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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2013 時間は再び動き出す
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プレシーズンマッチ一本目

 2月の宮崎県には多くのプロスポーツチームが集結する。日本の中においては比較的温暖な気候を利用して、春季キャンプの会場として利用されるのだ。J2ジェミルダート尾道もその末席に加わっている。第二次キャンプとして、より実戦的な調整をするためにここ宮崎県でキャンプを張っているのだ。


 さて、現在ジェミルダート尾道はJRの宮崎駅からバスで30分ほどの位置にあるリゾート施設にいる。もちろん観光目的ではなく、純然たるサッカーのためにこの地にいるのだ。つまり、広大な敷地の中にはグラウンドもあり、毎年ここで春季キャンプを張っているJ1広島との練習試合に招待されたのだ。


「J1優勝おめでとう!」

「ありがとうございます水沢監督」

「いやあめでたい! 今回の事は私にとっても本当にめでたいと思っているんですよ。同じ広島県を本拠地に置くクラブとしてはより一層、目指すべき道がはっきりと見えたようなものですからね。今日は王者の胸を借りるつもりでここまで来たんですから」

「またもう水臭い事を言わないで下さいよ。毎年の事ですし、僕らは変わりありませんよ」


 水沢監督と握手している森原監督が率いるJ1広島は昨年のJリーグチャンピオンである。しかしその広島も数年前はJ2で戦っていた。それが2008年。ジェミルダート尾道がJ2に昇格した最初の年もこれと同じであった。


 この2008年に、広島県を本拠地とするチーム同士で公式戦が初めて行われた。しかし方やJ1でも十分に通用するレベルの選手が揃っており最初から「何でここがJ2に落ちてしまったんだ」と嘆かれていた強力チーム、方や昨年まではJFLで戦っていた新興チーム。実力差は歴然だった。3試合で1分2敗。しかも広島の戦術が確固たる物となった第三戦は1対6というまったく無残な大敗を喫してしまった。


 こうして圧倒的な実力を見せてJ2を荒らしまわった広島は昇格後も確実に賞金圏内に入り続け、森原新監督が就任した2012年はついに念願のJ1初制覇を遂げるに至った。J2での戦いとJ1制覇は同じラインの上で繋がっている戦績である。あの頃の広島と比べて今の尾道はどうだろうか。それが実力を測るひとつの目安ともなっていた。


「それにしても今年は大変でしょうね。アジアでの戦いもあるんですから」

「そうですね。だから去年より少し始動のペースを上げています」

「それに外からの見方も変わってくるでしょう。もう前にどこもいないんですから」

「今まで見たいに追うのではなく、追われた上でどれだけ力を発揮できるかですからね。はっきり言って今までより大変ですよ」

「ウチも一度は追われたいもんですよ。ははは、しかし今日はあくまでも練習試合。お互い実りあるものにしましょう」


 水沢監督の言葉に森原監督はうなずき、そして握手を交わしてからお互いの選手たちが集うテントのほうへと足を向けた。


「さあ相手はJ1の王者だ。ここまでの練習の成果をすべて出すいい機会になるだろう」

「日程としては10時から45分を3本だ。なるべく多くの選手を試すので各自アップを怠らないように」

「分かりました佐藤コーチ。それにしてもやっぱり今までより人が多いですねえ」

「確かになあ御野よ。マスコミもそうだし、サポーターもよく駆けつけてくれているようだな。これが優勝するって事だ。注目度が段違いだ」

「これからはお前たちがここにいるサポーターやマスコミを引きつけるようにならないと。そのためにも今はガツンと戦って、『J1王者に暗雲』みたいな記事を書かせようじゃないか!」

「おう!」


 まずは1本目がスタートする。基本的にレギュラーメンバーと目される選手たちによって戦われる。広島のメンバーはGKに日本代表の西原。DFは、中央のリベロに千賀、ストッパーは左に源本、右に昨年途中に水戸から移籍の塩屋が並ぶ。ボランチにはチームを統べる森滝兄と青島、サイドは右にミリッチ、左に昨年急成長の清瀬。シャドーストライカーには森滝弟と高橋。そしてトップには言わずと知れた昨年のJ1得点王かつMVPにも輝いたストライカー矢藤寿利が君臨している。まさにベストメンバーが揃っている。


