表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/334

閉幕その4

 この試合が終わった数日後、あるニュースが配信された。契約非更新。公式サイトにおいてもひどく無味乾燥な表示だった。祝うような話題ではないので当然だが、毎年これを発表する時が来るのはスポーツ界の宿命である。


 さて、今シーズン限りで尾道との契約が非更新になるとまず発表されたのは背番号13のMF中村純、背番号22のMF久保春人、そして背番号25のDF鈴木仁という3人であった。これが11月20日で、その後11月29日に長山のリリースが発表された。


 中村は中盤の底に位置してバランスの取れた実力を持つ選手。特に守備の調整能力は高いのだが今村と山田からレギュラーを奪えず、さらに若い亀井も成長してきた事から「実力があるのは分かっているがポジション事情的には他のクラブに移ったほうが彼のため」とリリースを決断した。久保は小柄ながら抜群のテクニックを誇り、1年目などは「尾道の中心選手は決まった」とまで見られていたのだが怪我が多くて本領を発揮するには至らなかった。


 そして鈴木はいわゆる「ジャーニーマン」的なセンターバックである。高校を卒業した後に清水へ入団したが出番なく、翌年に当時J2だった甲府へ期限付き移籍。また翌年再び期限付き移籍によって加入した水戸でポジションを掴むと、以降は湘南、鳥栖、草津、富山とJ2のクラブを渡り歩いて3年前に尾道へとたどり着いた。上背はないが安定した技術があって計算できるタイプだった。今季は新加入のモンテーロや橋本に押されてベンチ外が続き、和歌山に大敗した天皇杯でもらしくないミスを連発してしまった。


 そして長山はチームでは山田の次に在籍年数が長いサイドバックである。豊富なスピードに加えて、技術的に劣った部分をガッツで補うタフな選手である。今季は山吉の加入によって出場機会は少なかったが、持ち前の陽気な性格でチームのムードメーカーとして存在感を見せていた。全員が現役の続行を希望している。


 現在発表されているのはこれだけで、例年よりやや少なく見える。しかし山吉や有川といったレンタル組は元々所属するクラブに呼び戻される可能性が高く、主力選手や外国人もどれだけ守りきれるやら。尾道の予算は決して潤沢とは言えず、必要な選手全員を保持したままとはいかない公算が高い。J2の強豪やJ1のクラブとのマネーゲームでは勝てないので何人か放出せざるを得なくなるのは目に見えている。結局のところまだ戦力がどうなるかは不明である。


 しかしここまで決まるのにも数回にもわたるディスカッションの末に決まったものだ。中心となるのはもちろんGMである林淳一である。来シーズンはどんな選手を獲得できそうか、それに応じてポジションがダブるのは誰かといった情報にもっとも詳しいのは彼である。それに加えて監督やコーチも意見を出す。例えばこの様にだ。


「まずはゴールキーパーから行きましょうか。今年は宇佐野がかなり伸びましたね」

「ええ。元来の瞬発力に加えて、実戦経験を積んだことで安定感が増したので安心して使えるようになって来ましたよ」

「まさに伸び盛りですよ。教えたことをグングン吸収してくれますからね。今はキックを主に練習されています。左に流れる癖がありますから」


 林GMは司会のように名前を連ねてそれに水沢監督が答える。監督を補佐するようにコーチがより詳しく説明というスタイルである。今回の場合GK専門のコーチである野沢が注釈を加えている。もちろん佐藤、中島の両コーチも意見を出すのだが。


「ところで野沢コーチ」

「はい、何でしょう」

「玄馬に関してはどうでしょう。もうこの年齢ですからねえ」

「悪い時はやや反応に遅れが見られますね。しかしまだまだ第一線で働ける力は保持していますよ。経験とそれに基づく判断力はまだまだ宇佐野の及ぶところではありませんから」

「それに彼の場合は存在自体が一本の芯というか、模範となりますから。もう1年はいてほしいですね。まだ宇佐野も若いですし」

「佐藤コーチの言うことももっともだが、本人が試合に出たいと思えば移籍ってなるだろうし、そこはどうですかね」

「今のところそう言った話はありませんね中島コーチ。控えの時代も長かったですしそういった野心は多くないように見えますが」

「心というものは移ろうものだから確実とは言えないがな。ただ玄馬の場合は年齢もある。GKの補強は何か話でもあるかな?」

「今のところはレギュラーが安定しているクラブで試合に出られていないGKにオファーを出していますが、まだ目処はついていませんね」

「ふうむ、ならば松井もまだ必要か」

「あれはガタイがいいですからね。人間もできているしできれば長く置いておきたいタイプですよ」


 松井は尾道初出場となった天皇杯でいきなり大敗デビューを飾ってしまったが、GKは基本的に替えがきかない専門職なのではっきりとした目処が立たないと放出も出来ない。今は宇佐野と玄馬がいるので出番は少なく見えるが万が一怪我でもしたら大変だ。高校から加入でもリーグ戦デビューが20代後半というケースさえざらという控えGKの世界において松井のように実績がなくとも残留するケースは珍しくない。


