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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2021 旅路の果て
308/334

春の祭典その2

 穏やかな春の一日に突如吹き荒れるつむじ風のような真剣勝負。しかし今日の尾道対G大阪は前半終了時点でスコアレスと、控え目なスタートとなっていた。


 今回の対戦相手であるG大阪は今シーズン現時点において最もコロナ禍の影響を受けたクラブである。というのも、開幕戦だけは無事に行われたもののその後に選手を含めたクラブ内での感染が発覚。それからしばらくはトップチームの活動休止を余儀なくされた。


 まあそこまでは仕方ないのだが、再始動を焦りすぎた結果さらなる集団感染を引き起こしたのは率直に反省すべき部分も大いにあるだろう。ともあれそれで3月中はまるで試合できず、4月からはようやく復活したもののこれまでのところ本来の実力を発揮するに至っていない。


 特にオフェンスに関しては全然得点数が伸びておらずまるで機能していないと評するしかないが、本来は爆発的なパワーを持つ選手を前線に多数有している破壊的なチーム。そういう意味ではベストから程遠い今の状態で当たったのは尾道にとっては幸いだった。特に今シーズン初出場でプレッシャーも人一倍な木野下にとっては。


 一方で尾道も無得点のままだが、これはある程度予想された事態でもあった。そもそも今日のスタメンである尹と山崎兄弟に課せられたミッション、つまり前線からの絶え間ないプレスはしっかりとこなせていたのだから。


 その上で守備だけでなく攻撃でもたびたび良い形を作っていた。最大のチャンスは前半15分、前線と中盤との連動した追い込みでボールを奪ってから速攻を仕掛けた時だった。


 右サイドに流れていた山崎兄がワンタッチで一気にボールを加速させると、それに追いついた宮島のクロスを尹が頭で合わせた。威力もコースも申し分のない一撃だったのに、こんな時に限って相手キーパーのファインセーブが飛び出すのだからついてない。


 今日に限らず尹はこういう場面がやたらと多い。もう一歩のところで守護神が躍動する。ほんの少しの差でポスト直撃。貢献度の高さからするともう少しゴールという目に見える形で報われてもいいのに、一体何が悪いのだろうか。


 ともあれ最後の45分で追い込みをかけるのは当初からの狙い通り。そこで後半開始以降、前線でプレーするリザーブのメンバーのアップのペースが上昇していった。もういつ「行け」と指示されても「任せてください」と言えるほどの仕上がりを見せていた。


 そして港監督はドローの展開を前提に野口と尹を共存させる策を練っていた。それで後半10分を過ぎたところでおもむろにベンチから立ち上がり、野口に指示を出していた時だった。一瞬にして試合展開が急変した。


 そこまではむしろ尾道のようがボールを保持していて、優勢に進めているようにも見えた。だからこの時間も相手陣内でチャンスを窺っていた。しかし山崎兄がペナルティエリア前でパスを受けた時に相手からの強引な、しかしギリギリでファールにはならない絶妙な力加減のスライディングを受けてボールを奪われた。


「まずい、止めろ!」

「前線が斜めに動いている!」


 その危険性はピッチの外で叫ぶ野口や監督以上に、実際対峙している選手達のほうが肌身にひしひしと理解していたはずだった。しかし相手は想定を遥かに上回る勢いで進撃し、次の瞬間には相手フォワードの放ったシュートが木野下の指先をかすめてゴールネットに叩きつけられる光景がその目の中に映っていた。


「ああっ、やられた! どうします監督」

「……案ずる事はない。どちらにせよこの試合、得点が必要だったのだから。ただ順番は少し変わるな」


 本来のプランとしてはすぐに野口を投入する予定だったが一旦取りやめて約5分後に庄野、野口、奈古、そして秀吉の4人を一気にピッチへ送り込むという勝負を仕掛けた。各選手に指示を伝える時間だけ投入は少し遅れたが、その分交代が与えるインパクトは絶大となっていた。


「というわけで頼んだぞ、リオ」

「はい!」

「タクト」

「了解です」

「ナコちゃん」

「よっしゃ任せろ!」

「そしてヒデ」

「ええ、やってみせましょう」


 ルーキーの庄野は初々しく、キャプテンたる野口は紳士的に、心はいつも中学生の奈古は元気よく、そして大ベテランの秀吉は不敵な笑みを浮かべ魔術師のように返事をすると、それぞれがピッチへと散っていった。


 ここまでスタメンとして頑張っていた尹と山崎兄弟、それに宮島はいずれもタフかつ監督の指示に忠実な選手ばかり。それを一気に入れ替えるのはチーム戦術の浸透度で言うとやはりマイナスなのは間違いなかった。野口はともかく奈古や庄野はプレスの強度において劣るし、不惑の秀吉に至ってはスピードもかなり落ちている。


