夢想その2
「今日の紅白戦のメンバーを発表するぞ。まずAチームにはGK宇佐野、DFは山吉、港、モンテーロ、マルコス、MFは山田、亀井、金田、茅野、FWは荒川とヴィトルだ」
「これまであまりやらなかった形を今日は試してみる。新しいバリエーションとして期待しているぞ」
「はい!」
次節に向けての練習が今日もまた繰り広げられる。もう残り試合は数えるほどしかない。勝ち点3以外は後退を意味する時期においてチームに新たな活力を生み出せるパワーを持った選手はそう多くない。
茅野はここまで16試合に出場している。これは尾道のルーキー3人の中では圧倒的に多い。しかしその内実を見ると、ほとんどが後半終了間際に投入され、前線でプレスをかけるだけの仕事しか与えられていない。
確かに試合をきっちり終わらせるのは重要な仕事である。しかしこの仕事はスピードと体力、それにガッツがあればこなせるわけであって、茅野だけにしか出来ない仕事ではない。今のチームでは自分がその仕事に一番向いているが、来年以降もっと向いている選手が来たら自分はお払い箱だろうとは理解している。何か自分の色を手にしたいともがいているのが茅野の現状である。
「今のままじゃいけない。この危機感にも似た思いが俺のサッカー人生を常に彩ってきた」
茅野は宮崎県串間市出身。この串間市は宮崎県の最南端に位置し、鹿児島県と隣接しているので鹿児島的な雰囲気も多分に漂っている。小学校、中学校と串間市で過ごした茅野は鹿児島県にある高校に進学した。この選択、一応越境入学となるのだが、本人にとっては「全国が狙える強豪で自宅からそれなりに近い」という程度の選択でしかなかった。
進学した鹿児島第一学園は大隅半島の中心地である鹿屋市にある。高校時代は毎日自宅から自転車で通っていた。片道だけで2時間以上かかるサイクリングが元々強靭だった下半身を鍛えて、豊かなスピードに加えて抜群のタフネスも身につけた。
技術的には未熟ながらこの野生的パワーを生かさない手はないと、1年生の夏から左サイドバックとして早くもスタメンに名を連ねた茅野。持ち前のスピードを生かした強引なまでの突破を武器にデビュー戦でいきなり2得点1アシストの派手なお披露目となった。守備やクロスの精度といったサイドバックに必須な技術においてはまだまだ未熟さが見られたものの、爆発的な身体能力という魅力がそういったマイナスをかき消していた。
「お前は間違いなくプロを狙える逸材だ。だからこそ誰よりも厳しく鍛える。覚悟は出来ているな?」
「もちろんです! ここに入学した時から何でもやると決めていましたから!」
2年生に進学しようとする春休み、鹿児島第一学園サッカー部の監督である森園正巳は茅野に対してこのような言葉を投げかけた。対する茅野の返事はまったくためらいがなかった。本人も「プロでやりたい」という意識が強く、意中のポジションではないとは言え1年生から活躍したことで「俺はやれる」と自信をつけ、さらに意欲的になっていた。
森園監督は茅野の身体能力に加えて、負けず嫌いで困難にも正面から突撃していくような性格を見て最前線の選手として育てようと考えた。茅野もこのポジションこそ己の天職と心得て成長していった。あの日が来るまでは。
スピードとパワーを兼ね備えたFWとして売り出していた茅野にとって大きな転機となったのがこの年の選手権大会鹿児島県予選準決勝だった。対戦相手は鹿児島県屈指の強豪として名高い薩摩実業。この薩摩実業の2トップこそが後に揃って和歌山へ入団する桐嶋和也と西谷敦志であったのだ。
「それでも相手は同じ2年生、負けるはずがないと思っていた」
この2人はすでに「鹿児島にスーパー2年生コンビ登場」と雑誌でも騒がれており、茅野もそれは知っていた。しかし対戦して、彼らと自分の違いを目の当たりにして愕然とした。
