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入団その5

 結局このまま得点の動きはなく1対0のまま試合終了となった。秀吉は献身的なチェイスは出来たものの攻撃にはあまり絡めずシュートはわずか2本に終わった。終始相手ペースだったから仕方ないと言うエクスキューズはあれど、本人としては全力を出したにしても不本意な内容であった。


 出した数字がそのまま実力というのがプロの世界、秀吉の感触的に合否の確率は半々といったところであった。ただ、有川に関してはもっと見てみたいと強く願っていた。もし自分が不合格となっても、尾道のファンになって有川のプレーをチェックし始めかねないほどに惹かれていた。


「今日の紅白戦では色々といい物を見せてもらった。開幕戦は今のメンバーで問題ないがいつまでもこのメンバーでいくとは考えるなよ」


 クールダウンも終わったところで水沢監督が選手を集めて今日の総括をしている。


「荒川選手に関して、合否は近日中に発表できると思うが、それまでは練習に参加してもらうつもりだ。では今日は解散」

「お疲れ様でした」


 練習終了の合図とともに一部を除いた選手たちはクラブハウスに消えていった。秀吉も今のところ泊まっているという海沿いのホテルに帰ったところで水沢監督は佐藤コーチに声をかけた。


「佐藤コーチ、荒川に関してだが」

「僕が言うと身びいきになるかも知れませんが面白いと思いますよ。積極的な動きも出来ていましたし」

「それに有川の動きが良くなったのもあるな」

「中島コーチ、どういうことです」


 中島大輔コーチ(41)が不意に会話に乱入してきた。すらっとした長身にダンディなヒゲ面がマッチしており、純日本人だがなぜかイタリア人的な雰囲気を持つ男である。実際に伊達男だがサッカーに関する知識、特に戦術面に関しては造詣が深く、選手からも信頼されている。


「つまりだな、後半開始直後の競り合いではあっさりモンテーロにボールを奪われてただろう。しかし後半27分のプレーでは逆にモンテーロに競り勝っていた」

「あのプレーは良かったな。あれがいつも出来るのならすぐにでもスタメン確定なんだが」

「これは偶然じゃなく、どうも荒川が上手い具合に有川をその気にさせたらしい」

「ほう、あの有川に火をつけるとはなかなかのモチベーターだな」

「そうなると有川だけでなくチームにとってもいい影響が出るかも知れませんね」

「ただ、俺たちが獲りたいと言ってもすんなり決まるもんじゃないからな」

「そうだな。じゃあ今からGMに報告しに行かないとな」


 居残りで2年目の若手GK宇佐野を指導している野沢コーチをよそに3人はクラブハウスの奥へと向かった。


「失礼します」

「水沢監督ですね。どうぞ、入ってください」


 穏やかな声に導かれるように室内に入った監督とコーチは今日の報告をした。もちろん、秀吉についても話した。水沢監督は秀吉を仕向けたのはクラブのGMである林淳一の仕業ではないかと考えていたが、どうやらその推測は外れだったようだ。


「ほう、荒川秀吉ですか。あのさすらいのストライカーの」

「そうです。林さんは本当にこのことを知らなかったんですか」

「ええ、まったく。そんなサプライズを仕掛ける人じゃありませんから私は」

「確かにそうですね。じゃあ、本当に彼一人の意志でここまで来たって事ですか」

「そうでしょうねえ。代理人を通じてだとしたら私のほうに連絡が来るでしょうし」


 ゆったりした言い回しだが、これが林GMにとっては普通のテンポである。表情も穏やかで心の奥底をまったく読めない。


「それで、GMは今回の件に関してはどう考えていますか」

「とりあえず、プロレベルでは十分に動けるんでしょう。それなら十分でしょう。年俸に関しても余裕がまったくないわけではないですし」

「では、決定ですか」

「ええ、そうですね。荒川君には明日も来るように言っていますか」

「それはもちろん」

「明日は医者と仕立て屋を呼んでこないといけませんね。ふふ、早速手配しましょうか」


 林GMはそう言いながら部屋を出た。その足取りは軽やかだった。

100文字コラム


三月は卒業シーズン。中島コーチは長男が今年小学校を卒業した。「甘えん坊でよく泣いてたのにあんなに大きくなって。卒業式でも友達といい顔で笑ってたけど俺は泣きそうだったよ」と我が子の成長に目を細めていた。

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