 しかし途中交代組は彼らよりも尖った個性を持った勇士ばかりである。スタメン組がタフに走って相手守備陣にダメージを与えたところにスピードのある庄野、切れ味鋭い奈古、パワーファイターの野口、そしてゴールへの嗅覚に特化した秀吉という純粋に得点を量産するためだけに組まれたメンバーが降り立つ。うまくはまればその破壊力は絶大である。


 という事でこの4人が元気なうちが勝負とばかりに尾道は交代直後から猛烈な攻撃を開始した。特に野口の迫力たるや、本来余裕で90分間を戦い抜ける男が後半途中までエネルギー満タンのままチャージしていただけあって、エンジンは最初から全開とばかりに巨体を揺らして攻守によく動いていた。


 その気迫に圧されて相手のディフェンスラインが下がるほどに奈古庄野といったスピードスターの出番も増えていく。そして秀吉が暗躍するスペースもまた音を立てず、しかし確実に広がっていった。


「猛烈なプレスからこの位置でスローインを得るとはさすがキャプテン、気合入ってるな」

「当然ですよヒデさん。体力は有り余ってますし、それに一日一プレーが全て次へのアピールともなりますからね」


 3月末の代表戦に選出されてから、明らかに目の色が変わってきたとは秀吉だけでなく尾道の誰もが感じていた事であった。


 元々責任感の強い男だ。プロ2年目となる2013年、それまで主力だったシュヴァルツというベテランFWが負傷で試合に出られなくなった時、代役としてまだ実績のなかった野口を起用する事となった。最初は前任者と比べると体つきが未熟、技術も大した事がないとよく叩かれたものだが、シーズン終盤には不動のセンターフォワードとして君臨するまでに成長した。


 それからも世代別代表に選出されれば代表選手らしくプレーできたし、キャプテンに任命されればどっしりとした存在感を見せてキャプテンらしくなった。だからフル代表に選ばれた今、世界に伍して戦えるだけの精神性までも備わるようになった。そんな野口ら4人衆が登場して10分にも満たない後半23分、ついに一つのアクションが巻き起こされた。


 ゴールキックからじっくりとビルドアップをして、楔を打つように放り込まれたパスを野口がうまく捌いて秀吉へと渡した。おもむろに前を向いた熟練のハンターを警戒する相手ディフェンダーがその視線を遮るように次々と連なったのを確認すると、それを見透かしていたかのように素早くボールを横へと流した。その位置には先程までゴールに背を向けていた野口が走り込んでいた。


 この時点で守備陣の意識はほとんどが秀吉に向けられていたため野口はフリー状態。ボールが渡ると決定的だ。ならばその前に弾き飛ばさなければと焦った相手が強引なスライディングで打破を図ったが、さすがにこれは乱暴すぎた。ボールではなく野口の軸足を刈り取るような悪質なタックルとなった。


「タクト!!」


 ホイッスルのけたたましい叫び声とクロスして秀吉はフィニッシャーとなるべき巨体が倒れ伏したポイントへと心を急がせた。


「なんてタックルだ! 大丈夫か!?」

「くっ、テーピングすればいけると思いますけど……」


 右目をきつく閉じて歯を食いしばりつつも、野口の返答は意外と冷静だった。右足首も抑えて確かに痛むのだろうが、同時にこれぐらいならどうにかなる痛みだと自分の肉体としっかり相談が終わっている風であった。


「それよりこれでPKでしょ。頼みますよヒデさん。びしっと決めちゃってください」

「ああ、キャプテンがそう言うならそれに従うさ」

「すぐに戻りますから。では」


 最後は笑って会釈などしながら、野口は一時的に戦場から姿を消した。


「しかしまあ、タクトは大きく育ったもんだな。痛みをああも理性で抑え込めるんだから見事な精神力だよ。そして俺も、腑抜けてはいられんよな」


 そしてPKは秀吉が落ち着いてゴール左へと流し込み同点とした。それは秀吉本人が固有の冷静さを発揮したという以上に、直前の野口の態度を見て余裕を分けて貰ったと言たほうが正解に近いだろう。弱かった事を知っているからこそ今の姿がたまらなく頼もしい。この男がいれば尾道は安泰だ。そう思えるほどに。


 そして試合再開されたが間もなくテーピングで固めた足を引っさげて、野口は再び戦地へと身を躍らせた。その走りは先程の傷などまるで感じさせない軽やかさであった。


「戻ってきたか。さすがの有言実行だな」

「せっかくのホームゲーム、同点で万々歳じゃ面白くありませんからね。もう1点決めて必ず勝たなきゃ!」

「ああ、そうだな!」


 残り時間は20分ほど。ここからが真の戦いだ。

100文字コラム


新外国人のヘジス・コスタは過去に来日経験があるため日本語堪能。またラーメンが好物で「いいお店知ってる?」とよく尋ねている。宮島から福山の某店をおすすめされオフに向かうも「閉まってた」とうなだれていた。

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