはこっちの番だ。頼むぜ康信!」
「おう!」
オフサイドからのフリーキック、キッカーに指名されたのは朴だった。彼の左足から放たれるロングフィードは素早くかつピンポイントにターゲットへ送られる。そしてそのターゲットは言うまでもなくシュヴァルツである。競り合いは当然の如く勝利したシュヴァルツから桂城に渡った。ここまでは容易く形を作る事が出来るが、それからいかに創造性を発揮できるかがJ2を戦い抜く鍵となってくる。
「去年もそうだったが、ディフェンスの戻りは素早いからな。もう7人はいやがる。さて、どこから行くかな」
「やたっち、こっちや!」
「誰がやたっちだ!」
深田の声に怒号を交えつつも、桂城は素早く右サイドへパスを展開した。深田と、本来の左から右にポジションをチェンジしていた芳松とのパス交換で突破を図ったのだ。ここからクロスを相手の脚に当ててコーナーキックを得た。
「よし、貴重なセットプレーだ! うまくやらないとな!」
「頼むぞ桂城」
ニアにはシュヴァルツ、ファーにはモンテーロという迫力ある布陣を組めるようになった事で尾道のセットプレーにおける「危険な雰囲気」は確実に高まった。とにかく迫力が違うのだ。褐色の肌に伸びた巻き毛が絡みつくモンテーロは来日2年目にして無頼度がアップしたし、シュヴァルツの端正な目つきと短く刈り込んだ茶髪はスイス伝統の傭兵もかくやと思わせるもので、油断すると矢を射られそうになる。周辺には秀吉や芳松というゴール嗅覚に長けた選手がうろついており、これまた得点誘発装置としては屈指の選手たちである。
一般に格下とされる相手でもセットプレーではあっさりと失点を許すことがある。広島もシュヴァルツとモンテーロにはマークが2人つくなど警戒心をあらわにしている。そして笛が鳴り、桂城はファーサイドにボールを放った。モンテーロのまた上を通過したがセカンドボールを拾ったのはマルコスで、続けざまにクロスが上がった。
シュヴァルツとモンテーロが飛ぶ。ただでさえ1人を抑えるだけでも大変な野獣のような男が同時に2人も動けば、これは人間の対処できる範囲ではなかった。ボールを捕らえたのはモンテーロの頭だった。強烈に叩き付けられたボールはGKの足元に飛び込んだが、広島の二番手GK増井は右足を伸ばしてシュートを上空へ弾き飛ばした。すかさずジャンプしてボールをキャッチ。尾道勝ち越しのチャンスは惜しくも潰えた。
「ちい、入らんか! しかしやはりあの高さには向こうも驚いたみたいだな」
コーナーキックを蹴った桂城だけでなく、監督コーチからサポーターに至るまでこの試合を見ていたすべての人物が「シュヴァルツとモンテーロ、彼らの高さとパワーには一目置かざるを得ない」と認識するに至った。まさにJ1クラス、いや、J1でもトップクラスの武器を尾道は得た事になるのだから。使い方によっては昨年以上の攻撃力を発揮できるかも知れないという所まで空想は進んでしまう。
このコーナーキックからは尾道がある程度自由にボールを動かせるようになった。スピード溢れるドリブルには定評がある深田とパワフルなプレーが身上のマルコスによる両サイドバックが積極的にオーバーラップを仕掛ける。空いたスペースは橋本、山田らがカバーして不要なカウンターを防ぐ。朴は守備の際は第三のセンターバック的に動き、攻める際は中盤から鋭いフィードを送る機関と化す。オフェンス寄りというだけでなく、なかなか全体のバランスも取れたサッカーになっていた。
「どうにか攻撃のリズムが出来てきつつあるようだな。有川もヴィトルももうチームにはいない。しかし今の手持ちでも十分に魅力的な攻撃を繰り出すことが出来る。5年か、長かったが着実にチーム力は強化できた。そう、私のやって来た事は間違いではなかったのだ」
側近中の側近である佐藤コーチにも聞かれぬよう、水沢監督はつぶやいた。しかしまだ2013年シーズンは始まってすらいないのだ。指揮官が感傷的になっては目標を達成できなくなる。こんな総括のような言葉を吐くのは冬になってからでも遅くはない。当分は封印しようと、また心を鬼にした。
