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入団その3

「よーし、全員集合!」


 水沢監督の張りのある一声で散らばっていた選手がぞろぞろと集まって円陣を作った。大体20人ともう少しと言ったところか。しかし選手たちはどこか落ち着かない様子だった。監督やコーチと一緒にそれまでいなかった顔が混じっていたからである。何人かの選手はそれが誰であるかおおよその見当もついているようだった。


「えー、まず最初に今日から入団テストを受ける事になった選手の紹介をする」

「はじめまして。今日からテストを受ける事になりました、荒川秀吉と言います。ポジションはFWで年齢は31、特技は点を取ることです。今までサッカーをやれる場所を色々回って来ましたが、これからはこの尾道というクラブに勝利をもたらすために頑張ろうと思いますのでよろしくお願いします」


 さらっと自己紹介をした秀吉。移籍の多いサッカー人生を歩んできたのでこのような文面は常に考えているようだ。一方これを聞いた選手たちはさらにザワザワし始めた。


「え、荒川秀吉って、あの荒川秀吉だよな」

「ああ、やっぱりそうだった。さすらいのストライカー」

「前に雑誌で日本は嫌いとか見たことあるけど、ガセか。まさか日本に戻ってくるなんて」


 秀吉が海外に出た当時は今ほど海外組が多くなかったので雑誌などでもよく特集を組まれていたので知名度は意外と高い。雑誌の向こう側の人物が目の前にいることで気持ちがざわついている選手たちを水沢監督が静めた後で、今日の練習メニューが告げられた。練習メニューの最後には紅白戦が組み込まれている。もちろん秀吉も参加する。


「さあ、普段どおりで行こう。開幕まで1週間切ったし、しゃきっとしろよ。さあランニングスタートだ」

「ウッス」


 赤と緑が基調の同じジャージを着込んだ集団にまぎれて一人だけ黒い姿の男がいる。秀吉は尾道の地においてはまだ異物だ、そう言わんばかりのコントラストだ。しかしそれも今だけの話。そのまま異物として尾道を去るか、入団してこの集団と同じ服を着るかの二つに一つだ。


 後者を狙うためには、今日の練習と紅白戦は絶対に落とせない戦いとなってくる。秀吉は走りながら一度大きくゆっくりと息を吐いて気合を入れ直した。


「やあ、そこの君、いい太ももしてるね。名前何て言うの?」

「あ、荒川さん。ええと、僕は御野輝と言います。今日はよろしくお願いします」


 ランニングが終わってすぐ、一人の若手選手に声をかけた。童顔だが目つきはなかなか鋭く、プロらしい。年齢は20歳になっているかいないかといった程度だが下半身がしっかりとしている。少なくともボールをこねるだけがうまくて試合では実力を発揮できないという類の選手ではないだろう。


 新たなチームにおいて重要なのは、選手との関係をうまく築く事である。向こうから話しかけるのを待つのではなく新参者であるこちらから積極的に声をかけるべしというのは荒川が海外経験で身につけた鉄則のひとつである。


「おう、よろしく。ミノテル、だっけ。とりあえずどう呼べばいいんかな?」

「チームではモンタって言われてますよ荒川さん」


 すかさず隣にいた細い目をした短髪の男がフォローした。彼の名は今村友来、中盤の底やサイドバックなど守備的なポジションならどこでもこなす器用な選手である。


 御野は19歳、今村は20歳と尾道には若い選手が多い。地方クラブの宿命と言えるものではあるが、尾道は資金的に豊かではない。だからこそ年俸の負担が少ない若手中心、足りない部分は有力クラブのスタメンから漏れた選手をレンタル移籍で獲得して補うという形をとっている。


 そういった若手に加えて、かつてはJ1レベルだったベテランの受け皿ともなっている。尾道では若手の手本となるベテランも積極的に獲得しており、ベテラン側もプロとして最後まで戦いぬくためにJ2クラブのオファーは都合がいい。


 現在尾道に所属する30代の選手は、元代表のGKで36歳の玄馬和幸と元年代別代表として名をはせた32歳のDF港滋光の2人がいる。秀吉がもし尾道に加入すればその時点で3番目の高齢選手となる。


