夢想その4
そして尾道の紅白戦が開始された。先行のAチームはまずボールをじっくり中盤で回す。尾道は1人の英雄を作らないサッカーを理想としている。それは個性を無視して潰す事とはまた違う。確固たるベースの上で個々の選手特有の色を出し合ってチームとしてのハーモニーを生み出す。簡単な事ではないが理想は高い。
「よーしカメ、どこへ出すかな」
「テツさん、ここは左のマルコスを使いましょう」
「よし、ならばパターン4だな。よーし! みんな散らばれ! 撹乱させるように斜めに動くんだ!」
「頼みますよユーマ! そしてもうひとつ左に流すんだ!」
「おう!」
中盤の底でゲームを作るのは、普段は今村の仕事だがその今村はカードがたまっており、後1枚イエローカードをもらうと次の試合は出場停止となる。その代役として亀井を山田と組ませているのだ。
亀井は尾道市の西に隣接する三原市に生まれた。少年時代、実は野球が好きだった、というか今でも大好きなのだが小学校に野球部がなかったので仕方なくサッカー部に入団したという経緯がある。しかしサッカーも決して嫌いではなかったし「まずはインサイドキックの指導を受けたんですけど、これはまったく難しくなくて、すぐにマスターできました」と語るように、この頃から柔軟なテクニックをベースとした優れたサッカーセンスの片鱗を見せていた。
しかし本人は「サッカーはあくまでレクリエーション。プロに入るとかそういうのは別世界の話だと思っていた」と語るように、あくまでも少年サッカーのレベルを逸脱するものではなかった。これは中学時代も同じ。高校も地元の、サッカーは特に強いとは言えない学校に進学した。
「そもそもプロでやるには自分は肉体的に弱すぎると思っていたんですよ。チャージされるとすぐに奪われていましたし」
あくまで青春の情熱を燃焼させる一手段に過ぎなかったはずのサッカー。しかし2年生の夏、そんな亀井のサッカー人生を一変させる出来事が起こる。
尾道ユースは実戦経験を積むために近隣の高校と多く対戦しており、三原緑ヶ丘高校とも対戦することが決まったのだ。当時の有力選手といえば何よりも「世代屈指のドリブラー」「ユース最高傑作」と絶賛されていた御野輝である。数週間前に対戦した緑ヶ丘と同レベルの高校は御野にディフェンスラインをズタボロに引き裂かれて0対13という屈辱的な大敗を喫していた。
「とにかく御野を潰すんだ!」
緑ヶ丘を率いる谷岡定秋監督の指示はこれだった。亀井らチームの中でもうまい選手3人を御野に密着させる。相手の大黒柱を封じることが出来れば全体的な得点力も低下して、結果的には少しでも見られる点差で終われるのではないかという、消極的だが13点とか取られてトラウマを作るよりましという考えである。
結果から先に言うとその目標は半分までは達成された。スピードでもパワーでもテクニックでも勝る御野相手に亀井は全力で食らい付いた。他にマークを任された2人が脱落しても粘りきることを諦めずに自分の任務を果たそうと努力を続けた。
「この14番(当時亀井が着けていた背番号)やるな。こんないい選手がいるなんて」
「なんて奴だ! あの御野のドリブル突破がほとんど機能していないとは!」
御野やユース監督の中尾は目を見開いた。スピードで負ける分は動きを正確に読んで先回りすれば防ぐことが出来る、とは理論上の話。口では言えても実行できる選手は少ない。しかし亀井はすでにユース世代では有名な実力派御野に対してそれを堂々とやってのけたのだ。前半は。
「後半は全然もうばてばてでした。前半でエネルギーをすべて出し切りましたから」
亀井は笑いながら回顧するが、まったく足が動いていないそれはもう惨めな状況であったらしい。頼みの亀井がガス欠ではもはやどうにもならない。結局試合は後半だけで5点を取られるという惨敗に終わった。試合後、亀井は土のグラウンドに突っ伏して涙を流したという。そしてそれを人生最後の涙と定めた。
「僕はあの試合は駄目だった、失敗したと思ってたんですけどね、これで尾道の人に名を覚えられたみたいですね」
確かに当時の亀井は肉体的にはプロでやっていけるか危うい部分を持っていた。しかしそれを補って余りあるサッカーセンスは尾道の関係者を刮目させるのに十分であった。幸いにもまったくの無名高校にひっそりと咲く花であった亀井の存在は他のクラブには知られていない。まさに隠し球として入団が決まった。
そして今年の冬、尾道の練習に参加した事ですでに知ってはいたが己の体力不足を改めて実感したという。しかしそれと同時に「体力さえしっかりつければ自分でもやっていけるかも知れない」という自信も芽生えたという。