そして激しい攻防が続いた。しなやかでありながら強靭な広島のパス回しに対して、未熟と言われたらその通りだが言葉にしがたい迫力を有した尾道が食らいついて行く。尾道がボールを持ったら桂城が力強いドリブルやパスで相手陣内へとグイグイと押してくる。そのボールを広島が奪えば一瞬にして形成を逆転するパスが放たれる。スコアは動かずとも、スリルのあるバトルに観客は息を飲んだ。
「これがラストプレーとなるかな」
「そうだな。主審も腕の時計に目をやったし、そろそろだろうな」
「ならば、最後はシュートで終わりたいですね港さん」
「そうだな。頼むぞ康信」
尾道の最終ライン付近にて、オフサイドを得たのでフリーキックという場面で朴と港が何やら話をしていた。朴は来日2年目にして日本語はほぼマスターした。研究熱心な彼は日本で活躍するためならば何でもする覚悟でここまで来ている。
「さあ、行きますよ前線の皆さん! 決めてくださいよー!」
試合再開のホイッスルが吹き鳴らされた瞬間、得意のロングフィードで最前線へボールを送った。すでに選手たちは走り出しており、ターゲットはいつの間にかオーバーラップしていたモンテーロだった。
「ナイスパス、モンテーロ! さあ、ガンガン行くぜ!」
モンテーロがヘッドで落としたボールを拾った山田から桂城、マルコス、芳松とパスを回した。誰もが相手のゴール方面へと走っている、強引なまでの中央突破だ。広島の守備陣も尾道のパワーとスピードに気圧されたか、守備の結集が遅れた。その間隙を縫うように、秀吉がゴール前へと走りこんだ。
「ここだ! ここに出して来い!」
秀吉の声にならない叫びは、しかし確かに尾道の選手たちには届いていた。まさにここしかないというタイミングで芳松から鋭いパスが送られてきた。必死になって足を伸ばす紫の守備陣の間をすり抜け、秀吉はGKと1対1となった。
「勝った!」
小さく右足を振り抜いたシュートはGKの股間を抜いてそのままネットを揺らした。冷静沈着な野生本能を見せた秀吉のプレーは誰にも止める事はできなかった。ただひとりを除いて。
「ええーっ、そりゃねえぜ!」
「今のオフサイドかよー!?」
ゴールを認める笛は鳴らされず、その代わりに横にいたラインズマンがフラッグを水平に掲げられた。反り上がって両腕を振り上げガッツポーズしていた秀吉もノーゴールが確定するとさすがに脱力し、その勢いのまま膝をつき、振り上げられた拳で顔を覆った。結局、試合はこの点差のまま終了。お互いに手ごたえと課題が見えた戦いとなったようだ。
「いやあ、いい勉強をさせてもらいましたよ森原監督」
「それはこちらの台詞ですよ水沢監督。それにしてもいいチームに仕上げましたねえ。今年の尾道は相当いけるって手ごたえあるんじゃないですか?」
「ふふ、そんな事は分かりませんよ。なにぶん相手あってのものですからね。それよりそちらこそ、ACLもあり連覇あり、目標が多くてうらやましいですね。早くそちら側に行きたいものですよ」
「まあお互い良いシーズンにしましょう。そして来年はまたリーグ戦でやりましょう!」
「ええ、そうですね。待っていてください。くれぐれもこっちに来ちゃいけませんよ」
「ははは、それはもちろんですよ」
試合終了後、両監督は今日の試合における健闘をたたえあった。カテゴリーがJ1とJ2に分かれている以上、今シーズンは天皇杯において当たる可能性がわずかにあるものの、おそらくはもう戦うこともないだろう。広島は遠くに輝く星だ。近づきたいと願うだけではまだ遠い。しかしそれこそ100年もすればどうなっているか分からない。
2013年のJ1は3月2日から12月7日まで、J2は3月3日から11月24日までとなる。あと1ヶ月どころか、もう半月もすれば開幕の日を迎えてしまうのだ。先の事は分からないが、永遠の計も今の一歩から始めなければ始まらないものだ。
100文字コラム
中島コーチの趣味は水彩画。「尾道に来た頃始めた」との事だが夢幻的で繊細な色使いは玄人はだし。風景画が多いが時々選手にせがまれて人物画も描く。ただ独特の色彩感覚ゆえに「誰これ?」と言われる事もしばしば。




