和歌山シリーズ 再戦その2
会場は和歌山ではなく大阪の長居スタジアムで行われる。これは和歌山のメインスタジアムには照明施設がなく、夜間のゲームが不可能なためである。より上を目指すにはスタジアム整備も重要になってくるがそこは後発の弱みか。バブル時代に色々な所を巻き込んで計画できた初期チームは幸いである。同じく後発組の尾道も観客収容人数が10000人程度で、15000人以上というJ1基準を満たしていない。その辺は自治体と協力して大きくしていくしかないのだが、まだまだ道半ばと言えるだろう。
さて、尾道のスタメンは以下のように発表された。
スタメン
GK 20 宇佐野竜
DF 3 山吉貴則
DF 4 モンテーロ
DF 5 港滋光
DF 30 マルコス・イデ
MF 7 今村友来
MF 6 山田哲三
MF 29 嶋照平
FW 11 ヴィトル
FW 24 御野輝
FW 16 有川貴義
ベンチ
GK 1 玄馬和幸
DF 21 橋本俊二
DF 26 深田光平
MF 8 高橋一明
MF 13 中村純
MF 19 茅野優真
FW 27 荒川秀吉
このメンバーが発表された時、スタジアムにはどよめきが巻き起こった。
「FWが3人だって! というか御野って中盤の選手じゃなかったっけ?」
「ああ、でもあいつはドリブルうまいし案外最前列でも面白いかも」
「それに尾道は中盤では金田が怪我でいなくなったけどFWはもう人材が多いからな」
「ヴィトル、有川、荒川とかいるからな」
「なるほど。前にいい選手が多いからそれを生かそうって事か」
「こうフォーメーションを変えてくるから非公開練習って事か。なるほど、しかし驚いたな」
水沢監督の奇策が生み出したざわめきは和歌山の選手たちにも感染していた。このフォーメーションから尾道の「今日の試合は攻めて勝つ」という明確なメッセージを受け取ったからである。
「落ち着けお前ら!」
和歌山の今石監督は試合前から微妙に浮き足立ちつつあった選手たちを一喝した。精神的に呑まれた状態では実力をフルに発揮できない。「戦う前から負ける」とはまさにそのような状態を言うのだが、そんな弱い精神力ではこれからの戦いを勝ち抜けない。
「尾道が3トップを使うなんて初めてじゃない。むしろ後半のオプションとしてかなり成功を収めていたし、いつか最初から使ってくるだろうなんて分かりきった話だ。基本的には事前に言っておいた対策で問題ない。それは覚えているだろうな」
「それはもちろんですよ監督」
落ち着きを取り戻した選手たちは前日のミーティング内容を思い出していた。
「前回対戦した時は5対4でウチが勝利した。しかし今の尾道はあの頃とまったく別のチームになった。具体的にはまずここだ。GK。ベテランの玄馬からユース出身で若い宇佐野が起用される機会が多くなった」
「確かまだ20歳かそこらでしたよね」
「そうだ。若さゆえのポカもたまに見られるが、当たってくると神がかり的なセービングを連発するタイプだ」
ビデオでは前節の東京戦が流れていた。この試合、ホームの東京が終始主導権を握っており、尾道ゴールにはシュートの雨あられが降り注いだ。しかし結果は0対0のスコアレスドローに終わった。すべては宇佐野の好セーブ連発によるものである。
「東京はご覧の通り前へ前へとボールを推し進め、シュートもガンガン打っている。崩す形もよくできていた」
「シュート21本でしたっけ。それなのに得点はなし。おっ、東京の選手がパスで抜け出した」
「ああ、止めた! 完全に1対1になっていたのに!」
「次はミドルシュートを右腕で弾き出した! すごい反応だな」
相次ぐスーパーセーブの映像に、選手たちは思わず息を飲んだ。「簡単には点を取らせてくれない」という認識が選手たちの間の広まったのを確認すると今石監督はVTRを切り上げて、次の映像を起動させた。
「そして左サイドバックに入ったマルコス・イデもあなどれんぞ」
「これが噂のマルコス・イデか。かなり凄いらしいなこいつ」
「うむ、スピードもスタミナも一級品だ。それに、後半42分のこのシーンだな」
「うおっ! 低く鋭いクロス! 結果的にはポストだったが有川の頭にぴったりだったし、ほとんど1点モンのプレーだ」