 ただ秀吉は若手とベテランしかいないチーム構成には慣れっこである。日本を離れる前に所属していた鳥栖もそうだった。ブラジルでも一流レベルにまで育った若手選手は一部リーグの強豪に移籍するという、イタリア語で言うところのプロビンチャ(植民地)に相当するクラブに在籍してきた。


「そうか。よろしくな、モンタ。後、俺の事はヒデって呼んでくれよ。荒川さんじゃ長いだろ」

「は、はいっ、わかりました。ヒデ、さん?」

「何で語尾上げるんだよ、呼び捨てで言われても食いはしねえから」

「はは、そうですね。すみません、ヒデさん。後どちらかと言うとテルって呼んでもらうと嬉しいです」

「そうそう、それでいいそれでいいテル君」


 その後も尾道に所属する選手たちの自己紹介タイムが続いた。荒川を含めた選手たちはストレッチをしながら各自プレースタイルや愛称を言い合った。お陰で秀吉はこのチームにどういった選手がいるかを大体把握できた。


 ストレッチが終わるとボール回し、シュート練習とメニューを消化していった。秀吉はこれらの練習で選手たちの技量を大雑把に掴んでいった。また、同時にテスト生の身分である秀吉の実力も見極められていたが、彼の動きは練習だけを見ると特にインパクトのないものであった。


 凄まじいパワーがあるとか敵陣を切り裂くスピードがとかは最初から期待していない。元々実戦で生きるタイプとは言うが、すでに牙が折れていたらどうしようもないので紅白戦での働きにはそれまで以上に注視する必要がある。これが水沢監督がここまでの練習を見て出した結論であった。


 そして運命の紅白戦がスタートする。ビブス組がレギュラーメンバー、ビブスなしが控えメンバーとなる。


ビブス

GK 玄馬

DF 山吉

DF モンテーロ

DF 港

DF 小原

MF 山田

MF 今村

MF 金田

MF 御野

FW 王秀民

FW ヴィトル


なし

GK 宇佐野

DF 長山

DF 鈴木

DF ユース生

DF 深田

MF 中村

MF 亀井

MF 久保

FW 荒川

FW 有川

FW 野口


 攻撃的MFの高橋とセンターバックタイプの橋本が故障のため、そして俊足のルーキー茅野優真が卒業式に参加するため今日の練習にはいない。控え組の亀井智広と野口拓斗も今年の高卒ルーキーだが野口はユース出身、亀井は尾道市の隣にある三原市にある高校の出身なので練習には参加できる。しかし茅野は鹿児島と遠いので仕方なく一時離脱となっている。


「今日はよろしくお願いします荒川さん」


 グラウンドに散った秀吉の話しかけてきたのは長身の、だがいかにも人の良さそうな顔をした男であった。この男は横浜Mからレンタル移籍で加入した有川貴義だ。秀吉は練習を見て一番凄いのはこの男だと見込んでいたが、紅白戦では自分と同じ控え組に入っている。その原因はおそらくメンタルにあるんだろうと秀吉は推測した。


「おうよろしく、と言いたいところだがこっちはテスト生の身分なんでね。結構エゴ出していくから邪魔だけはするなよ」


 秀吉は集中力を高めた鋭い目つきのまま、地声より低く作った声を響かせた。有川の唇は震えていたがグラウンドに情けは無用、ましてや自分は点を取ってなんぼの選手なのだから同じチームのFWは今はむしろライバルと言える。


 それにしても、だ。


 ちょっと怖い声を出しただけでびびる有川を見ると、恵まれた体格を持ちながらJ2へレンタル移籍となった理由はやはり推測通りなんだろうと確信した。


「まあ、いいだろう。この手の選手はどこの国にでもいるものさ。そして大半は才能を腐らせたまま引退しちまうんだからもったいねえ話だぜ」


 このつぶやきは有川には届いていない。

100文字コラム


尾道スペック番付。短距離走トップは山吉で王御野が続く。持久走は山田が貫禄の一位で次に今村小原。跳躍力上位三傑は王茅野山吉。キック力首位は有川で松井開田が続く。総合的には王山吉が優秀だが新人茅野も健闘。

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