和歌山シリーズ 再戦その1
試合前日の練習は尾道には珍しく完全非公開で行われた。一般のサポーターはもちろんの事、報道関係者にさえ練習内容を見せない形式はそれまでにない事だった。水沢監督は基本的に「どうせ試合で見せる事なんだから隠す必要はないでしょ」というスタンスだが今日に限っては例外だった。なぜか、それは次節の対戦相手が和歌山だからである。
アガーラ和歌山とジェミルダート尾道は同じ年、2008年に昇格した。JFL時代から文字通りしのぎを削る関係であったこの2つのクラブ。2008年と2009年は3試合、2010年と2011年は2試合、そして今年もすでに1試合を終えているのでJ2に昇格してから和歌山と対戦したのは11試合。その対戦成績は実に尾道の4勝5敗2分となっている。
和歌山が14連敗を喫してシーズン途中で監督交代というゴタゴタを演じた去年は2連勝と稼がせてもらったが、今年の1戦目は敗北を喫している。忘れもしない、開幕から調子よく勝ち点を積み重ねてきた尾道が初めて土をつけられたあの試合を。
尾道本来のペースとは1対0といったロースコアのゲームを粘り強くものにしていくというものである。しかし和歌山戦では守備が崩壊。逆に得点もリミッターが壊れたかのように量産したが最終的には4対5で屈した。若手が躍動する和歌山の勢いに呑まれた形だった。
「因縁の相手だからな。あの温厚な水沢監督の口から『この日曜日は絶対に勝利をもぎ取る』なんて強い台詞、初めて聞いたぜ」
「普段は『負けても自分たちのやりたいサッカーができたなら良し』ってタイプなのに。相当気合入ってるな」
「ただ単に昇格争いのライバルとかそういうレベルじゃないからな。お、選手たちが出てきたぞ! 練習が終わったっぽいな」
「よし、囲め! 少しでも情報を聞き出すんだ!」
ブルーシートに四方を囲まれた練習場からおそろいのジャージを着込んだ選手たちがぞろぞろと出てきたところにマスコミたちが群がった。それまでの雑談モードから一転、小さなネタでも拾おうと目をぎらつかせるハンターと化して選手を狙う。まずターゲットになったのはキャプテンの港であった。
「お疲れ様ですキャプテンの港選手。練習はもうこれで終わりですか?」
「うん、終わり。ご協力ありがとうございました。お陰さまで色々とやれました」
「どういった練習をしたのでしょうか?」
「すみません。まあ和歌山の対策みたいなものですね。具体的な内容は勘弁してください。口外してはならないって決まりですので」
「そこを何とかお願いしますよ港さん」
「本当、すみません。今日は本当に駄目なんですよ」
本来の港はマスコミの親友とでも言うべき男である。常にフレンドリーな対応でマスコミに向かって練習の意図から選手の体調、次戦への意気込みなどを饒舌に語ってくれるので「困ったら港」とばかりに重宝されている。しかしそんな男が今回に限っては極めて慎重になっている。これこそが和歌山戦に対する決意の表れである。
どうやらこれ以上の情報は得られないと判断したマスコミは「ありがとうございました」と港を離れ、次のターゲットを探した。そこに秀吉が若手と談笑しながら歩いてきたのですかさず足とカメラを向けた。
「荒川選手。お疲れまです」
「ああ、そちらこそ取材お疲れ様です。でも今日に限ってはあんまり情報手に入らなかったでしょう」
「今日の練習は非公開と言う事で、覚悟のほどが見えるわけですが」
「そうですね。なにぶん相手がね、まあ思うところもある相手なんで」
前の和歌山戦で秀吉は尾道に加入してからの初得点、さらにハットトリックまで達成した。しかしそれが勝利という名の歓喜に結びつく事はなかった。何点取ってもそれ以上に点を取られて負けてしまっては意味がない。そういう意味では秀吉にとって悪い意味で忘れられない試合だった。鋭い目つきを一層シャープにして秀吉は和歌山のある南東をにらんだ。
「やっぱり勝ちたいですよ。それは自分だけじゃなくてチーム全員が思っている事ですから」
「荒川選手の意気込みとしてはやっぱりチームの勝利を?」
「そうですね。そりゃあ自分の得点で勝てればってのはありますけどね。ストライカーですから。でもやっぱりチームの勝利あってのものなんで」
「なるほど。ありがとうございました。期待していますよ」
「はは、大いに期待してください。必ず応えてみせましょう」
冗談めかした言い回しで締めくくったが目は本気だった。野武士のようにワイルドな見た目も相まってかつては「海外に挑戦するサムライ」的な報道が多く、お陰で「無口でストイックな気難しい男」と思われていた時代もあったが、本来は割とざっくばらんな性格でおしゃべり好きだったりする。そもそもコミュニケーション能力がないと外国で活躍するのは難しい。秀吉が日本に帰って良かったと思った事のひとつに、こういった陽気な一面が編集でカットされないという点があったりする。決して口には出さないが。
それ以外の選手からも得られる情報はあらかた絞りつくしたと判断したマスコミは、最後に監督を囲んだ。練習の意図を一番良く分かっているのは当然この男だ。水沢監督はこういった場面においてはかなり誠実に答えるタイプである。しかし、そんな水沢監督でさえやはり具体的な部分は語らなかった。
「完全非公開練習と言う事でしたが、どのような練習を行ったのでしょうか」
「まあ、その辺は色々やりましたがね。特に前線の動きに関しては色々と見てみました」
「フォーメーションの調整とか確認と言った部分でしょうか」
「そういうのもありましたね。チームには例えば怪我人が出たり、逆に復帰したりで開幕当初と戦力のバランスが変わった所もありますから、そういった部分の調整が必要になってくる時期ですので」
「和歌山戦のゲームプランはどうなりますかね?」
「まあ和歌山さんはオフェンスが強いですからね。無失点で、とはいかないでしょうね。それでも先制するかされるかでは大きく違ってくるし、そういう意味では先制点を取って試合の主導権を握る事は重要になってくるでしょうね」
結局「今日の練習では具体的に何をしたのか?」という問いの答えは不明なままだった。しかし、明日への意気込みがいつになく凄まじい事だけははっきりと伝わった。
「まあ、仕方ないな。そもそもここまで戒厳令を発しているという事実こそがニュースになるってもんだ」
「確かに。そもそも和歌山にとっても尾道にとっても、ただでさえ順位争いのためには負けられない時期ですしね。それにこういう因縁が絡むと一層気合も入ると言う事でしょう」
「そうだな。じゃあ執筆を開始してくれたまえ。かっこいい文章で頼むよ」
「分かりました」
尾道の番記者にとっても試合は戦場である。推敲を重ねながら夜は更けていく。そして翌日、舞台はスタジアムに移る。J2も今日が第31節と、すでに折り返し地点も過ぎて、昇格やプレーオフも現実的な問題となってきている。しかし上位陣の勝ち点を見ると未だに毎節のように順位が入れ替わる混戦状態が続いている。
その顔ぶれは1年でのJ1復帰を目指す山形、名門復活を期す東京や千葉、超強力ストライカーを擁する甲府、借金返済と若手の躍動を両立させる大分、資金力が豊富な京都など多士済々である。その中において尾道や和歌山はともに「新興クラブ」と言っていいほどの歴史しかない。2008年にJ2へ昇格してから5年。同期だけになお一層負けたくない同士の戦いは18時キックオフ。




