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和歌山シリーズ 再戦その4

「ここまではほぼ予定通りだ。3トップの連動性も悪くはない。それと御野はやっぱりシュート特訓が必要だな」

「ええ!? 何でそこで俺に回すんですか監督」

「最初のシュートはあれ、パスだろ普通は」

「そうだぞテル。どうせ入らないって分かって打つなよ」

「まあまあ、そこまでにしておけ今村と嶋よ。御野はドリブルで良くチャンスを作ってくれたのだから」


 ハーフタイム、尾道の水沢監督は選手たちに前半の総括と後半の指示を出している。ロッカールーム内にはいい意味での熱気が漂っている。前半を終えて「まだまだこれから、後半はもっといける」と燃えている選手たち。監督はその勢いをそのまま相手にぶつけつつ、勝利を掴むためにうまく御す必要がある。


「後半はもっと点が入るだろう。相手は勢いのあるチームだ。こちらも受けて立とうじゃないか。そして相手の勢いを逆に押し返すぐらいの気迫で戦うんだ!」

「おう!」

「さあ行け! 勝利のために」


 試合の半分を終えてまだ1対1の同点。無論、このまま終わっていいはずがない。尾道のイレブンは意気揚々とピッチに向かった。しかしそれは和歌山も同じ。一触即発の緊迫した空気の中、後半キックオフのホイッスルは鳴り響いた。


「よし! 尾道を叩き潰す時間の始まりだ!」

「何を! 叩き潰されるのはそっちだぜ」


 後半開始直後、いきなり尾道FW陣による猛烈なチェイスが和歌山に襲い掛かった。特にターゲットとなったのが前半に尾道を散々苦しめた内村である。この男は変幻自在のテクニックを持っている。しかし複数で囲めば打てる手は少なくなる。


「ふん。俺を潰すのは勝手だがそんなに動いてスタミナは大丈夫か?」

「忘れてはいませんか。たとえ僕が倒れても、僕たちにはまだ切り札が残っているって事を」


 秀吉への信頼がヴィトルや有川の足を動かす。お陰で後半の内村は前半ほどのモンスターではなくなった。水沢監督による作戦のひとつである内村潰しは確かな成果を上げた。しかし和歌山のゲームメーカーは内村だけではなかった。


 後半10分、あるハプニングが起こった。きっかけは後半開始と同時に栗栖と交代でピッチに送り出された小西からのプレーだった。この小西は和歌山に今季入団したルーキーの一人だが、多くが高卒だった今季の新人には珍しく大卒の選手である。いきなり背番号10を託されるなど、その司令塔としての能力は大いに期待されている。


「へえ、栗栖を下げるのか。意外だな」

「ええ、確かに内村の変幻自在なプレーに比べると目立ってはいませんでしたが出来が悪いわけではありませんでしたし」


 この交代が明らかになった時、尾道のベンチにはこのような疑問符が浮かんだ。しかし和歌山からすると何の疑問もない交代だった。つまり、勝利のためには「悪くない」では足りないという事だ。強気に攻めまくるスタイルこそが和歌山そのものであり、それは采配に関しても同様である。今石監督はそういう意味でも腹を括っている男だ。


 さて、その小西が中盤でボールを受けてから選択したのは西谷へのパスだった。中央よりのポジションにいた西谷が前を向くと、持ち前のドリブルで一直線にゴールまで突進していった。


「ほう、手練手管もなく向かってくるとは。その蛮勇の気概だけは認めよう。しかし無謀だぜ。行け、モンテーロ!」


 存在自体が壁となるモンテーロの威圧感にもまったくひるまなかった。そして一切の回避行動もとらないままぶつかったのだ。「まさか本当に突っ込んでいくとは」と尾道の選手たちが絶句する中、転々としたボールを冷静に見定める男が一人いた。剣崎である。


「まだゲームは止まってないぜ! 西谷のためにもここは決める!」


 素早くボールを回収すると、その勢いのままミドルシュートを放った。低く伸びる弾丸はゴールの右隅を襲った。背番号9にふさわしい、いかなる隙も見逃さない得点感覚を見せて和歌山が尾道を引き離した。