「このような正確なクロスを試合も終わろうとする時間に連発できる。はっきり言ってJ2には過ぎたサイドバックだ。上でも確実に活躍できる」
「そんな相手とマッチアップするのか。大丈夫か、佐久間よ」
「ふん、相手がどんなだろうがやるしかないでしょう。まあ見ててくださいよ」
和歌山の右サイドバックで先発予定の佐久間は強がってみせたが内心は不安も生まれつつあった。この佐久間、もう3年近くも前の話ではあるが尾道に所属していた時期がある。その才能を水沢監督に買われての期限付き移籍だった。しかしメンタルの甘さが災いして24試合出場で2ゴール3アシストと、期待以下の活躍に終わった。
かつての恩師に「あの時とは違う」とアピールしたい気持ちも強いが、そのセンスゆえに相手の技量がどれほどかを認識するのも早い。佐久間はJ1でも通用する実力はあるが、それでも封じられるか未知数と不安を感じるほどの技量を有しているのがこのマルコス・イデである。
「そしてレンタル移籍の嶋。中盤の前に位置するゲームメーカータイプの選手だ」
「うーん、あれ、イマイチ?」
「この東京戦はな。しかしその前の松本戦では2アシストを決めているし、1本惜しいミドルシュートもあった」
「へえ、結構ムラがあるタイプって事ですかね」
「これがその松本戦の映像だ」
東京戦では自分勝手なドリブルや鋭すぎてつながらないパスを連発し、試合の半分で下げられた嶋。しかしこの松本戦では「本当に同一人物なのか」と思わせるほどの躍動を見せていた。
「これは前半8分の尾道先制シーンだ。嶋のスルーパスで松本のディフェンスラインを完璧に切り裂いた」
「こりゃあ凄いな。後コンマ1秒でも遅かったらオフサイドだったろうに。ピンポイントでズドンだ」
「抜け出したヴィトルがどのくらいのスピードでどこに走り込むか、完全に把握していますね」
「このヴィトルのスピードも要注意だな。一瞬でGKと1対1になって、後は冷静に流し込んでゴール。まったく、移籍してくれたら良かったのに」
「結局あれガセでしたね。代わりになぜか中国人のほうが故郷に戻りましたけど」
「まあとにかく、新戦力はこんなもんだ。そして忘れてはいけないのが荒川秀吉よ」
緊迫した空気がやや緩み、雑談の雰囲気になりかけていたが今石監督が口に出した「荒川秀吉」という固有名詞によって吹き飛んだ。
「忘れるわけないでしょう監督。まったく忌まわしいその名前を」
「ああ、前半までは割と楽だったのに、後半あの荒川が入ったら一気に空気が変わってあなり危なかったからな」
「そうだ。この荒川、特に7月あたりからは肉体が適応してきたのか動きがさらに鋭くなっている。もしウチが優勢に試合を進めたとしても、尾道がこの切り札を持っている限り余裕など存在しないのだ」
前回の対戦で後半から出場した秀吉にハットトリックを決められ、あわや敗北の寸前まで追い詰められた事は和歌山にとっても苦い経験として刻み込まれていた。
「この荒川が出た場合、無論ディフェンスもそれなりの対応が必要だ。しかしそれ以上に大事なのは点を取られても屈しない事だ。結局サッカーは90分間でより多く点を取ったほうが勝つ。分かっているな剣崎よ」
「もちろんですよ監督。海外経験があろうが幻の日本代表だろうが、点を取ることに関しては俺は誰にも負ける覚えはありませんよ」
「その意気だ。相手がどんなやり方を取ってくるかは分からないが、俺たちは俺たちのサッカーをする。そして尾道を打ち破って昇格に近づく。ただそれだけだ」
そして和歌山のスタメンは以下の通り。
スタメン
GK 20 友成哲也
DF 11 佐久間翔
DF 2 猪口太一
DF 5 大森優作
DF 7 桐嶋和也
MF 3 内村宏一
MF 8 栗栖将人
MF 16 竹内俊也
MF 22 西谷敦志
FW 9 剣崎龍一
FW 18 鶴岡智之
ベンチ
GK 1 天野大輔
DF 6 川久保隆平
DF 13 村主文博
DF 26 朴康信
MF 10 小西直樹
FW 19 寺島信文
FW 35 毛利新太郎
GKには前回の尾道戦で同点弾を叩き込んだ友成。右サイドバックに途中加入の佐久間、左には桐嶋。センターバックはおなじみ猪口と大森の凸凹コンビ。内村と栗栖で構成される中盤の底はともにゲームメイクに長けた、いわば和歌山の心臓部である。竹内と西谷はスピードに優れる両翼。そしてFWには唯我独尊のストライカー剣崎と大巨人鶴岡が居座っている。