「センターバックはモンテーロがよくやってくれましたね」

「ええ。やはり身長の高さはそれだけで武器ですよ。とにかくパワーが違う」

「ただ和歌山戦で西谷とぶつかったでしょう。あれ以来ちょっと本調子じゃないと言うか、やや動きが落ちましたよね」

「オフには精密検査が必要かね。ただセットプレーとか攻撃面でもあの高さは絶対必要ですよ」

「本人も残る意思があるようです。それと、橋本がかなり台頭して来ましたよね」

「ええ。橋本はいいですよ。プレーに力強さが出てきたのがまず良い。元々足元の技術もありますし、うまくいけばモンテーロと港のいいとこ取りみたいな選手になれます」

「ほう、そこまで買っているのかね佐藤コーチ」

「今はまだまだ一瞬の判断力は港に劣りますし、モンテーロのような威圧感もありませんがね。ただ港の年齢を見るに逆転する日は近いかも知れないとさえ思っています」

「それに西東が加わるのかな」

「西東もそうですが、他にもセンターバックを獲得できそうです」

「移籍で?」

「ええ1人は。それと高校生でも交渉がまとまりそうな選手がいますね。それに大学生でボランチの選手と交渉していますが、この選手も後ろをやれますよ」

「センターバックに関してはかなり固まってきつつあるようだな。となると鈴木はどうしても、な」

「まあ年齢的にもやむを得ないでしょうね」

「天皇杯でも本当は存在感を見せてほしかったがなあ。まあ年齢的にもここらが区切りになるか」


 大体このようなコンセンサスによって鈴木のリリースは確定的となった。やはり天皇杯でのマイナスが最終的に大きかったのもあるが、現有戦力と新戦力の確保が出来そうなポジションで順列が低い選手が整理されるのは世の定めと言える。


「ところで山吉はどうですかね。東京さんからは」

「残念ですが復帰という運びになりそうですね。先方は復帰を熱望していますし本人もやはりJ1でのプレーを望んでいます。無論、こちらからは契約延長のオファーを出しましたが……」

「まあ仕方ないか。ことろで小原は?」

「こちらは完全移籍で確保できそうです。年齢的にも元々そういう話でしたし、怪我もありますし」

「確か来年の5月ぐらいが復帰の目処って話だったな」

「そうですね。個人的にはこの小原の安定感は買っていますから、一刻も早く復帰してほしいんですがね。両サイドもできますし」

「まあ怪我は無理をさせずに待つしかないよ佐藤コーチ。それにしても山吉が抜けるとなるとダメージだな」

「小原復帰まではマルコスに深田と、それに長山か。西東もできるが、ううむ。確かにいささか薄いな」

「それに追い討ちをかけてみますが、長山にもどうやらオファーが来て、本人もそれに乗り気なようなんですよ」

「何とまあ、長山もか。しかし確かに年齢と現状を考えると移籍に賭けたいと思うのも自然か。生え抜きが少なくなるのは惜しいが、まあ仕方なかろう。ところで補強の当てはありますかね」

「オファーは出していますがコンバートでの対応もちらと考えてもらいたいと言うのが本音ですね」


 長山はオファーのあったクラブとの調整がまとまり次第、契約満了が提示された。このオファーさえなければ貴重なバックアップとして残留していただろうが本人の意志は固かったのでそれを尊重して、移籍しやすくするためにそのような形にした。


「じゃあ次は中盤と行こうか」

「はい。まずは今村にいくつかのオファーが来ていますね。中にはJ1からのものもあります」

「受ける確率は? 今年はかなり良くなった選手だから放出となるとかなりダメージはあるが」

「五分五分でしょうね。抜けた場合も考えておかないと」

「ポスト今村か。まずは亀井だろうな。あれは尾道の中心選手になれる逸材よ。それに西東と、確か大学生のボランチも獲るんだっけ?」

「まだ決まってはいませんがね。山田はご覧の通り運動量がものをいうタイプなので組ませるなら視野の広い選手となるでしょうね」

「中村はどうだろう」

「いい選手ですけどね。亀井が出てきた以上どれだけ出番が確保できるやら」

「西東も、その大学生さんだっているし。干すような形になるぐらいならいっそ手放したほうが良いのかも」

「まあタイプが被る戦力をそんなに抱えてはいられませんし、惜しいのですが……」


 まさに断腸の思いで中村の契約非更新が決まった。もしも尾道がビッグクラブなら手放してはいなかっただろうが、ギリギリのバランスで経営しているので亀井ら若い選手を育てると決めた以上、中村のような選手は割を食う事になる。