「モンテーロ! 大丈夫か?」

「おい西谷! 動けるか?」


 ゴールによって試合が止まると即座に両チームのドクターが駆けつけた。頭がぼんやりしているモンテーロに患部に触れると顔をゆがめてのた打ち回る西谷。残念ながらダブルノックダウンとなってしまった。そこで尾道は橋本が、和歌山は今季途中から加入した毛利が緊急出場となった。


 ここからは明らかに和歌山が優勢となった。リードしている事による精神的な落ち着きもあるが、尾道のディフェンス陣で一番高さのあるモンテーロが退場した事でパワーバランスが崩れたのも一因である。確かに交代した橋本も身長は180cmを上回り、空中戦でも普通の相手なら十分に戦える。


 しかし和歌山には鶴岡がいる。身長198cm、存在自体が立派な武器になるこの大型FWを相手にモンテーロはよく抑え込んでいた。しかしそのモンテーロが退場した事で高さでは完全に和歌山が優位に立った。


 また、途中交代の毛利もよく効いていた。毛利はとにかく何をやらせてもそつがない。登録はFWとなっているが、むしろ得意なのは前線でのチェイスというタイプだった。和歌山には点を取る選手がいる。毛利はそのために身を粉にすることが出来る。尾道がボールを奪っても猛烈なチェイスを仕掛ける事でボールを繋げさせない。それによってなかなか「尾道の時間」を作らせない、流れを取り戻させないのだ。


「もう一押しだ! 1点を奪うぞ」


 この好機を逃すまいと今石監督は矢継ぎ早に第3のカードを切った。それは韓国人DFの朴康信で、大森と交代でピッチに立った。


「なるほどここで例の韓国人か。ええい、せめてモンテーロがいれば」


 港は即座に相手の考えを理解して顔をしかめた。つまり狙いはモンテーロが退場した事で発生した上空という隙である。ロングフィードが得意な朴の投入によって最後列から鶴岡へのホットラインが完成したのだ。潰し屋の山田やスペースを消すのがうまい今村も上空を通過していくボールには手をこまねくしかなかった。


「ええい、またハイボールか! クリアできるか橋本!」

「率直に言って鶴岡は手に余る相手です。10回やれば半分以上制圧されるのは間違いありません」


 ここで見栄を張っても仕方がないので極めて正直な感想を口に出す橋本。鶴岡が直接ヘディングシュートをする事もあるし、鶴岡がサイドに流して竹内に突破させたり、剣崎にパスを送ってGKと1対1の場面を作ったり。ほとんどやりたい放題であった。しかし宇佐野を中心に集中したディフェンスで失点は防いだ。もはや中盤の選手もディフェンダーと変わらないポジションに落ち着いてギリギリの攻防を続けた。


「畜生、また来るのかよ」


 気迫を前面に押し出してボールをにらむ嶋。しかし足がついていかない。慣れないディフェンスに全力を出すあまり、普段以上の疲労が肉体を襲っていたのだ。しかしこれは嶋だけが感じているのではない。守勢になるといつも以上に疲労を感じるようになるものである。尾道は疲れきっていた。


「監督! 何か選手交代をしないと、3点目を取られると絶望ですよ!」

「そうです。明らかに疲れている選手も多い。何とか手を打たないと」


 尾道ベンチでは佐藤、中島の両コーチが水沢監督に決断を迫っている。しかしまだ動かない。どうすべきか考えあぐねているのだ。名将ならばここで迅速に手を打てるのだろう。それで言うと水沢監督は待ちすぎる、優しすぎる部分がある。戦場において優しさは決断の遅れを招き、決断の遅れはすなわち敗北を招く。もちろん、何かを変えないといけないとは思っている。しかしためらってしまうのは勝負師としての弱さである。しかし決断すれば後は一気である。


「荒川と高橋を使う」


 特に疲労が顕著と見られる嶋とヴィトルに代えて、経験豊富な2人に賭けた。ともに前線の選手、試合をまだ諦めていないとアピールする意味もある。そして何よりこの2人である。出場すれば何かを起こす秀吉と1年以上のリハビリを乗り越えた人望の厚い高橋。切り札を一気に2枚切った、まさに勝利のための最終手段である。


 背番号8がピッチに降り立った瞬間、尾道サポーターのみならず和歌山サポーターからも拍手が贈られた。高橋は和歌山にとってJFL時代からの宿敵である。それでもいないとなるとやはり寂しいもの。試合に出て活躍してくれないと叩くに叩けないのだから、今は拍手で迎えるのだ。


