華のスタジアムその4
「良かったぞ。特に10分から30分までは俺のイメージ通りの動きがよくできていた」
「そうですね。やっててもその時間帯は思った通りにやれてる実感がかなりありましたから」
「去年の最初は3分もそんな時間はなかった。それが5分に10分にと拡大されて、今年はまず前半だけでも20分からスタートだ。後半も概ねこの流れを受け継いで行こう」
「はい!」
ハーフタイムのロッカールーム、港監督の表情と選手達の表情はともに確かな手応えゆえの前向きさが漂っていた。
「もっとも初ゴールに意識を取られすぎてぎこちない奴もいたがな。なあリョーちゃんよ」
「ははっ、すみません」
「謝る事じゃないさ。特にお前は普段から今日ぐらいの意識で積極的に攻めてくれても良いぞ。攻撃も守備も前へ前へと進む姿勢こそ常に求めている部分だからな。トモキも、いいもの見せてくれたな。あのシュート」
「ええ、そうですね。あれ自体は自分で言うのも何ですけど完璧でしたよ。まあ無駄撃ちでしたけど」
「いや、無駄とは言い切れんさ。今日の姿勢を持ち続けていれば遠からぬ将来またゴールが生まれるだろうから。それもチームの勝敗を左右するような一撃がな」
未だに悔しさや空虚さが胸の中を渦巻いて陽気な空気に馴染みきれない今村には特に念入りにフォローを入れつつ、それはそれとして指揮官は次の一手を練っていた。
「ともあれここまで1対1。後半はもっと前への圧力を高めていきたい。そこで使いたいのがこのリオだ」
「おお、出番ですか?」
指示の中で名前を出された庄野がおもむろに一歩前へと出て不敵な表情のままそう問いかけた。今年唯一の大卒ルーキー。当然これまでリーグ戦出場などないのだがプレッシャーなど微塵も感じていないかのような態度はいかにも頼もしく映った。
「うむ。相手の右サイドは攻め上がりこそ強烈だが守備に問題がある。後半はここを崩したい。その場合打ち合いになるだろうが、そうなるとお前の武器であるスピードが活きてくるだろう。さあリオよ、バシッと決めてこい!」
「はい!」
という事で後半開始から庄野、さらに10分後には奈古と交代でより力強さのある山崎弟を投入して敵陣をガンガン突き上げていった。それに対して、相手も受けて立つとばかりにオフェンシブな交代策に打って出た。
盾を捨ててお互いが矛を振り回す状態。お互い攻撃的かつスピーディーなサッカーが展開されたが、こういったサッカーは結果につながらなかった去年から貫いてきただけあって尾道に一日の長があるようだった。特に山崎兄弟がフィールドに揃ってからはジリジリと尾道がスペースを制圧していき、まるで3月の桜のつぼみのように今にも開花寸前の状況まで期待感が膨らんでいた。
そして山崎弟の投入から約10分経ったところで、ついに溜まっていたエネルギーが溢れ出る瞬間を迎えた。発端は後半から初出場の庄野がサイドを突破してコーナーキックを奪ったところからだった。
「よし頼むぜリョーちゃん」
「ええ、もちろん分かってますよ」
長身野口の目配せにニヤリと不敵な笑みを浮かべてからキッカーの西東は左隅へと小走りで移動した。中央には野口に加えてディフェンスラインから桜田とバルニエのファイター二人もおもむろに浮上しており、当然相手としてはここに最大限の警戒をしたくなる。笛が吹かれる前に主審が一度両チームの選手を制するほどの、ここにコロナ感染者がいたらクラスター不可避の密集状態が生まれていた。
「まあ当然そうなるよな。でも残念。本命は……、ここだ!」
試合再開のホイッスルが響くと同時に、西東は鋭く左足のスパイクを地面に食い込ませ、高く強いボールを蹴り込んだ。そのターゲットは桜田も野口もバルニエも、そしてその周囲に群がる水色のユニフォーム達も全て置き去りにしたところに急落していった。
無論、これはミスキックなどではなくむしろ完璧なコース取りを見せた会心の一撃であった。なぜなら、そのボールが落ちた先には赤と緑に彩られた男がポツンと佇んでいたからだ。
「フリーだ!」
「決めろ森川!!」