「そういえば金田にもオファーが来てるって話を聞いたがどうなんです?」

「今のところは来ていませんね。しかし契約上はいつ移籍の話が浮上してもおかしくはありませんが」

「まあそれは誰もそうですけどね。御野だって前に和歌山からオファーが来たでしょう」

「ええ。しかし御野はまだ手放せませんよ。ユース出身ですし、引き抜かれるにしてもJ1で通用するレベルにまではならないといけないし、それだけの力があると信じていますから」

「うむ、そうだな。それにルーキーでは栗山だ。これは金田タイプだな」

「それに茅野も力のある選手で、鍛え甲斐がありますよ。そして高橋がスーパーサブになりますかね」

「うむ。ようやく怪我から復帰したんだ。しっかり戦力になってもらわないとな」

「怪我と言えば久保ですが、こっちはそろそろ限界ですかね」

「うまい選手だがな。まあ仕方ない。このポジションは補充が利くからな」

「嶋はどうします」

「とりあえず返却が基本線だな。先方は来年アジアでの戦いもあるから少しでも層を厚くしたいだろうから」


 こうして久保の戦力外もほぼ決まった。また、この時点ではまだ高橋に関して引退の影をいささかたりとも見せていなかったので首脳陣も当然の如く来年の戦力として計算している。


「有川も、戻る事になるだろうな」

「先方もそのように要請していますから、残念ながら確定でしょう。それにヴィトルもブラジルの全国一部リーグに所属するクラブからオファーが来ています。おそらく戻る事になるでしょうね」

「となると、残るのは野口の荒川だけになるのか」

「純粋に駒不足だな。となれば、前線の補強は急務だな。その辺はいい話はありますかね林GM?」

「補強計画に関してはまず大学生で1人ドリブラータイプの選手。それにJ2のあるクラブから1人、引き抜きという形になりますが」

「ほう、そりゃあ楽しみだ」

「まだ話はまとまっていませんが、じきに分かるでしょう。補強に関しては成功すれば尾道史上最大の規模になりますよ。今年は好調なお陰で今までより多く収入がありますから」

「ほう、強気ですねGMも。となると、僕らも来年こそは狙わないとな」

「そうですね。何としても2位以内を目指さないと」

「まあとりあえずまとまった所でそれじゃあ今日は解散としようか」

「鈴木、中村、そして久保の3人には明日の練習が終わってから告げるとしましょう。長山はまあ、話がはっきりしてから追い追い、な」

「そうだな。お疲れ様でした」


 この議題は毎年繰り返されるが気分のいいものではない。自分たちが育て切れなかった選手に「君はもう要らないよ」と、軽い気持ちでは決して言えないものだ。しかし選手を無限大に抱え込む事は出来ないし、結局のところ試合に出られるのが選手にとって一番幸せなのだから、選手たちの働きを可能な限り客観的な目で見つめて「尾道というステージに合った選手か」を見極める作業は巡り巡っては選手のためと言える。


 翌日の練習が終わった後で鈴木、中村、久保の3選手は監督に言われてGMのいる部屋に連れて行かれた。ベテランで何度か経験した事のある鈴木はここで何が起こるか察していた。0円提示。尾道の赤と緑のユニフォームを身にまとうのは今年限りになる。


「3年間良く頑張ってくれたが若い選手も出てきたし、ウチではもう出番は減るだけだろうと言う事だ」

「分かっていますよ監督。今年は活躍できていませんでしたから、覚悟は出来ていました。それに切られるのは初めてじゃありませんからね。また会いましょう。今度は敵同士になりますかね」

「ああ、俺達を後悔させてくれるような活躍を期待しているぞ」


 ベテランらしくさばさばとした態度で己の運命を受け入れた鈴木。尾道においてはタイプが被る港に加えて若くてスピードやテクニックが抜群の橋本が伸びてきたのが「致命的」だった。しかしディフェンスで苦しむチームならばその豊富な経験は武器になるだろう。


