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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2021 旅路の果て
302/334

華のスタジアムその2

 一足早い春の訪れを告げるスタジアム。しかし飛沫感染防止のため歓声はない。これが沈黙の春だと言うのか。そんな今日の横浜C戦のメンバーは以下の通り。


スタメン

GK 25 潘海斗

DF 30 桜田熱獅

DF 19 河口安世

DF  5 バルニエ

MF 31 西東良福

MF 10 森川好誠

MF  4 八幡銀仁郎

MF  2 今村友来

FW 12 山崎臨

FW  7 奈古一平

FW  9 野口拓斗


ベンチ

GK 21 木野下美徳

DF 22 赤藤香志雄

MF 16 宮島傑

MF 20 庄野吏応

FW 13 山崎灯

FW 15 尹世鎬

FW 24 池角斌生


 キーパーは昨年の実績から潘。スリーバックは中央に頭脳派河口を置き、新加入ながらもここまで好アピールを続けてきた桜田と2年目で見違えるほど動きの良くなったバルニエを左右に侍らす。現時点ではこれが一番硬いメンバーと言える。


 中盤には当初の予想通りパサーの森川とハードな守備の八幡が入り、左には今村。懸案だった右サイドハーフのポジションはあらゆる局面に対応できる西東が勝ち取った。


 そして最前線、キャプテンの野口はさすがの盤石さで選出。その下には山崎兄弟が入るかとも思われていたが、練習試合において毎度のようにゴールを決める猛アピールを見せた奈古が山崎弟に競り勝って逆転でスタメンの座を射止めた。ここも右サイド同様難しいところだっただろうが、最後はここまででより結果を残した男に賭けた。


 リザーブにはまず控え守護神の木野下。もう怪我は完治したのでこれからは上げるだけだ。センターバックの赤藤も基本的には怪我など不意のトラブルに対応するための存在。


 サイドハーフにはタフでパワフルな動きに定評ある宮島とスピードが武器のルーキー庄野という、状況に応じて使い分けられそうな異なる個性を持つ二人が控える。フォワードには山崎弟と体を張ったポストプレーに自信の尹、そして今年尾道に復帰した池角が早速ベンチ入りを果たした。


 これまで豊富な実績を誇る秀吉やセラーノではなく、未来の尾道を担うであろう垰でもなく尹や池角をベンチに据える。それは取りも直さず、過去の栄光や未来への期待ではなく今現在の実力を純粋に見極めた結果である。


 セラーノはどうにか隔離期間も終わってチームに合流はしているもののコンディションはまだ完全に整っていない。それでも前線での迫力、存在感は捨てがたいので直前までメンバー入りを検討したが、やはりそれはできないという結論に達した。


 今年一年、そしてこれからも、尾道は個人の能力ありきではなくチームとして戦っていく。新スタジアムになっても、いや、新スタジアムになったからこそこの絶対的なフィロソフィを改めて提示したような、そんな決断であった。


 そしてベンチを外れた選手達は、観客席から今日の試合を眺めている。ファンにとってもそうであるように、選手にとってもこれまでの生涯において一度もなかった光景なのである意味同じ視点、純粋な好奇心をきらめかせつつその場にいるという事実そのものを楽しんでいた。


「やっぱり何もかもが新しいなあ。椅子だって座り心地が全然違う!」

「本当ですねヒデさん。芝生もこうやって上から眺めると一枚の絵画のように綺麗で……。やっぱり出たかったなあ」

「まあ仕方ないさ。これも実力ゆえだから。しかし垰くんよ、お前はこれからいくらでもチャンスはあるだろうから焦りすぎる事もなかろう」

「はい! あっ、そう言えばこの間ちょっと名鑑見たんですけど、あれはないですよ!」

「何が?」

「好きな花って項目! ヒデさん昔インタビューで好きな花はオオイヌノフグリって言ってたのを見たから僕も好きになったんです。それが何ですか紫陽花って」


 席を開けた上で隣に座る垰とお話していると急にボルテージが上がってどうしたと思ったらこんな事だったので、秀吉は思わず吹き出した。


「いや笑い事じゃないですよ。ちょっと日和りすぎじゃないですか」

「まあまあ興奮しないで。でも紫陽花もいい花じゃないか。色も紫系だし大して変わらん変わらん」

「むう……」


 はぐらかされたような返事に、垰はマスク越しでもはっきり分かるほどに頬を膨らませていた。


「まあまあ、そんな顔するなよ垰。俺個人としては今でも好きだぜ、オオイヌノフグリ。でも状況は刻一刻と変化していくものだからな」

「小早さんでしょ」

「知ってるんなら話は早い。それまでは別に好きも嫌いもなかったんだ。でも好きな人が好きなものだと思って見たら俄然素敵に見えてきたんだよ、紫陽花が。そう言えば紫陽なあ、はいはいがうまくてもう家の中をスイスイと移動しまくってて大変よ。この間なんて晩ごはん作ってたら大陽はちゃんとそこに座ってたのに紫陽だけがいなくなってて血の気が引けたけど、お母さんの後ろについていってたんだよ、はいはいで」

