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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2021 旅路の果て
319/334

歌って踊って飛んで2

「リーグ戦が再開してからここまで、いささか小さくまとまりすぎている。それは今年というシーズンの重要性をみんなよく理解しているからだ。年末には否応なく訪れる4チームの降格。それを思うと慎重に戦うのは自然だからな」


 試合前のミーティングで港監督はいつものように選手達に語りかけていた。マスク越しに放たれる言葉の一つ一つに真夏の日差しにも負けない情熱的な決意に溢れている。


「でも今日はその柵から自由になるべき日だ。俺達のサッカーのモットーは攻撃。そのアグレッシブにゴールを目指す精神をなくして勝ち得るものなど何もない! 手にするか、手放すか。それはお前達がこれから決められる。掴んでほしいんだよ。俺がその色のユニフォームを着ていた頃には夢より遠かったものを。タイトルを!」


 端正な表情を崩さないまま、しかし一字一句、一音ごとにまといつくこの熱気は一体何だろうか。勝利への執念。タイトルへの渇望。言葉にするといかにも陳腐な表現だが、その揶揄を正面から受け止めてなおも求めるために進もうとする強い意志がこの炎を揺らめかせる原動力であろう。


「だから今日はスタートから一気に爆発させよう。栄光とは攻めて攻めまくってようやく得られるものだから」


 指揮官の想いは確かに選手達にも伝わっていた。試合開始直後から積極的なプレスを仕掛けてボールを保持すると、そこから迫力のあるオフェンスを何度も仕掛けて相手ゴールに向かって猛然と襲いかかった。


 まずは試合開始直後、まだ相手がボールにも触っていない段階から尾道の牙は研ぎ澄まされていた。中盤で軽くドリブルしていた桂城がいきなりペースをアップさせるようにロングボールを前線へと蹴り込んだ。


 そのタイミングをあらかじめ知っていたかのように走り出した野口が頭で合わせて左へ散らし、これまたジャストなタイミングで最高速度に達していた奈古が相手ディフェンスを振り切るとそのままシュートを放った。


 ほとんどアメフトのサインプレーのように無駄のない動きの連続だったが最後の最後、相手キーパーの神がかった反応速度によって惜しくも阻まれた。これが決まっていれば今日の試合も楽勝で制しただろう。しかしそうはならなかった。


 決して誰かのプレーの質が低かったとか戦術がまずかったとかではなく、間違いはなかったはずなのに相手の動きも含めてどこかほんの少し、コンマ単位のズレによって噛み合わない。ここから20分間、何度もチャンスは作ったがまるで呪われたかのようにポスト直撃したりファインセーブやブロックに遭ったり、ゴールネットを揺らせないまま時が過ぎていった。


「そうは言っても圧倒的に攻めているのは尾道だ。きっとそのうち……」


 そんな楽観的な見方もあったが、決めるべき時に決められないと手痛いしっぺ返しを食らうのはサッカーにはありがちな展開であって、今日もまたそんな自然の摂理と言い換えも可能な魔力の前に屈するチームが現れた。


 前半23分、この時点においても尾道はボールを保持した上で攻勢を仕掛けていた。しかし西東のクロスが野口の渡る前にヘディングでクリアされたかと思うと、ここで一気にギアを上げた相手のスピーディーなボール回しの前に一瞬にして逆の形勢を作られた。


 磨き抜かれたカウンター。しかし尾道ディフェンス陣はまだ人数を残している。ドリブルを仕掛ける相手FWに対してもしっかりとヘジスによるマークが付いており簡単に突破は許さなかった。


 そこで相手は窮余の策で、切り替えしたかと思うと強引にシュートを打ってきた。ヘジスはギリギリで反応して足を伸ばしてボールに触れたが、それがかえって災いとなった。接触によって変化した角度は、守護神潘の予測とは反対側へと軌道を変え、まるで金縛りにあったように恨めしくゴールネットを揺らす瞬間をにらみつけるしかなかった。


 ここまで圧倒的に攻めていながら一瞬の隙を突かれての不運な失点。なぜだ理不尽だ、こんなはずでは……。そんな負の感情がチーム内でにわかに広まり、それを立て直せないまま2分後には桂城がペナルティエリア内でハンドを取られてのPKで失点を増やしてしまった。


 いくら守備が得意とは言い難い桂城とてわざと手を伸ばすようなアンフェアな行為を行うはずもないのだが、VARもある時代においてそう判定されたのなら仕方ないだろう。結局一瞬の心の空白が生んだ不要なミスであったと言える。