「久々のピッチの感触はどうですかね高橋さん」

「ふふ、悪くないですよ。しかし慣れるにはもう少し時間がかかるようですね。震えが止まりませんよ」

「武者震いって奴ですか」

「まさか。僕は武者ではありませんから」


 口では緊張しているように言うが、その口から出る言葉は滑らかだった。その辺は経験ゆえの落ち着きがある。


「状況としては私たちが率先して動かないといけませんからね秀吉さん」

「そうですね。では早速行きましょうか」


 後半27分に登場した2人はまず和歌山がボールを送り込むルートの寸断にかかった。朴のロングフィードには秀吉が突っかかる。朴はパワーのあるディフェンダーだが技術的には交代した大森に劣る部分がある。積極的なチェイスでボールを出させないようにした。


 そしてもうひとつのラインは前半に大暴れした内村である。ここに高橋が赴く。高橋は一見地味で物腰も柔らかいが非常に鋭い読みを見せる。まず大枠を潰したら今村や山田の守備もうまく展開できるようになるものである。


「さすがにロングボール一辺倒では厳しいか。朴、内村へパスだ!」

「そう来ると思っていましたよ」


 ロングボールのルートを絶たれた事でとりあえず内村にパスを出した朴だが、これは高橋に読まれていた。


「この朴はまさに攻めるための選手でディフェンスは交代前より甘い。頼みますよ秀吉さん」


 ボールをカットした高橋はすかさず秀吉のいる位置にパスを出した。フィジカルを武器に対抗する朴だが、走りこんできた御野とのコンビプレーで突破され、GK友成と1対1になった。


「これで同点だ!」

「決められてたまるか!」


 素早く距離を詰めてきた友成。秀吉は完全にコースを消される前にシュートを放ったが、友成は右足でゴールラインの外に弾き出した。秀吉のシュートも「ここしかない」という一点を突いた絶妙なものだったが、ゴールを防いだ友成の超人的な反応もまた見事だった。ゴール裏の和歌山サポーターは大歓声を、尾道サポーターはため息と「しかしまだコーナーキックがある」という新たな希望を抱かせる一瞬の出来事だった。


 コーナーキックを蹴るのはマルコス・イデであった。ほとんどデータのないキッカーだけに和歌山ディフェンス陣はいつも以上に警戒している。ニアには有川、ファーにはモンテーロが置かれ、その周辺には2人ずつのマーカーが密着している。


 ホイッスルが吹かれると、ゆっくり助走しながら右足で蹴り入れた。ニアか、ファーか。答えはどちらでもなかった。有川の頭上を通り越したあたりでボールは巻きながら急激に落下して和歌山ゴールを襲った。


「何! 直接か!?」


 やや古風な言い方になるが、いわゆるバナナシュートと呼ばれるキックである。ワイルドな顔立ちだがさすがはブラジル人、テクニック抜群である。この不意打ちの一撃に左手一本で対処した友成。ボールはクロスバーに直撃し、ゴールラインのほぼ真下に落ちた。


「よし、押し込め!」

「クリアだ! 弾き出せ!」


 転々とするボールに一番早く反応したのは、フィールド上で最も得点の匂いに敏感な2人だった。それは秀吉と剣崎。足を伸ばした秀吉に立ちはだかる剣崎も右足を振り下ろす。どちらも気迫は十分。それだけに、最後に勝負を分けたのは本能的な執念だった。


「どけえ小童が!!」

「な、何だと!? ぐあああ!!」


 鍔迫り合いを制したのは秀吉だった。立ちはだかる剣崎ごとゴールに叩き込むという強引すぎるシュートが炸裂した。


「な、なんてパワーだ! この俺が力で屈するとは」


 蜘蛛の巣に引っかかった蝶のような格好で唖然とする剣崎を尻目に、秀吉はボールを持ってセンターサークルへ急いだ。


「最後の1点だ! 次のゴールを決めたほうが勝つ!」


 時計は後半の37分を指していた。しかしこのまま終わるとはサポーターも選手たちも思っていなかった。この激戦に「引き分け」の文字は似合わない。どちらかが制する展開しかありえないという確信めいた思いがスタジアムを支配していた。

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