 対する尾道のメンバーは以下の通り。


スタメン

GK 20 宇佐野竜

DF 26 深田光平

DF  4 モンテーロ

DF  5 港滋光

DF  2 マルコス・イデ

MF 17 亀井智広

MF  6 山田哲三

MF  7 桂城矢太郎

MF  8 御野輝

FW  9 荒川秀吉

FW 11 シュヴァルツ


 GKは昨年からレギュラーを獲得した若い宇佐野。センターバックは巨漢モンテーロとベテラン港が組む。サイドは右に深田、左にマルコス。ボランチにはチーム最古参の山田に加えて2年目の亀井を抜擢した。そしてオフェンシブなポジションには桂城と御野という個人での展開も可能な2人がチャンスを窺う。そして最前線にはテスト入団したばかりの2m男シュヴァルツと経験豊富なストライカー秀吉のコンビでゴールを狙う。特に前線は新しい名前も増えて、新生尾道の船出にふさわしい布陣となっている。


「さあ、新たなるスタートだ。血が騒ぐぜ。相手は現時点で日本最強のクラブだ。さてどこまでやれるかな」


 ホイッスルが響く直前、秀吉はこのようにつぶやいた。これと同じような気持ちでどの選手も今の時を迎えていた。「あくまでも練習試合だから軽く行きましょう」などとは毛頭考えていない。むしろ練習試合だからこそ全力で向かっていき、あわよくば一泡吹かせようという野心に燃えている連中ばかりである。ただでさえJ1とJ2という違いがある上に、今年はJ1の王者となった広島である。だからこそ勝てば注目されるしモチベーションにもなると言うものだ。


 先行は広島。最前線から滑らかなパス回しで瞬く間にディフェンスラインまでボールが降りていった。広島の特徴である最終ラインでのボール回しは当然今年も健在だ。秀吉や御野、桂城らがチェックに行くが、ものともせずにするするとボールを回していく。時にはGKまで戻すことも厭わない。GKも足元の技術が問われるのは現代においては当然とされるが、特に広島においては重要になっている。


「さすがにうまいな。そりゃあ今のサッカーをウチがJ2に上がる前からやってるわけだからな。ノウハウもコンビネーションも成熟の度合いが段違いだ」

「このこだわりが優勝に繋がったんだからな。しかし驚いてるだけじゃいかんぜ。俺達だってプロの誇りはあるからな。どうにかボールを奪わねば」


 広島はいつも通りボールをじっくり回してようやく中盤へ到達したが、森滝兄がボールを持つと尾道はボランチの山田が厳しくチェックに向かった。とにかく広島はこの男がタクトを取って、それに沿って動いている。よって、この男を自由に動かさないようにするのは広島全体を自由に動かさないようにするのと同義だ。


 しかしさすがは教授の異名を持つ男。表情を変えずに右サイドへとボールを動かした。右サイドのミリッチは抜群のスピードを活かしたドリブル突破が脅威となる。マルコスはスペースを与えない守り方をしている。どうやらミリッチをもっても前に出るのは難しいと判断したようで、またディフェンスラインにボールを戻した。まだ尾道の守備にほころびが見られないのだろう。時間はまだまだある。ここで無理をする事もないという広島の現実的な判断である。


 しばらく広島がボールを回して5分ほど時が流れた。青島から左サイドへボールを渡そうとしたがタイミングが合わずにラインを割った。これでようやく尾道ボールとなった。


「やっとこっちのボールか。大事に行きたいな」

「おう、スローインだな。カメ、俺に渡してくれ」

「ヤタローさんか。よし、頼みますよ!」


 ボランチの亀井からややポジションを下げた桂城にボールが渡った。いきなり厳しいチェックが入ったが桂城も個人技には定評のある男。素早く身を翻すと続けざまに逆サイドを走る御野へとロングパスを放った。これが通った。