スタメンには高卒新人が実に8人も名を連ねている。残る内村、佐久間、鶴岡も今年からチームに加わった新鋭である。この極端すぎるまでの若さがチームに爆発的な活力をもたらしている。「嘘だろう」と思わず口から漏れてしまうほどあっさり崩れる時もあるが、はまった時は凄まじい破壊力を見せる。
「さあ、行こうか!」
「おう!」
両チームの選手がフィールドに現れた。まずはラインになって整列してから、22の綺羅星がピッチに散らばった。時は18時2分、キックオフの笛が大阪長居の夕空に響き渡った。
「やあ、ここまで絶好調みたいだな剣崎君」
「ちわっす尾道キャプテンの港さん。そうっすね、まあ点を取るのは俺の仕事ですし」
試合開始直後、港は和歌山が誇るストライカー、背番号9の剣崎に声をかけた。ルーキーながら物怖じしないプレーで得点を量産しているこの男には「警戒すべき対戦相手」以上の興味を持っていたからだ。
「前の試合は得点と勝ち点ありがとうございました。今日もいただきますんでよろしくお願いします」
「ふっ、そう簡単に行くかな」
相手を呑んでかかるような剣崎の物言いは先月の26日、ちょうど1ヶ月前に33歳の誕生日を迎えた港を相手にしても変わることはない。この強気、このふてぶてしさこそがJ2戦線においても得点を量産し続ける原動力の1つであろう。しかしそんな性格は港としてもインプット済み、余裕を持って受け流した。
「感謝するんだな。今日のウチは君たちを相当にリスペクトしてきたのだから」
「3トップの事ですか。あれは『打ち合い上等』という意思表示と見ていいんですかね」
「まあそういう事だな。お前らのやり方に付き合った上で叩き潰すぐらいじゃないとJ1では戦えないらな。悪いが今日はウチがもらうぞ」
「へえ、港さんも案外言うタイプなんですねえ。こっちこそ逆に叩き潰してあげますよ」
「楽しみにしているよ。まあすべては90分後には分かることだがな」
「それはこっちの台詞!」
逆に挑発をし返す港。ユース時代からキャプテンを務めてきた事やクレバーなプレースタイルから「冷静で人当たりのいい優等生」的なイメージを持たれがちな港だがそれは彼の一面ではあるが全てではない。ひとたびバトルとなるとかなり熱いものを秘めている男である。
さて、試合の立ち上がりは意外にも静かな展開だった。爆発力のある和歌山と、それに合わせるべく3トップという攻撃的なフォーメーションで臨んだ尾道との対戦とは思えないほどであった。しかしそれはいわば嵐の前の静けさ。「今にも何かが起こりそうだ」という予感はそこかしこにしていた。そして案の定と言うべきか、前半7分にようやく動いた。きっかけは尾道であった。
「よし! ここらで和歌山の皆さんを驚かせるとするかな」
「おうよトモキ! じゃ、行こうぜ!」
中盤でボールを奪った今村は、途中移籍ながら同級生ということもあり早くも滑らかなコンビネーションを築いた嶋とのパス回しでボールを前へと押し上げていく。最前線には右にヴィトル、中央に有川、左に御野が走っている。和歌山ディフェンス陣はこの形にまだ対応しきれていない。となると、チャンスだ。
「それでもキヨシさんとヴィトルにはちゃんとマークがついてるな。そりゃあウチの得点ランク1位と2位だから警戒されて当然だろうよ。となると、左だな」
今村はボールを左に流した。ターゲットは御野だ。
「よーしナイスパース!」
ボールを受けた御野は得意のゆらめくような独特のリズムから繰り出されるドリブルで和歌山陣内を爆走した。そしてペナルティーエリアに入るか入らないかという所で左足を大きく振りかぶった。ここからシュートを狙ったのだ。
「よっしゃああああ先制点もらったああああ!!」
「あっ馬鹿やめろ!」
「それはちょっと無理があるぞ! そこはもう1本パスを出して、ああやっぱり……」
今村と嶋の懸念通り、シュートは大きく枠の上を通過して観客席に消えた。最近はシュート練習に力を入れている御野であるが、そんな簡単に成果が出るものではない。しかしこの両チームを通じて最初のシュートが、ここから始まるバトルの号砲となった。