「何より同じ世代のユーマとタクトがいたのが大きかったですよ。ユーマは2年生の時に対戦したテル(御野)さんと同じ感覚でした。スピードがあってパワフルで。タクトはもう身長からして恵まれている。その中で自分に出来る事は何だろうと考えたら、例えば視野の広さとか守備と攻撃の連結とか、そういった部分だと思いました」
自分は彼らほどの身体能力はない。しかし彼らにはない部分も持っていると劣等感を抱かずに思える強かさと健やかさが技術以上に亀井の武器となっている。もちろん弱点を少しでも埋めるために日々の鍛錬は欠かさない。もっともそれは今年のルーキートリオに共通する強みで、全体練習終了後に3人が揃って自主練習を行う光景はもはや日常と化している。
同期の新人が全員大成するというケースは極めて稀である。例えば誰かが怪我をしたり伸び悩んだり、それは仕方がない。しかし彼らのサッカーに対する純な姿勢を見ると「出来れば3人ともが尾道の将来を担う選手になれ」と願わずにはいられない。
そしてまた日曜日が訪れた。尾道の選手たちは現在福岡県北九州市にいる。つまりこのJ2第37節、対戦相手は北九州である。
「昇格争いに生き残るためには、絶対に勝利が必要な試合だ」
「もちろん分かっていますよ!」
「それに北九州さんは前の対戦でやられた借りがありますからねえ。倍にして返さないと」
「そうだな。よし、行ってこい!」
「おう!」
現在の順位は尾道が9位、北九州は11位となっている。尾道にとっても北九州にとっても敗北はすなわちレースからの脱落を意味するだけに、どちらも一戦必勝の気合に満ち溢れている。
尾道にとっては悪夢の6月を象徴する4失点の大敗。その寒い記憶はまだ選手たちの心に深く刻み付けられたままだった。特にその試合で長期離脱を余儀なくされた金田にとっては、必ずリベンジを果たすべき相手として北九州の名がインプットされている。
そして対戦相手の北九州だが、今年はレンタル移籍で大量に選手が入れ替わった。そのため、序盤は三村監督の目指すパスサッカーが未完成で不安定な戦いを見せていた。しかしここ数試合はようやくコンビネーションが熟成してきたようで一気に勝ち点を積み重ねている。プレーオフ圏外と見られていたが今や台風の目として各チームから脅威として認識されている。
尾道のスタメンは以下のように発表された。
スタメン
GK 20 宇佐野竜
DF 3 山吉貴則
DF 4 モンテーロ
DF 5 港滋光
DF 30 マルコス・イデ
MF 7 今村友来
MF 6 山田哲三
MF 10 金田正和
MF 24 御野輝
FW 11 ヴィトル
FW 27 荒川秀吉
ベンチ
GK 1 玄馬和幸
DF 21 橋本俊二
DF 26 深田光平
MF 8 高橋一明
MF 17 亀井智広
MF 19 茅野優真
FW 18 野口拓斗
「おおっ! 今日は野口がベンチに入っているのか。ようやくだな」
「それに亀井もいるし、もちろん茅野も。出番があるといいな」
久々の秀吉スタメン起用に会場は沸き立った。ここまで途中出場メインながら8得点と抜群の働きを見せているだけに注目を集めるの当然と言える。しかし尾道の練習をよく見学に来るようなコアなサポーターほどベンチメンバーに注目していた。
「どうだタクト、スタジアムの味は」
「やっぱりいつもとは違うなあ」
試合前の練習で秀吉は野口に声をかけた。緊張しているならほぐそうとしたものであったが、野口のいつも通りにのんびりとした返答は逆に秀吉を安心させた。
「相変わらずマイペースでいいことよ。本番でもそのペースのまま頼むぜ」
「ええ、出番があればそうしたいですね」
「今日は出番があるといいよね、僕もさ! ねえユーマも!」
「そうだな。俺たちもやれるって所を見せないとそろそろチャンスもなくなってくるだろうし」
「おお剣呑剣呑。まあチャンスは掴まないとな。頑張れよ」
「はい!」
のんびり慎重な野口、陽気で無邪気な亀井、沸々と真面目な茅野。ポジションを含めて割かしバラバラなのがいいのか普段から仲のいい3人だけに、このチャンスに賭ける思いは強い。ベンチで出番を願いつつ、14時3分に試合開始のホイッスルが吹き鳴らされた。
100文字コラム
尾道には釣り好きが多い。彼らは「太公会」と称するクラブを結成してオフには海へ繰り出している。発起人は玄馬で会員には山田長山久保など。今年新加入の荒川と野口も参加の見込みで勢いはますます盛んになりそう。