「よし、まだディフェンスラインは構築しきれてないぞ! テル行け!」


 御野が左サイドを突破している間に、広島のディフェンスライン周辺では今か今かと前線へ飛び出すタイミングを計っている秀吉とそうはさせまいとするディフェンス陣との静かな駆け引きが繰り返されている。秀吉にとって、成功したら単独でGKと1対1になれるが、少しでもタイミングを誤ればそれはオフサイドとなってチャンスは露と消えてしまう微妙な部分の争いだが、結果に与える影響は大きい。


 そして御野はディフェンスが寄って来るタイミングで素早くクロスを上げた。低いボールが斜め前へと鋭く侵入してくるがゴールにはやや遠い。このボールに合わせようとニアに走りこむ秀吉に対して広島はディフェンダーをひとりつけている。この空中戦は広島の勝利だったが、セカンドボールを拾った亀井がいきなりシュートを放った。上空に外れたが、これがこの試合で最初のシュートとなった。


「おっ、積極的に狙ってきたな!」

「しかし今のはもうちょっと回せたんじゃないかカメよ」

「うーん、ただ相手が寄ってきたし、その中でシュートコースも見えたから打ちました」

「まあ攻撃的な姿勢はいい事よ。チャンスならまた頼むぞ!」

「はい、ヒデさん。さあ、そろそろゴールキックで試合再開ですし戻りますね」


 先制パンチと言えるこのシュートにも広島はひるまなかった。相変わらずパスによる連携を重視しつつ、しかしただ横へ横へとボールを流すだけでない。最前線では積極的に尾道ディフェンスの穴を突くような動き出しを見せているし、中盤の選手も隙あらばパスを通さんと鋭く狙っている。途中で清瀬がややミドル気味にシュートを放つなどしたがお互い決定的なチャンスがないまましばらくの時間が流れた。


 スコアが動いたのは試合が開始されてから約15分経ったあたりだった。ボールは尾道がキープしていたが広島のディフェンス陣はしっかりと自陣で守備を固めているのでおいそれと進入できず「どう攻めるべきか」と考えあぐねていた。


「こっちやカメ!」


 中盤で山田、桂城らとともにボールを回してチャンスを探っていた亀井の耳にこのような声が響いた。右サイドバックの深田がオーバーラップを仕掛けたのだ。反応的に亀井は外へとボールを散らすと深田は前へトラップしながら加速しつつスペースを埋めていく。広島のラインが下がるのを見計らって最前線の男たちもまた前へと脚を進めた。


 ペナルティーエリアの横まで到達した深田はややマイナス方向にふわっとしたクロスを上げた。ニアに走りこんだ秀吉の頭上を越えて、ターゲットである巨漢シュヴァルツのそびえるファーサイドへとボールは飛んでいった。


「よし行けマルク!」


 長身のシュヴァルツはその見た目に似つかわしい高さとパワーを披露して相手ディフェンダーとの空中戦に勝利、頭で合わせたボールは広島のゴールへ直進した。惜しくもGKの正面に飛んだためキャッチされたが、やはり高さでは十分以上のものを持っていると確信できる一撃だった。


「いい流れだ。このまままずは先制点を」


 水沢監督は内心で高揚感を覚えていた。しかし相手はJ1の覇者、そう思い通りには行かなかった。GKからディフェンダーへ、それからボランチにパスが回ったが、ボールを受けた青島は尾道の選手が前へ前へと意識するあまりバイタルエリアに大きな穴を作っている事に気付いたのだ。速攻。広島のギアは守備から攻撃へ、一瞬にしてシフトした。


 青島から鋭いパスを受けた高橋は完全にフリーとなっていた状態で前を向いた。このピンチに気付いた山田が潰そうと急接近を開始したがもはや穴を埋めるには遅すぎた。敵の守備のほころびを見逃す広島ではない。スルーパス一閃、いつの間にかモンテーロと港の間、誰もいない場所に侵入していた矢藤がペナルティーエリアでボールをキープした。


