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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2013 時間は再び動き出す
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荒川秀吉の契約更改

 スタジアムの脇にある小さな建物のその一室の前に俺は立っていた。山の緑も今は枯れて、茶色く寂れた落ち葉がアスファルトでクルクルと戯れている。ここまでの道で出会った人はいない、侘しい冬の一日だが今日は2012年12月12日。何となく縁起が良さそうだ。


「失礼します。荒川秀吉、ただいま参りました」

「どうぞ、入ってください」


 扉をノックするにも相応の勇気が必要だ。いくら慣れたとしても、それは変わらない。しかし林GMのいかにも優しそうな声は寒風に晒されて氷のように冷たくなった心を溶かしてくれる効力があるらしい。乾いた唇を潤してから部屋に入った。


「では、そちらに掛けてください」


 来客用のちょっと高そうな椅子に座るように促されたので、お言葉に甘えて深く腰掛けた。室内には俺と机を挟んでもっと高そうな椅子に座った林GMの2人だけしかいない。沈黙を嫌うように、林GMは手持ちの資料を机に広げた。


「ええ、まず、今年1年お疲れ様でした。特に荒川君は開幕直前の加入でしたがすぐフィットして、よく戦力になってくれました」

「ありがとうございます」

「今シーズン33試合に出場して10得点。上々、いえ、正直期待以上でした」

「まあ、使い方が良かったんですよ、それは」


 自分がどのような選手か勝手知ったる先輩の佐藤さんがコーチをしているのでこの尾道を選んだようなものなのだから、そういう意味ではこの移籍は正しかったと我ながら思う。


「途中出場がメインで10得点ですからね。まさに試合を流れを変える役割としては欠かすことの出来ない存在になってくれましたね」

「ただ今年はスタメンとしてはアレだったのであんまりね、達成感と言うのか。そういうのはそれほどでもないと言うのか」

「確かにスタメンとしては5試合に起用されてゴールは水戸戦の1点のみですからね。来シーズンは切り札としての起用だけでなく、よりメインの選手として期待していますから、ここは改善点ですね」

「ええ。俺も今はそういった方向でトレーニングを進めていますから。今年は90分を通したスタミナに問題がありましたがね、まだまだ限界ってのじゃありませんから」


 そう、限界ではないのだ。今年のJ1の得点王を見よ。年齢は俺より少し若いもののすでに30代に突入している。この世界で30代と言えばそろそろ引退へのカウントダウンが頭の中で鳴り響き始めても不思議ではない頃合だ。


 特に最前線の選手は、ゴールというサッカーにおける最大の目的に直結するポジションだけに相手からも必死に止められる。俺もそうだが怪我だって何度もするし、それによって選手生命に致命的なダメージを受ける事は世界的に有名な選手であっても逃れられない宿命だ。


 しかし動きは成熟するものだ。またも下手糞な俺を例に取るが、その辺は下手だったからこそより分かるというものもある。横浜や鳥栖にいた頃は「こう動きたい」と思っても肉体が頭脳の言うように動いてくれなかった。俺が不器用だからというのもあるが、まあそんな俺でもいつの間にやら「ここはこっちにこう動く」と思ったように動けるようになってきた。経験を繰り返す事で肉体が最適化されたとでも言うのか。とりあえずはそう思っている。


 しかし年を重ねると若い頃とはまた別の理由で肉体が思うように動かなくなる。加齢による衰えがそれだ。スイスで怪我をしてメキシコに移ったあたりは俺もそれかと思っていたが、幸いにもあれは衰えとは違ったらしく、ブラジルでは思ったように動けたし今も大体そうだ。まあ20代の頃ほどのキレはないにしても、まあ想定内の範囲では動けると言うのか、その程度にはキープできているのでありがたい。頑健な肉体を作ってくれた両親に感謝せねば。


 まあ、今年は尾道のジョーカーだったがやはり出来るならより多くの時間、試合に関わっていたいものだと思うのは選手の性。もちろん競争の結果として今年と同じような役割に落ち着く事もあるだろう。しかし常に野心は胸に秘めておきたいものだ。最初から控え上等を受け入れるほどには成熟していない。