「あっはい」


 さっきまで若い熱量に圧倒されていたのが一転、シームレスに我が子を語り始める親馬鹿攻勢に今度は垰が生返事を繰り返す番になった。


「まあなんかうちの子らはどうも女の子のほうが活発でね。ああ、この辺は別に真面目に聞かなくてもいいぞ。ただ俺が語りたいだけだから。それで大陽は車のおもちゃが楽しいみたいで放っておいたら一人でずっとクルクル動かしてるんだよ。今のうちからサッカーボールを与えて英才教育と洒落込んだけどすぐ飽きたみたいにポイと……、おっと」

「リズムが、途切れた……!」


 それまで鳴り響いていた音楽が急に途切れたので会話もまた途切れた。「一体何が始まるんだ」と意識を集中させると、間もなくスタジアムDJのナレーションとともに姫野社長が歩み出てきた。


「日増しに暖かくなり、確かな春の息吹を感じるこの穏やかな午後に、我々の新たなる戦いの幕開けを告げる鐘の音が鳴り響いています。そして本日、膨大なる愛と情熱、希望を体中に溜め込んでこの場所へと足を運んでくださった皆様、ようこそここへ! 我々ジェミルダート尾道が30年近い時を超えてこの手に掴んだ新天地、ラピスフィールド備後の歴史はここから紡がれていくのです。その輝かしき瞬間を皆様とともに迎えられる喜びに、私の胸は高鳴りを抑えられずにいます」


 まだ若く顔も良い社長だけに、ペンキの匂いすら漂ってきそうなほどに真新しい輝きを放つスタジアムの雰囲気に全く引けを取る事なく朗々たる声で挨拶を終えた。それから尾道市長だの県サッカー協会の偉い人だのが延々とお話してそろそろだれてきたかなというところで、スタジアムDJが再びマイクを手に取った。


「Since 1993。14人のサッカーを愛する男達によって備後尾道に蒔かれた小さな種は大地に根を張り、幾千幾万の心ある人達から放たれる情熱という光に育まれながら少しずつ、しかし着実に成長していきました。そして今、2021。29回目の春を前に蕾は膨らみを増し、いよいよこの世界に一つしかない華を咲かせようとしています」


 普段より厳かな声で語るのと同時に神秘的かつ開放感のあるBGMが四方から漂い始め、同時に新調された大型ディスプレイから過去の試合の映像やいかにもドローンで撮影したような空撮などのイメージカットを適宜はさみつつ新スタジアム完成を告げる格好良いVTRが流れ出した。


「おおう凝ってるなあ。これテツさんが監修してるって言ってた奴か」

「出た昇格決定ゴール! これ何度も見返しましたよ」

「ありがとなー。我ながらあれをよく決めたと思うよ。もう得点王になった頃はこんなアクロバットもきつくなってたからなあ。本当に色々な意味でギリギリのタイミングだったよ」


 続いてスタメン発表では選手の名前が呼ばれるたびに腕を組む、ガッツポーズするなど実力を誇示するようなアクション込みの映像が派手なエフェクトとともにテンポよく現れて、DJもまさしく水を得た魚のように生き生きとした滑舌で煽り立てる。


「ははっ、見ろよあのトモキのポーズ。随分と気取ってんな」

「ナコちゃんそれはふざけすぎでしょ」


 やんややんやと勝手な事を言いながら、でもあんまり大声にならないよう自重しつつガイドラインに従って手拍子でエールを送ると、間もなく映像の中の存在が質量を伴ってその場に降臨した。


 春待ちの力強さを増しつつある日差しとそれを遮る屋根による光と影の明確なコントラストも今までのスタジアムには存在しない風景だった。


 いつもより二割増しでぴりりとした表情を浮かべながら集合写真を撮影し、いよいよキックオフ。野口から山崎兄、そして森川へと滑らかにボールが流れていった。それはさながら雪解け水で勢いを増す清流のようであった。

100文字コラム


山崎兄弟の違いを説明する際は「兄臨がマイルド弟灯がワイルド」が常套句となっている。顔もプレースタイルも分かりやすいので今年のカレンダーでも採用されたが灯は「この写真じゃ俺の顔がまずいみたいだ」とお冠。

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