結果から言うと試合は2対6の大敗だった。桐嶋と西谷はともにハットトリック。茅野自身は得意のドリブルからの力強いシュートを2本決めたものの密着マークに苦しんだ。そして全体的には薩摩実業がボールをキープしての優勢な戦いを見せた。
「桐嶋と西谷はそれぞれ個人でも十分にやれるのにコンビプレーで攻めてきた。それに比べて俺は自分が突破してゴールを奪う事だけを考えるあまり周りを見る事を忘れていた」
チームの誰よりも足は速く、シュートは強く、スタミナは続く。しかしそれゆえにワンマンチームとなってしまってはサッカーという競技において勝利を掴むのは難しい。結局のところ大事なのはチームで醸し出すハーモニーなのだ。
大会後、茅野は本人の意思として一列後ろでプレーしたいと森園監督に告げた。サッカーは自分だけでは勝てない。少なくとも自分と同じぐらいの実力者が2人いる薩摩実業には。強力なライバルの存在が茅野の視野を広げ、攻撃的な選手を欲していた尾道入団へとつながった。
プロ入り後も茅野は桐嶋と西谷をライバル視していて、常にその動向をチェックしていた。そしてそのたびに言いようのない劣等感に襲われた。和歌山で信頼意を得て試合に出場する2人に対して、自分は未だに控えの駒でしかない。自分では全力で走っているつもりなのに、見れば見るほど2人は遠ざかっていくようだった。
その思いがより決定的になったのは前回の和歌山戦であった。積極的な攻め上がりから先制点の起点となった桐嶋、巨漢モンテーロに対しても勇敢に立ち向かった西谷。茅野はそれをベンチから見つめるだけしか出来なかった。
「後半に茅野を投入するプランもあった」
これは和歌山戦の後に水沢監督がインタビューで語った言葉である。プランはあった、しかし実際に起用されたのはベテランの秀吉と高橋だった。そしてその2人は尾道の逆転劇に多大なる貢献を果たした。水沢監督の判断は間違っていなかった。だからこそ「自分はまだ秀吉さんや高橋さんに敵わない」と悩みを深めるに至ったのだ。
しかし経験の差をそんな簡単に埋めることは出来ない。結局自分に出来るのは走ることだけしかないのだ。少なくとも今は。焦ると高校2年生までのようにエゴに走ってしまう事は未だにある。
この事実を認めるには勇気が必要だったが、一度認めたら後は早い。先週あたりから茅野は今までより積極的なプレーが出来るようになってきた。例えば前線でのディフェンスもただ闇雲に突っ込んでいくだけでなく、相手の動きを読んで的確にスペースを潰すように心がけるなど、心理面でも成長しつつある。
「そういやあ今年はユースから2人昇格するらしいのう」
「ほんまあ。やっぱあの2人?」
「ほうよほうよ。今もトップチームで紅白戦とかによくサイドバックとかで出とるじゃろ。それがそのまんま上に来るらしいんよ」
「ああ、あいつかあ。あいつはうまいけえねえ。あとひとりはやっぱあの中盤の?」
練習後、見学に来ていたサポーターたちの会話を何となく立ち聞きした茅野だが、思えば入団会見からはもう10ヶ月ほど経っていると思い出した。そろそろ自分よりも若い世代の選手が入るのも必然だ。それまでには自分がここ尾道でなにが出来るのか、それを形にしないといけない。
「こんな所でボヤボヤしてる場合じゃないからな。今日もまた練習頑張ろう」
気持ちを締めなおして、茅野はまた走り始めた。あいつらにはまだ追いつけるはずと信じながら。
100文字コラム
宇佐野御野野口と尾道ユース出身選手は一様に奥ゆかしい性格をしているが中でも御野の趣味はサボテン栽培だと言うのだから別格だ。「あんまり見てやれなくても着実に成長してるのがかわいいんです」と薄笑いで語る。