「やられてたまるかよっ!」

「このタイミングならば、行けるな」


 ジリジリと間合いを詰めるGKの宇佐野。しかし日本屈指のストライカー相手では役者が違った。冷静にコースを見定めた矢藤が左足で放ったシュートは宇佐野の右足をかすめ、そのままゆっくりとゴールに突き刺さった。一番危険な男がやはり一番危険な仕事をやってのけた。広島、先制。


「くっ。完全にしてやられた!」

「まだまだ時間はあるし、気にするなウサ!」

「しかし広島で一番警戒すべき男にやられたな。彼は広島の中心。その中心選手が決めたとなるとそれ以外の選手に与える影響も大きい。ここからは、厳しくなるかも知れんな」


 港の懸念は間もなく現実のものとなった。広島はエースのゴールで緊張がほぐれたか、パスの回りがさらに良くなった。気分が乗ってくる事によって微妙なミスも減り、尾道にとってはより難攻不落と化してしまった。山田や亀井は危険を察知するたび四方八方に走らされるが根本的な守備には程遠い。港やモンテーロ、そして宇佐野らが広島の攻めを水際でどうにか食い止めるのが精一杯だった。


 27分にはコーナーキックを与えたが、ここで広島が繰り出したサインプレーによって元FWの左サイド清瀬が完全フリーでボレーシュートを放った。これは幸いポストの右に外れたが、ひやひやする場面だった。それ以外にも高橋のシュートがポストを叩くなど怪しい場面は続いた。その内に森滝弟がパス交換から抜け出して2点目を奪ったが、これも「いずれそうなるだろう」と思われたものがようやく来たという程度のものであった。


「分かっていたがやっぱり強いな。さすがJ1王者」

「弱音を吐くなよテル。こうなるのは最初から織り込み済みだったはずだ。チャンスが少ないのもそうさ。その中でどれだけ精度を高められるかが重要になってくるぞ」

「ヒデさんの言うとおりだテル。ハーフタイムまでは7分ある。それまでずっと耐えるだけじゃないだろう。まだチャンスはあるはずだ。あいつらに一泡吹かせるにはそこでどうやれるかよ」

「そうですね桂城さん。まずは何とか、ボールを奪わないと」


 前線の選手である秀吉や桂城、御野らはなかなか敵陣で躍動できない展開にもどかしさを覚えつつも、諦めずに機会を窺っていた。もちろん彼らもディフェンスをしないわけではないが、やはり前線の選手はある程度前にいないといざカウンターという時に鋭さを生み出せなくなるので、後ろのポジションの選手に頼る部分が多いのが今の時間帯であった。


「もう我慢できない! 下がりますよ!」

「やめいテル! 今は信じる時間だ。これから全員で引きこもればこれ以上の失点はないかも知れないが、それ以上に大事なものを失う。それは機会だ。J1でも失点数の少ない広島のディフェンスを相手にどれだけやれるかを確かめるにはこの残り7分はチャンスなんだ」

「このまま俺たちの攻めが出来ないまま終わるなんて、それは嫌だからな。まだチャンスはあるはずだからそれを待つしかないだろう」

「ええ、そうですね。僕もディフェンスの皆を信じますよ、今は」


 この願いが通じたのはその直後だった。ゴール前に抜け出した高橋のシュートを宇佐野が抜群の反応で横っ飛びセービングすると、こぼれ球を拾った港が前線へロングパスを放ったのだ。ここに至って尾道のオフェンスギアは一気に最大まで加速した。


 港のパスを受けた桂城が左に流れた御野へパスを送ると、御野は得意のドリブル突破で敵陣を切り裂いてクロスを上げた。中央で待ち受けるシュヴァルツがヘッドで落とすと、タイミングよく走りこんできた秀吉は右足を掲げた。そして叩きつける様に鋭く振り切ると、ボールは勢いよくネットへと突き刺さった。見事なカウンターからのボレーシュートで広島に一矢報いる事が出来た。

100文字コラム


某ベテラン選手は私生活において未だにブリーフ派を貫いている。「中学校の校則に従い履いてたら感覚に合ってたので採り入れた」そう。下着売り場でもあまり見かけないのでネット通販等を利用して購入する執心ぶり。

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