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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2021 旅路の果て
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1年遅れの2020

 大雨で大地は崩れ去り人間を押し潰すほどに荒れ狂う日本列島。しかし雨が止んでも今度は夏の日差しが殺しにかかるし、そのうち台風も訪れるだろう。そんな中、1年の延期を経て東京オリンピックがいよいよ本当に始まろうとしている。


 どうせ開催されるなら本当はもっと応援される、愛される大会になれば良かったのだが、そうならなかった現状を嘆いたところでもうどうにもならない。心の奥底に心配事星の数ほど隠した中で気持ちで「さあ、いよいよお祭りだ!」なんて快く口にできるはずもないだろう。


 ともあれ東京で狂乱の日々が繰り返される中で、そこから遠く離れた尾道では静かに密やかに、しかし着実な変化が進みつつあった。ちょうどリーグ戦は中断となるわけだし、進化するには絶好のタイミングだ。


 それでまずいなくなった人達からだが、6月にはパブロ・セラーノの退団が発表された。新天地はイタリアの二部リーグだと言う。


 かつては世界的ストライカーの一人と目されながら、相次ぐ怪我によってその第一線からは退いていった。そして主戦場だったヨーロッパからユーラシア大陸を横断した東西の両端である日本に落ち延びた。その時、もはや誰もがこう感じたであろう。パブロ・セラーノはもう終わりだと。


 確かに来日した2019年の夏からしばらくは動きが悪かった。それでも時折見せる強烈なシュートはまさしくワールドクラスだったし、何より本人が諦めなかった。尾道のスタッフが主導するハードなメニューをこなすなど、今や全盛期の力には及ばないと自覚した上で再び輝くための努力を欠かさなかった。


 その成果が出たのが去年、2020年の活躍であった。パワフルなプレーに加えてさすがトップ中のトップ選手の中で揉まれてきたという勘所の良さ、本来主演を担うべきスターでありながら時には引き立て役も厭わない献身ぶり、そしてどれだけ脇に回ってもなお匂い立つスター性。何もかもが魅力的だった。


 かつてはトップ女優との派手な交際やどこかのバーで大暴れといった様々なゴシップを提供し、人間性に関しても何も知らない人間から好き勝手に言われてきた。しかし接してみれば一目瞭然。結局のところ、パブロ・セラーノとはサッカーが好きなだけの男に過ぎなかったのだ。


 もしも彼が小さなプライドに拘泥する程度の男であれば日本では輝けなかっただろうし、こうして日本で活躍したからこそ一度は見捨てたヨーロッパに再び振り向かせた。全てはサッカーのために生きてきたからだ。


「私は尾道に来て多くの誠実な友人と信頼できるスタッフ、そして情熱的かつ節度のあるファンに巡り会いました。この2年間は私にとって、忘れ得ぬ宝物となりました」


 そんな言葉を残して、彼はチームから去っていった。本来交わるはずのない男と過ごした日々は、むしろ尾道にとってこそ宝石にも勝る黄金の日々であった。


 そして7月上旬には背番号10を担う森川がオランダの強豪クラブへ移籍が発表された。彼に関しては、かねがね「ヨーロッパのクラブからオファーが来た」などと噂には上っていただけに当然として受け止められた。


 この森川、小学生の頃から出身地の東京ではよく知られた逸材だったが、家庭の事情などもあり中学時代はその実力を発揮できる環境になく、それでまったく無名の高校に進学したが、真の天才とは光り輝くのに環境を選ばないものらしい。高校でも一見凡庸な成績に終わったが、その匂い立つ実力を買った当時の能島GMが熱心な勧誘の末尾道に引き入れ、ドラマはここから再回転を見せた。


 当初はDF登録だったが、どんなポジションのどんなプレーも万能にこなすテクニシャンとして1年目の開幕戦でいきなりスタメン起用されるという破格のデビューを飾った。そこから一時期は伸び悩んだが、去年に大成長を見せて中盤の大黒柱に成長。まだまだ若いのでこれからの成長が楽しみだ。


 まったくもって楽しみなのだが、せっかく育てたり復活させて大きな戦力となった選手からこのように率先して引き抜かれるのは世界的競技の宿命とは言え尾道の戦力としては極めて痛いのもまた事実。7月に入ってからは連敗してオリンピックの中断に入ったのも、ダメージの大きさを裏付けている。


 しかし扉は常に開かれているからこそ、去る者もあれば来る者もある。というわけで二人の選手を矢継ぎ早に獲得した。


 まず一人目は岩垣汰熊。広島県と接する岡山県井原市出身、小学2年生から吉備ワンダラーズでサッカーを始め、小田工業高校を経て現在は両備金属に所属するストライカーだ。


 しかし上記の経歴を並べ立てたところでピンとくるサッカーファンは岡山県民の一部だけであろう。いずれも全国的にはまったく無名のチームであり、そもそも本人としてもサッカーで生きていこうという意識は全くなかった。


