和歌山シリーズ 再戦その5
「もはやこうなったら俺たちが勝つかあっちが勝つかだ! 引き分けは絶対にありえん!」
「そうだ! そして俺たちは必ず勝利してみせる!」
同点に追いついた尾道イレブンの士気は高い。互いに3つの交代枠はすでに使い切っている。選手の技量もそう違いはしない。こうなると精神的な戦いが重要になってくる。
ロスタイムは4分と表示された。ゴールネットを揺らすには十分すぎる時間だ。竹内のドリブル突破からクロスが上がった。中には和歌山から鶴岡と毛利、尾道は港と橋本に加えてGK宇佐野も突進してきた。
「これ以上やらせるかよ!」
混戦の中から最初に抜け出したのは宇佐野の拳だった。鶴岡らの頭より早くボールを捕らえる。しかしクリアは不十分なまま。しかも宇佐野は空中でバランスを崩して転倒してしまった。
「頼む! クリアを!」
宇佐野決死の叫びも虚しく、ボールが転がった先にいたのは深緑の背番号9であった。
「ああ、剣崎! 万事休すか!!」
「3点目もらったあああああ!!」
最悪の結果を防がんと山田と橋本が身を挺して突っ込んでくる中、剣崎はあくまでも冷静だった。この2人によってカバーされつつある中、残ったスペースであるゴールの右下へ狙い済ましたシュートを放った。
ボールはディフェンス網をすり抜け、ゴールへと一直線に進んでいった。3点目決まったか。しかし、ゴールの目前、ボールはその勢いを止めた。本来この場所にいるはずのない男によって止められたのだ。
「何! いったい誰が!?」
「ふう、向こうにはゴールの嗅覚が敏感な奴がいるからな。あらかじめここまで下がっていて正解だったぜ」
秀吉がここまで戻っていたのだ。ゴールの嗅覚に優れた男だけに自分たちのチャンスだけでなく、相手のそれにも敏感に気付くのだ。
本来は前線に張っているはずだった秀吉だが、ここで失点を喫すると致命的なのであえて本来の場所を捨てて自陣のゴール前に立ち塞がった。そして何より秀吉は信じていたのだ。今の尾道ならば自分がいなくても点を取ることができると。
「ヒデさん!」
「まだ試合は終わってねえぞ! さあ3点目だ!」
激烈な叫びとともに秀吉は大きくボールを蹴り上げた。カウンターだ。ボールは中央に寄っていたマルコス・イデに渡った。緩んだ圧力の中で前を向くと、得意のドリブル突破で一気に敵陣を進んだ。小西を交わすと残るは猪口と朴、そしてGK友成であった。ざっと見て猪口は高橋、朴は有川の近くにいる。朴は技術こそ劣るもののパワーがある。ならばあえて高橋の技術に賭けた。
前を向いたままトラップした高橋は対峙する猪口が体を寄せてくると、まず外に走る動きをした。その動きにつられて足を伸ばす猪口。しかしすばやくボールを引き、一回転して猪口を突破した。高校時代に一番練習したというマルセイユルーレットの動きは体で覚えていた。
「しまった! 何て切れ味だ!」
「さあキーパーと1対1だ! 走れ高橋!」
ドリブルでペナルティーエリアまで進んだ高橋に向かって気合全開で突進する友成。まさに一騎討ちと思いきや高橋は小さく左へパスした。そこにはちょうど御野が走って来ていた。御野は最高速度のまま友成を振り切り、そのままゴールまで駆け抜けた。シュートが下手なら打たなければいい。御野なりに確実な方法を考えた結果である。
ゴールネットが大きく揺れた次の瞬間、長いホイッスルが長居の夜空を駆け抜けた。試合終了、3対2で尾道の勝利。しかも決勝点は90分を戦い抜いたその後に生まれたという劇的な幕切れだった。
「はあ、はあ。決まった。勝ったのか」
「そう、だな」
あまりにも急激なラストシーンゆえに、尾道の選手たちは逆に実感がわかなかった。逆に和歌山の選手たちはフィールドに倒れこんだまま動けずにいた。たった今まで繰り広げられてきた激戦のエネルギーが一瞬で霧散したような、あまりに静かな光景だった。
「とりあえず借りは返させてもらったぜ」
秀吉は座り込む剣崎に手を差し伸べた。最後の場面で決めていればまったく逆の光景がピッチ上で繰り広げられていただろう。まさに紙一重、しかしそのわずかな差が決定的なコントラストとなるのが勝負の世界である。
「ふん、本当ならすぐにでもリベンジしたいですけどね、残念ながらウチはJ1に上がるから次に戦うのは最低でも再来年になりますかね」
差し伸べられた手を取りながらも強がりを忘れない剣崎。若さゆえの反骨心とある種の同志と言える秀吉への信頼のようなものがこの言葉を吐かせた。秀吉は若武者のこんな姿をかつての自分に重ね合わせた。すると自然に笑みがこぼれてきた。
「ははは、元気でいいな。それにしてもお前はついてる奴さ。最初からこんないいチームでやれるんだから。将来移籍するにしても大事にしろよ」
「そうっすね。でも移籍はしませんよ」
「俺も新しい場所に着くたびに『これで放浪も終わり』なんて決意したもんさ。別に動きたくて動いたのが全てじゃない。だからこそ言うが将来の事なんて誰にも分からんよ。さあ、整列だ」
「はい。今日は色々とありがとうございました。でもやっぱり絶対移籍はしませんから」
すべてが終わった後でサポーターたちが集うゴール裏へ挨拶に向かった。勝った尾道はもちろんの事、敗れた和歌山のサポーターも激戦を見せてくれた選手たちに惜しみない拍手を贈った。
「それにしても高橋さんはあそこでよく見えてましたね。俺が走り込んできたのを」
「それはもう、暇な時間はずっと研究していましたからね」
長いリハビリの間にはスタンドで試合を見て、その後もビデオで繰り返しイメージトレーニングを続けていた高橋である。敵味方問わず選手の動きをよく把握していたので「誰がどこでどういう動きをするか」をいわば神の視点で理解していたのがここで役に立った。御野ならこうしてくれるだろうと確信していたからこそ、何のためらいもなく横にパスできたのだ。
「いやあ、それにしても久々に体を動かしたので随分疲れましたよ」
「何言ってるんですか高橋さん。全然ばりばり動けてましたよ!」
「そうだな。怪我明けにしては十分すぎるだろう。ただ動けるのは30分が限度って話を聞いたが?」
「ええ、まあ、それはそうですね。こんな体ですが足が動くまではチームに尽くしたいですからね。何日もつか分かりませんが」
「またそんな謙遜を! みんな来年もこれからも期待していますよ!」
「ふふ、そうなるといいですね。そして来年はJ1で、と行きたいですね」
「うむ!」
こうしてまた一人、頼もしい男が尾道に戻ってきた。気付いたら戦いは後2ヶ月と半月程度となってしまったJ2戦線。その日程が消化された時に1位か2位ならば自動的に昇格、3位から6位ならプレーオフ進出となる。和歌山の順位は8位、尾道はたった今和歌山を抜いて7位となった。これとて来週にはまた入れ替わっているかも知れない。
戦いはまだ続く。しかし終わりも見えつつある。とりあえずは秋の終わりに答えが出るので、その時のために選手たちは今この瞬間に最善を尽くそうと命を燃やすのだ。




