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入団その6

 その頃、練習を見学していた尾道サポーターが「練習にそれまでいなかった選手が参加している」というインターネット上でつぶやきが瞬く間に広まっていた。


 そのサポーターが携帯電話のカメラで撮った粗い写真に対して「こいつは荒川秀吉じゃないか」という答えが出るのにもさしたる時間はかからなかった。28日の夜には「荒川秀吉、尾道の練習に参加」はネットユーザーの中で既成事実と化していた。


 同じ頃、タブロイド紙である日刊ゲンザイのスポーツ記者はネタを集めるためにインターネット掲示板を巡っていた。間もなく秀吉の噂を見つけた記者は速攻で「さすらいのストライカー荒川、J2尾道の練習参加」という記事を書いて自社のサイトにアップした。マスコミによる報道はこれが最初であった。その後、尾道の番記者的存在であるフリーライターの山本レントも秀吉の参加を認め、噂は事実であると確認された。


 翌日、尾道の練習にはいつもよりサポーターとマスコミが多く押しかけ、秀吉がグラウンドに到着するとフラッシュが飛び交った。秀吉自身は「昨日は警備してる球団職員以外誰も出迎えの人はいなかったけどいきなり随分変化したもんだ」とのんきに構えていた。しかし尾道の若手選手は変に意識してしまい、港や玄馬といったベテランに喝を入れられる場面が散見された。


「おいおいトラップきっちり! カメラとかあんなのは気にすんな、その辺の木や花と違わねえよ」

「カメラ慣れするのもプロの責務だぞ。ほら、トモキ! 腑抜けたパスしてんじゃねえ!」

「す、すみません港さん玄馬さん(そうは言っても緊張するのは緊張するんだよなあ)」


 開幕までには1週間もないので、ディフェンスラインの構築やシチュエーションを定めた上での攻撃練習など実戦的な練習が中心で午後1時には終了。間もなく秀吉はマスコミに囲まれて、即席インタビューが開始された。


「荒川選手、どうですか」

「どうと言われても、まだ何も決まっていませんし。出来るだけの事はここでしていますし、後は監督やチームの代表の方が判断する事でしょう」

「日本に帰って来たのはどういった判断でしょうか」

「まだ帰ると決まったわけじゃないので、それはそうなったら話します(尾道の入団テストに合格するまでは帰ったとは言えない、テストに合格して晴れて帰国が決まったら会見で話すと言いたかったらしい)」


 激しい報道陣のチャージを軽く受け流す秀吉の元に水沢監督と佐藤コーチ、そしてもう一人の男が近づいてきた。監督やコーチはジャージ姿だがこの男はスーツ姿で、逆に異彩を放っている。小柄で白髪交じりの穏やかそうな中年男はゆっくり秀吉に近づくと、大きいとは言えない声を出来る限り張り上げて穏やかに話しかけた。


「皆さんこんにちは。私が尾道のGMをやっております、林淳一と申します」


 監督やコーチと一緒にGMが秀吉の元に来たということはもしや重要な発表があるのではないか。マスコミの輪が十戒のように開き、秀吉と林GMが相対する形となった。


「単刀直入に言います。テストは合格です。おめでとう」


 歓声とフラッシュと拍手が山中に大きくこだました。秀吉はしばし唖然としていたもののすぐさま表情を整えて「ありがとうございます」と頭を下げると、手を差し伸べた林GMと水沢監督と握手をして正式なメンバーになる喜びを形にした。


「これからメディカルチェックを行いますので、それも合格となったら明日入団会見を開きます」


 林GMに連れられて秀吉はクラブハウスの奥に消えていったので、水沢監督や佐藤コーチがマスコミのターゲットとなった。水沢監督や佐藤コーチはこんな状況でマイクを向けられるとは思っていなかったのでてんやわんやの対応だった。


「彼は非常に献身的に動く事が出来る選手。若手にもいい影響を及ぼすと思う」

「横浜時代から本当に真面目に練習をしてきた選手。今はギラギラした部分がありながらいい意味で紳士になっている」


 カオスの中からひねり出したこんな言葉たちが翌日のスポーツ新聞には掲載された。


「はあ、まさかこんな形でマスコミの囲まれるとはなあ。林さん大胆すぎるでしょ」

「いやあ、本当に。でもまあ、尾道がこんなに注目されたのは初めてじゃないですか」

「ああ、確かになあ。こんなに話題性のある選手が入るのは初めてだろうし、やっぱり林さんはそういうところ考えてたのかも」

「そうかも知れませんけど、もうあんなのはこりごりですよ。やっぱり僕は監督にはなれませんね」


 水沢監督と佐藤コーチはマスコミに囲まれる展開に慣れていないので変に疲れたようだ。さて、秀吉はメディカルチェックにも無事合格して予定通り3月1日の入団会見を行った。