 さて、話し合いは来シーズンの展望へと移った。


「来シーズンの戦力で言うと、まず有川君は復帰の可能性が高い」

「ああ、やはりそうなりますかね。17点ですからね。そりゃ上が見逃すはずがないでしょうから仕方ない」

「そしてヴィトルも引き止めようとはしていますが、これまた国内外からのオファーが絶えず」

「そうなると、残るのは俺と野口ぐらいになるんですかね」

「もちろん補強は考えています。しかし新加入選手に過大な期待をかけるのは危ないですからね。もちろん補強がはまればそれが一番ですが、継続性という点から見ても荒川君、君にはフォワードの中心選手として他を引っ張っていくような役割をしてほしいと思っています」


 移籍の激しいサッカー界。ましてやもっと上の世界が広がっている二部リーグにおいては2年もいればもう生え抜きみたいなもんだ。港さんだって今シーズンは移籍2年目だったらしいのにずっと前からいたかのような存在感を見せていた。ただ港さんはプロ入り前の年代から代表に選ばれ続けていたエリートで統率力あるからな。アウトサイダー一直線の俺にああは出来ないかも知れない。まあ俺は俺なりにやるだけよ。口元にしわを寄せて、俺は言葉を返した。


「そう言ってもらえると俄然やる気が出てきますよ。もう移籍はしない予定ですからね、尾道のために頑張りたいと思っていますよ」

「ふふふ、それはありがたいですね。話半分に聞いておきましょう」

「はは、信じてないんですね。まあ経歴を見ると当然ですけど。でも移籍ばっかりしてきたからこそいい加減落ち着きたいなって気分にもなってくるものですよ。いや、本当に」

「まあ私に出来るのはまた来年の契約を結ぶ事だけですから。それ以外を縛ることはしませんし出来ません。その決意が鈍らないように形を整えることは惜しみませんがね。ところで、背番号に関してですが」

「いえ、今のままでいいですよ」

「そうですか? 9番がちょうど空いていますし、いいと思ったんですがね」


 今、移籍したくないのは本当だ。それは俺がこの一年で尾道を、そしてこのクラブを愛したからと言うのがまずある。年齢のせいで落ち着いたというのもまああるだろう。個人的なプライドよりももっと何か大きなものに、大事なものが変わってきたというのもある。いつまでも若いつもりではいられないのだから、自分に出来る事をしっかりこなしたいと思っているのが今の偽らざる心境という奴だ。


 背番号も心底どうでも良かった。27だろうが9だろうが俺は俺だからだ。ただ無下に断るのも何か気分がそわそわして落ち着かなかったので、ちょっと考えてから了承した。どっちでも良いのなら9番を断る理由もないと言うものだ。もうちょっと考えると、27番という大きな番号はいかにもアウトサイダーらしいが、それが今年の実績を認められてよりチームの中心に近づいた証として若くストライカーらしい背番号になったみたいな話になり、まあつじつまも合う。


「さて、ここからはジェミルダート尾道に所属する選手と言うよりも世界中のサッカーを知る男荒川秀吉さんの意見として答えてほしいのですが、正直に言ってください。この尾道、どう思いましたか」


 これは俺にとってちょっと難しい質問だった。環境が変わるのが当然という生活を続けていると適応能力は上がるが、逆に「これが一番いい」みたいな形を見失いがちになる。尾道は気に入った。だから悪いところはあまり見えていなかった。でも何か言わないとと思った結果、何だかよく分からない感じになってしまった。


「ええ、まあいやあ、全然駄目じゃないですよ、うん」


 おお、何とあいまいな言葉よ。林GMは表情を変えずに「そうですか」とつぶやいた。まあ普段からこの人はこういう話し方だけど、多分失望してるような気がする。我ながら答えとして酷いと思っているのだから。どうにか自分の頭の中から普段は使っていない言葉を取り出してみたが、ちゃんと伝わったかははなはだ疑問だ。


「ううむ、何と言いますかねえ、まあうまくは言えませんがねえ。まず設備はもう抜群ですよ。ほしいと思ったものは大体ありますし、治安もいいしスタッフの皆さんにもよくしていただいているし。ただスタジアムはちと遠いですね。人いませんしこの辺は」