今日この場所へ集いし1万人の尾道サポーターが一斉に心の中で叫んだ言葉を背番号10の男は寸分の違いなく再現してみせた。飛び込んで弾みをつけたヘディングシュートがストレートな軌道を描いてゴール右隅へと吸い込まれた。
この勝ち越しゴールで勢いを増した尾道はその直後に山崎兄弟による連続パスによる鮮やかな突破から最後は野口が3点目となるゴールを叩き込んで試合を決めた。
後半30分を過ぎたところからは西東と交代で宮島、山崎兄と入れ替えて尹、45分を過ぎたところで森川を下げて赤藤と守備的な選手を相次いで投入。逃げ切りを図った。彼らの献身的かつタフなランニングでせめてもの反撃をとの試みをうまく抑え込んだ。
新スタジアムの初陣を3対1という見事な勝利で飾った事で尾道の選手達のハートは大いに高められた。俺達はやれる。そしてそれ以上に、自分達が追求してきたサッカーは間違いじゃなかった。その自信がよりプレーを積極的にさせた。
いきなり週2試合のタイトな日程が続く中、当然選手をターンオーバーで適宜入れ替えながらこの連戦を乗り切っていくのだが、去年散々叩かれながらも起用を続けた事で力を蓄えた選手達は誰もが水準の高いプレーでチームを形成した。
というわけで2戦目となる鹿島戦は尹、池角、垰でスリートップを結成。中盤にも菊池、川土と前節ではベンチに入っていなかった選手を投入したが、これらの選手がそれぞれの持ち味をしっかり披露して強豪相手に互角の戦いを繰り広げられるようになった姿にチームとしての大いなる成長を見る思いであった。
これが去年だったら「やはり所詮は控えレベルだったか」と肩を落とすようなミスが出て見せ場に乏しい敗戦を迎えるか、仮にそういったミスが消えて全部うまくいったとしても実力的に引き分けが関の山かというプレーに終始していただろう。
しかし今は個々のレベルが高まった事によって港監督が要求する水準のチームプレーをより多くの選手がこなせるようになってきたからこそ、ベスト中のベストとまではいかずともある程度は勝負に持ち込める程度の強さを発揮できるようになってきた。
しかし鹿島相手にはさすがに分が悪い。どうにか耐えて引き分けが精一杯かと思いきや後半開始直後、垰が放ったシュートを相手キーパーが取り損ねるという望外の幸運まで訪れて、その一点をどうにか守りきってなんだか勝ってしまった。
「前節のトモキさんみたいな格好良いゴールを決められたらなお良かったんでしょうけど、やっぱり僕は僕なんで出来る形でのゴールが今はあれしかないからあんな半端なシュートになりましたが、逆にそれが幸いしたのかも知れません。それにどんな形であれ一点は一点なので……。しかもこれでチームが勝てたし、自分が勝利に貢献できたならそれが一番素晴らしいんじゃないでしょうか」
殊勲のヒーローは試合後、若さに似合わず謙虚かつ冷静に自分の思考を披瀝していた。ゴール自体はまぐれもいいところだと理解していたからだ。実際このゴール以外はあまり見せ場を作れないまま途中交代でベンチに下がったのだから、本人からすると今日の自分の出来に対しては辛口になるのも当然だった。
でも相手がミスしたのは垰が積極的にシュートを撃ったからであって、そして垰のシュートを誘発した池角と尹のプレッシングやゴールに背を向けてのポストプレーなど地味ながらも効果的な動き、反撃を封じきった赤藤や川土ら若さ溢れる守備陣の奮闘などは素直に褒めても差し支えないだろう。
日本列島にも華の季節が近付いている今日このごろ、こうして尾道は5試合で3勝2分の好スタートを切った。もはや去年のような脆い姿はかつてのホーム備後運動公園に捨ててきたのだ、と言わんばかりのたくましい戦いぶりは真新しいスタジアムにふさわしい鮮烈さであった。
100文字コラム
山田哲三、川崎圭二、高橋一明、井手幸丸。かつてのヒーローであり現在いずれもコーチや職員として尾道に在籍する四人の名前がカウントダウンみたいだと長山が気付いた。そこで四人は話術とコーラスの特訓を始めた。