 この日の練習は休みで、秀吉以外の選手やサポーターはいない代わりにマスコミ関係者が大挙して尾道の山奥に詰め掛けた。午後2時からスタートした会見は右から林GM、秀吉、水沢監督と登場した。まずは林GMが秀吉の経歴や背番号は27番、年俸は500万円で1年契約といった基本情報を説明した。


 そして秀吉自身の会見が開始された。長髪やヒゲは多少整えられているが、これは本人の覚悟の現れである。以下は入団会見の言葉を抜粋したものである。気付いたら増えているかも知れない。




秀吉 ジェミルダート尾道に加入する事になりました荒川秀吉と申します。本日はよろしくお願いします。



―荒川選手はこれまで海外でプレーを続けていましたが、日本に戻るようになった経緯を教えてください


秀吉 ええ、正直に言いますともう2002年でしたか、今はJ1に昇格していますが当時はJ2だった鳥栖から戦力外になった時はもう日本に帰らない覚悟でただサッカーに打ち込みたいと思っていました。しかし昨年にあのような震災も起こったし、僕ももう30歳になったのでこだわりを持ち続けるよりも日本のために何をすべきかと考えるようになりました。


今年の初めにオーストラリアのクラブを退団した時、今がその時だと思えたので。また、今さっきもう30だと言いましたが、むしろ逆にまだ31歳とも言えます。完全に体が動かなくなってから戻るのではなく、まだ動くうちに日本で何かを成し遂げたいと思って、それで日本に戻ろうと決めました。



―なぜ尾道というクラブを選択したのですか


秀吉 横浜にいた時期に一番親しくさせていただいた佐藤コーチがいたからです。それに若い選手が多いので自分にとってもそういう選手にとっても双方にいい影響があるのではと考えたのもあります。



―海外での生活で得たもの何ですか


秀吉 つまりサッカーはサッカーという事です。どんな場所でも自分を持っていれば道は開けてくる。その国やそのチームで全然見えてくるものが違いました。視野が開けたと思いますし、その中でも変わらないものは変わらないんだと思うこともできました。そういったところを若い選手に少しずつでも伝えていきたいですね。



―一昨日から尾道の練習に参加していますが、尾道というチームに対してどのような印象を持ちましたか


秀吉 僕がJ2にいた頃より技術のレベルがかなりアップしていますね。若い選手からしてトラップやロングパスも正確で。まあ、技術がどうという点以上にハートの部分で引っ張っていけたらと思っています。幸いにも僕より経験豊富な港さんや玄馬さんもいますし、その辺は割と気楽に考えています。



―尾道という町についてはどのように感じていますか


秀吉 いいですねえ。ここの景色は一目見ただけで好きになりました。この尾道をもっと盛り上げたいという気持ちです。



―チームの目標と個人の目標を教えてください


荒川 チームとしてはもちろんJ1昇格。それに貢献するためには得点しかないと思っています。僕はパスとかゲームメイクはできませんし。とにかく点を取りたいです。



―具体的には何点ぐらいでしょうか


秀吉 そうですね。とりあえず出場する試合はすべて1点をもぎ取るという意識でいつもやってきましたし、それは尾道でも変わりません。



―背番号27には何か意図はあるのでしょうか


秀吉 ありません。素っ気ない答えで申し訳ないですが、空いていた番号で一番小さいのがこれだったので。意味みたいなものは入団した後につけられればいいかなと。



―最後にファンやサポーターに一言お願いします


荒川 尾道に骨を埋めるつもりで自分の全てを出し切る覚悟です。目標であるJ1昇格に向けて力になるのは応援なので、サポーターの皆様には一人でも多くスタジアムに来ていただいてチームの応援をしていただきたいと思っています。そして僕たちはその声に応えないといけない。今は本当にやるしかないという気持ちだけです。




 質疑応答が全て終わると、真新しい背番号27のユニフォームを身につけながら水沢監督と握手をして会見は終了、秀吉たち3人は立ち去った。


「ふう、疲れた。慣れてたはずでも日本だと普段の倍以上緊張するな」

「でもこれで完全に尾道の一員となったわけだ。よろしく、ジェミルダート尾道の背番号27、ストライカー荒川秀吉」


 水沢監督が妙に改まった言い方をするので秀吉は思わず笑みを浮かべた。監督も笑っていた。つられて林GMも笑った。しかし長く続くシーズンはまだ始まってさえいない、全てはこれからだ。改めて自分に言い聞かせた秀吉は顔をりりしく整えると、夜の街へ消えていった。

100文字コラム


元々尾道は辻と岡野という二人が中心になって作られたクラブ。岡野が幸波造船の社員という縁からスポンサーになってもらった。今では辻はクラブの社長、岡野は幸波造船の営業部長として活躍中。まさしく魂の双子だ。

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