「ええ。ただスタジアム事情は改修にも新築にも先立つものが必要ですからね」

「そう、ですよねえ。ほしいと思えばどうにかなるものならとっくに解決してますから」


 スタジアムはもちろん専用のものが良い。しかしそれもまた需要と供給だ。ほしいと思う人間は一定数いるだけでは到底足りないのだから地域住民の総意として「このクラブのために税金を使ってもいい」と思わせるようにしないと。どのような言辞を弄そうと現状でサッカーは日本においてもっとも人気のあるスポーツではない。ヨーロッパや南米とは違うのだから、安易な「向こうではそうだから日本でもそうあるべき」という論では通じないのは当然だ。金がない土地がない支持がない中では望みが叶うはずもない。


「ただ私見を述べるなら尾道にこだわってはいないんですよ。理想としては安芸の広島に対してうちは備後のクラブみたいな形で両立できればそれが一番だと思っていますから」

「すみません。広島県の事情はあんまり詳しくないんですけど、確か西が安芸で東が備後でしたっけ」

「そう。備後の中心地は隣の福山ですね。知名度はともかく人口は多いですから、積極的に取り込みたいと思っています。ただスタジアムはね、現状だとこの備後運動公園がベターですから。竹端にしても改修が必要ですし。新たに作るにしてもコンセンサスを得ないことにはね」

「そこは少しずつでも知名度を上げて、機運を高めていくしかないですからね。まあそれは俺たちの仕事になりますかね。いいサッカーをすればそれを見に来る人も増えるだろうし、そうしたらまあおのずといいスタジアムでってなるでしょうし。まずは注目されるようにならないと」

「それもまた一朝一夕には出来ない問題ですけどね。選手あってのサッカークラブですから、サポートは惜しみませんよ」

「そうですね。まあサッカー以外でも俺に出来る事があるんなら何でも言ってください。フィールドの外ではお笑い芸人にだってパンダにだってなる覚悟ですよ。もちろん、フィールドの内部では今まで通りのキャラをやらせていただきますがね」

「ふふ、やはり荒川君、あなたを獲得して良かったとつくづく思いますよ。来年も頼もしい活躍を期待していますよ」

「ええ期待されましたよ。と言っても俺もJ1で試合したことはないですからね。横浜じゃさっぱりだったし。まあその辺は実は俺が一番期待してるかも知れませんから、まあ裏切らないように頑張りますよ。では」


 これで大体話し合いは終わった。一応年俸に関してだが、今年は500万円だったが800万円にアップした。やったぜ。年俸はそこまで重視していなかったが、まあこれからまだ上げられるだけの力は残っているし、ぼちぼちやろうかとは思っている。それにしても望外の数字だった。意外と金満クラブなのかも知れない。まあそれはそれとして「尾道に骨を埋める」と覚悟したらこういう場面で嫌に気が楽になった。それは幸いな事だ。


 2013年はやっかいなクラブが降格してくる。本来落ちてはならないような戦力を持っているように見えたクラブが平気で落ちてしまうのがJリーグの現状だ。それが悪いとか劣っているとかそういう話はまた後にして、ただ「安泰」という言葉が存在しない非常にスリルがあるリーグだとは言えるだろう。強いはずのクラブですらこうなってしまう。ならば弱いはずのクラブが逆になってもいいんじゃないかと、そう言えない事もないだろう。


 尾道に所属し続けることは決して野心を失った事と同義ではない。むしろ心の中の情熱は今まで以上に燃え盛っているぐらいだ。来年はきっともっと楽しくなるだろう。クラブハウスに背を向け、相変わらず落ち葉だけが舞い遊ぶ仄暗いアスファルトを歩きながら、俺はもうじき始まる新しい時代の夢に想いを馳せていた。

100文字コラム


桂城の尾道復帰が内定した。09年の活躍を今でも鮮明に覚えているファンも多いだろう。柏では主にスーパーサブとして優勝にも貢献した。来年こそ昇格を目指す尾道でもその勝負強さは強力な武器となってくれるはず。

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