 久保もある程度覚悟は出来ていたようであっさりと終わった。しかし2年目の中村はショックを受けていたようだった。自分でも伸びてきた、チームにおける重要性が上がったと思っていただけに現実を受け入れるのには多少時間がかかったようだ。


「決してお前の実力を買っていないわけじゃない。しかし新戦力は中盤の選手が多くてウチでは出番が少なくなるだろうからあえてフリーにして需要のあるチームに行ったほうがお前のためにもいい」


 監督がかけたこんな言葉はおそらく頭の中に残像すら残さず通り過ぎていっただけだろう。「信じられない」という思いと「しかしこれが現実なのだから切り替えるしかない」という思いが頭の中をせめぎあい、目はうつろだった。心苦しい沈黙の果てに、「今までありがとうございました」とかすれ声。仕方ないとは言え、やはり気分がいいものではない。監督やコーチにしてみれば「育てきれなかった」という選手たちを自ら切るのは辛い。しかしこれもチームのために涙を隠して非常に徹するのもプロの形と言える。


 選手たちに通知するのと公式に発表される時間にはラグがある。彼らはすでに来季はないと知っていながら今もまた尾道で最後の数試合を戦うことを強いられる。これもまた残酷な話だが、鈴木や久保はもちろん、中村も心を整えて練習に参加した。その強さには監督も「きっといいクラブに入ってほしい」と思わずに入られなかった。


 こうして練習が終わった11月初めのある日、ミーティングを終えて帰宅しようとする水沢監督の車のもとに高橋が立っていた。全体練習が終わってからすでに3時間以上経過している。うっすらと汗をかいているので自主トレーニングを終えた後なのか。しかし表情は試合中のように引き締まっていた。


「監督、お話があります」

「何だ。お前には来年も期待しているぞ」

「その話ですが、どうやら期待に応えられそうにありませんという話です」


 皮肉めいた微笑を浮かべる高橋の表情で水沢監督はすべてを悟った。しかし認めようとはしなかった。戦力として計算しているだけに、抜けてくれると戦力分析も狂うからだ。


「待て高橋よ。そりゃあ怪我でスピードは低下しただろう。しかしな、まだ早すぎる。ドリブルだけがサッカーじゃない。テクニックはむしろ走れていた時代より上がっているように見えるし、スタンスを変えればもっと上を目指せるだろうに」

「言いたい事は分かります。しかし、私はドリブラーです。走れない私はもはやプロとしてやっていく意味がないんです」

「意味か……」

「それに、皆が昇格に向けて頑張っているのに自分だけが別の方向を向いているようで。怪我がどうとかスタイルがどうとか。どうにも客観的に見る癖がつきすぎましたかね。みんなには頑張ってほしいなんて思ってしまったんですよ。頑張らないといけないのは自分なのに」


 どうやらこれ以上説得しても辛くするだけだと悟った。しかし最後に一応「心変わりはないか、もう一日考えてくれ」などと言ってとりあえずこの場はお別れとなった。もっとも、監督にとっては急な話でも高橋にとっては前々から熟考した結果の答えなので覆る事はないのだが。


 本人の意志がはっきりしたその日のうちに公式サイトには「高橋一明選手現役引退のお知らせ」というニュースが掲載された。悲しむサポーターもいたし「そんな気がしていた」と自分を納得させようとするサポーターもいた。しかし一様に思ったのは「尾道にとってひとつの時代が終わった」という感慨であった。


 JFLを乗り越えるために高橋というエンジンは必要不可欠だった。J2でもよく戦ってくれた。昇格初年度の開幕で当たった水戸戦、チーム初ゴールは高橋の強引なドリブル突破が起点となって生まれたものだった。あの頃はいつまでも来ることはないと思いたかった現実、高橋のいない尾道が間もなく目の前に姿を現すのだ。しかしいつまでもユニフォームを着たままではいられないのはスポーツ選手の宿命。あるいはチーム一筋で引退してくれた事に安心すべきだったのかも知れない。


 まずは5人の選手が抜け、ユースから2人の選手が来る。しかしこれはまだいわば序の口であり、これからJ1の日程が終わると各クラブから戦力外の選手も出揃うし、選手を獲得しただのされただの、その手の話がスポーツ紙を賑わすようになる。時は師走。寒く、そして何となくわくわくする冬が今日から始まる。

100文字コラム


衝撃を与えた高橋の引退。「僕の武器はドリブル。それができなくなれば引退すると昔から決めていた」と潔いコメント。「でも愛する尾道に身を捧げたいと願っています」の言葉通り今後はクラブで広報を担当する予定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