 そこから多少メンタル面の落ち着きを取り戻したが、試合序盤ほどの勢いを取り戻すには至らず結局2点ビハインドでハーフタイムを迎える事となった。


 間違いなく不本意な結果。控室に戻る選手達の足取りも重たい。なんとしても勝ちたい、その願いを人一倍持っていたであろう監督はさぞかし怒りに満ちているだろうと思いきや、中で待ち構えてた指揮官は拍子抜けするほど穏やかな表情で「概ねよくやってくれたな」と選手達をねぎらった。


「特に最初の20分は素晴らしい内容だった。しかし一瞬その集中力が途切れた瞬間もあり、そこだけで2点を失った。ここまでの方向性は間違いじゃない。後半も引き続き攻めていこう!」


 常に正解だと信じる道へと進む意志を持ち続けているならば最後はその道へ進む事ができるはずだ。そう確信しているからこそ不幸な失点に拘泥せず、良かった部分に目を向けていられるものだ。そのポジティブは確実に選手達の心にも降り注いでいった。


「そうだ、偶然結果が出なくとも方向性に悩む必要はない。このまま突き進もう」


 そうやって心が一つになったところで、そっと後押しをする。それがサッカーの監督の采配であろう。


「そのためにも新しいエンジンを導入していく。まずは垰!」

「はい!」


 港監督の呼びかけに間髪入れず小学生のような返事をする能天気さに思わずこぼれた笑みが室内に充満した。


「うむ、元気いっぱいだな。そのエネルギーをこれからピッチで爆発させてくれ」

「分かりました!」

「そしてラウル、いよいよ出番だぞ」

「任せな、ボス!」


 かくして後半開始と同時に奈古と交代で垰、そして西東と入れ替えて新外国人のケサダが初めて赤と緑のユニフォームを観客の前に披露した。本当なら大声で迎えたかったサポーター達が万感の想いと願いを込めた拍手で二人に勇気の翼をはためかせる。


 そうして始まった後半戦、尾道は再び加速した。その原動力は間違いなく先程投入された二人のニューカマーであった。


 まずケサダのパワフルなドリブルは、これまでの尾道にない個性であった。身長は低いがその中身はギチギチに詰まっているとひと目で分かる充実したフィジカルで、相手が押しても逆に弾き飛ばすような破壊的な突破で何度もチャンスを作った。


 そこを仕留めるハンターとして加わった若き垰は、切れ味抜群の動き出しと思い切りの良いシュートでフレッシュな感性を呼び込んだ。それが結実したのが後半7分で、ケサダが強引とも言える中央突破からシュートのように鋭いクロスを放った。


 こんなもの対応できるものか……、というポジションに勇躍飛び込んだのが期待の背番号11であった。そしてこの垰は188cmの長身ゆえ、それに届くのだ。


 この左足のゴールでまず1点を返すと、後半18分にはコーナーキックを頭でねじ込んだ。それまで尾道の高さといえば野口が筆頭で、セットプレーの際にはバルニエらセンターバックにも気をつければ対応できた。


 しかし今はそれに加えて垰というオプションもある。警戒すべき相手が増えるとマークが分散されるし、そうなるとパワー勝負で押し切るケースも増えていくだろう。まさに尾道の最終兵器がここに見参したのだ。


「ふっ、だが俺はこの程度じゃ褒めてやらないぞ、タオくん。しかし俺も幸いな男だ。今表舞台から立ち去ろうとする間際に、これほどの才能と巡り合うのだからな」


 秀吉はベンチに腰掛けたまま微動だにせずその光景を眺めていた。目つきは常に鋭い。しかしマスクで隠された口元は緩みっぱなしだった。


「そしてヒデよ、どうやらお前にも出番がありそうだ。しっかりアップしておけよ」

「ええ、そうしましょう」


 指揮官の司令によって一選手はすっくと立ち上がった。港と秀吉、今の立場はあくまでも監督と選手、使う者と使われる者に隔絶している。しかし心では同じ服を纏っていたあの頃と何も変わってはいない。


 だから港監督が真に勝利を追い求める時、一番信頼する男である秀吉はいつもそこにいる。そして今日もまた……。


「さあ、行って来い!」

「ええ監督。なんとしてもゴールを奪ってみせましょう」


 後半25分、山崎兄と交代で荒川秀吉40歳の投入。同点に追いついたばかりの尾道が勝ち越しゴールを奪うための最後にして最大のピースが、今埋められた。

100文字コラム


オリンピックは終わったがパラリンピックの熱戦は続く。選手達の話題の中心はやはりブラインドサッカー。試しに視覚を遮断して練習したところまるでサッカーにならずいかに光の恩恵に与っているかを思い知らされた。

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