 確かにこの競技は大好きだけど、そこまでの才能があるわけじゃない。幸い父親と同じ企業に就職できたし、ずっと生まれ育った岡山県西部でこれからも生きていくんだろう、それが自分に一番合った道だろう。そう信じていた、ある瞬間までは。


 そんな地元志向男の運命を変えたのは尾道と対戦した6月の天皇杯で、自身初となるプロ相手に冷静に先制ゴールを決めるなど大健闘を見せた。最終的には尾道がプロの意地を見せて1対5と差を付けられたが、そんな状況においても試合終了のホイッスルが鳴らされるまでプレスを仕掛けるなど心は最後まで屈しなかった。


 ちょうどこの試合を視察していた佐藤SDは試合終了後、即座に練習参加要請の連絡を申し込んだ。そこでも荒削りながらガッツ溢れる、キビキビした動きは際立っていた。しかもまだ19歳の若さ。「育ててみたい」という原石の魅力に、正式なオファーが届くのは自然な動きであった。


 そこから家族会議を開き、両親から了承を得て加入決定。本人としても今やプロの荒波に揉まれる覚悟はできている。尾道にとっては昨日の敵は今日の友を地で行く期待のルーキー誕生となった。背番号は32。


 そしてもうひとりは、ある程度このクラブを追いかけてきたファンならばその名を知らないはずのない男であった。桂城矢太郎。この男が三度目となる尾道への復帰を果たしたのだ。


 2009年に期限付き移籍から主力として大活躍し、これは1年で元のクラブへ戻ったものの2013年には完全移籍で加入。そこから昇格に貢献するなど大黒柱として君臨しつつ2017年を限りに退団した。


 実力に関してはもはや言うまでもない上に、2016年には現在の港サッカーの源流と言える佐藤監督の下でボランチとしてプレーしているので方向性も熟知している。同じポジションの森川が抜けた穴を埋めるまさしく即戦力として、これ以上の適任は考えられないという存在であった。


 なお背番号は18に決定した。今まで尾道では7番しか背負った事がないので「かえってフレッシュで良い」と、三十路を超えても相変わらず太陽のように爽やかな笑顔を見せた。


「おかえりなさい、ヤタローさん!」

「久しぶりだな。まさか戻ってくるとは思わなかったぞ!」

「ご無沙汰してますヒデさん。俺もびっくりしていますよ。またヒデさんとプレーできるなんて。タクトもキャプテンが随分板についてきたじゃないか。プレーを見ても堂々としてるよ。アンゼ、ナコちゃん、リョーちゃん、イカちゃん、キノ。みんなあの頃よりずっと上手くなってるし、俺もしっかりやらなきゃな」


 尾道に加入、というか復帰してから初の練習参加で、当時を知る仲間達に早速囲まれていた。秀吉、野口、河口、奈古、西東、池角、木野下。彼らはかつての同志の帰還を一様に喜び、そして桂城も旧友の顔に言い知れない懐かしさを覚えていた。「やはり俺の本拠地はここなんだな」と改めて思うほどに。


「しかしまあ、キノとリョーちゃんは顔つきも随分たくましくなったなあ。ナコちゃんはあの頃のまんまだけど」

「しっかり寝てるからな!」

「それよりヤタローさんこそ、全然変わってないじゃないですか」

「それが結構変わってるんだよ。歳を取るとどうしても……、そこはヒデさんが一番詳しいと思いますけど」

「三十路と四十路じゃまた段階が全然違うんだがな。ただ見た目もだけど特に中身が大変だよ。疲れが全然取れなくなるの」

「ですよねー。気をつけろよ、若さなんて驚くほど早く消え去るから。アンゼなんかそろそろ30だよな」

「いやあ怖いですねー。9月になるのが」

「うーん全然ついていけない話題だ。やっぱり経験を積んで見える世界ってあるよね」

「そうだねイカちゃん」

「はいおしゃべりはここまで! 後の交流は言葉よりもボール越しで行うとしよう。さあ、練習開始の時間だ!」

「おう!」


 こうしていち早くチームの空気に馴染んだ、というよりも思い出した桂城は練習においても心得たプレーぶりで監督を安心させた。リーグ戦再開後は即座にレギュラーに君臨するだろう。オリンピックの影響で外国人補強はほぼ凍結された現状において、これ以上はなかなか望めないだろうという途中補強であった。


 そしてそんな各方面に多大なる犠牲を強いてまで挙行されるお祭りはわずか10日後の7月23日に開会式を迎える。何事もなく終わるわけがないので、できるだけ小さい何事かで済んでくれと願わずにはいられない。

100文字コラム


毎年恒例の尾道美男子コンテスト。森川が連覇も間もなくオランダへ移籍したので山崎兄が繰り上がった。「ありがたいけどあくまで一位はノノ」と苦笑い。なお二位は垰、三位に菊池と新鋭が台頭して世代交代が鮮明に。

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