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苦闘その3

 またも敗れてしまった。山形から傷心尾道に戻ったイレブンだが、さらに空気は悪化していた。試合中でありながらチームが2つに割れてしまったのが尾を引いている。


「畜生、なんてザマだ。こうも勝利に見放されるとは」

「やっぱりJ1経験のあるチームは違うなあ……」

「もう努力じゃどうしようもない流れなのかも……」


 練習前のロッカールームでも気弱な声が支配する。ある一角を除いて。


「だから! ここで動かなきゃ今の流れを変えるなんてできないでしょ!」

「冷静になれ。今みだりに動いたところでかえって泥沼にはまるだけだ」


 今日もまた右サイドの山吉とキャプテンの港が激しい口論を続けている。特に山形戦以降この2人の考えの違いが表面化しており、グラウンド内外で舌戦を繰り広げている。


「こんな状況だからこそ! もっとアクティブにならないと!」

「こんな状況だからこそだ! 勝手な事ばかりやられるとまとまるものもまとまらなくなるだろう!」


 お互いに譲れないものがある2人の価値観のぶつけ合いはまだまだ着地点を見出せそうにない。


「今日も激しいですね2人」

「まあ、どっちが正しいとか間違いとかそういう話じゃないからな。答えなんて出ないさ」

「せやな。わいはもっと色々試してもええんちゃうかって思うんやが」

「確かに動くのも必要ですけど、キャプテンの言う事も実際そうですよね。苦しい時こそみんなが一丸にならないと」

「それもそうだよなあ。本当どうするべきなんだろう」


 これは山吉と港だけの争いではない。それ以外の選手たちにとってもまったく他人事ではなく、苦境に陥った時こそ1人1人のサッカー観がむき出しになってくるものだ。自分だったらどうするだろうか、選手たちは考えていた。その内に練習時間となったのでグラウンドに移った。


「今日は紅白戦をしてもらう。チームは次節の徳島戦を想定して行うのでそのつもりで」

「はい!」


 そして監督がチームを振り分けた。その中の「仮想徳島チーム」の右サイドバックには山吉が入っていた。しかしこれは次節では山吉をリザーブに置くという事ではなく、徳島のサイド攻撃に対応するディフェンスを身につけるためであると説明された。そしてそれによって港と山吉は敵チームとして戦う事となった。チーム分けは以下の通り。


仮想尾道

GK 20 宇佐野竜

DF  2 長山集太

DF 21 橋本俊二

DF  5 港滋光

DF 26 深田光平

MF  6 山田哲三

MF  7 今村友来

MF 19 茅野優真

MF 24 御野輝

FW 11 ヴィトル

FW 16 有川貴義


仮想徳島

GK  1 玄馬和幸

DF  3 山吉貴則

DF  4 モンテーロ

DF 25 鈴木仁

DF 12 開田伊多智

MF 17 亀井智広

MF 13 中村純

MF 22 久保春人

MF  9 王秀民

FW 27 荒川秀吉

FW 18 野口拓斗


「悪いけど、俺は俺のやり方を変える気はありませんよ」

「ふん、どこまで言い続けられるかな」


 わざわざ挑発するような物言いのまま山吉と港は両チームに分かれた。フィールド全体に22人が散らばった直後にホイッスルが吹き鳴らされた。先攻は仮想徳島チーム。中盤の底に位置する中村を拠点にして右サイドの山吉と今日は中盤の位置に入った王が積極的にアタックを仕掛ける。


 それに対する尾道ディフェンス陣は港と橋本を中心にうまくボールを奪っていた。特に成長著しいのが橋本で、港の薫陶を受けた事で持ち前のクレバーさに一層磨きがかかっている。山形戦においてもギリギリまでディフェンスが破綻しなかった要因として橋本が相手のパスをカットしまくってピンチを未然に防いだという部分がある。もちろん今日の紅白戦でも効力を発揮した。


「ナイスカット! うまいぞ橋本!」

「うおーあれをカットされるかー」

「今のは久保もいいパスだったが橋本がよく読んでいたな」


 このカットでボールはサイドを割った。徳島のスローインとなり試合が一時的に中断となった際、秀吉はオーバーラップしていた山吉に声をかけた。


「なあ山吉よ、前の山形戦でのサイド攻撃あっただろ。試合開始にゴール決めかけた。あれはなかなか面白いパターンだったしちょっと説明をしてほしいんだが」

「ああ、いいですよ。あれは僕がボールを持ってから簡単なサインをまず出します。山形の時は腕を上げただけでしたが、これは初めてだったので、今後はもっと色々しようかなと」

「ほうほうそれで」

「そうすると、僕は右にいますからその反対の左にいる選手が動きます。山形の時だとコーヘーにテル。ヒデさんとか前の試合だとシューミンだったけどFWはまずそれについて行きます」

「で、ディフェンスを左にひきつけた所で俺は右に動いていてクロスが上がったらフリーな場面を作り出すって寸法か」

「簡単に言うとそうです。シンプルでしょう。でもそれでいいんです。今のうちのサッカーはほとんど動きがないでしょ。遅攻もいいですけど、どうにかうねりみたいなのを作らないと」

「まあ、それはよく分かるわな」


 ここで試合は再開されたのでとりあえずは別れた。ただ、今日の紅白戦に関してはその作戦の要となる左サイドに人材がいないので封印せざるを得ない。あるいはパスの巧みな小原でもいたなら「左サイドから右へ」という逆ルートもあったかも知れない。しかし深田はスピードはあるもののロングパスの精度は高いとはいえず、実質山吉起点のワンパターンしかない。そこは改善すべきポイントである。


 さて、この試合は相手の右サイドを突破する動きに対応するという目的もあるため、山吉は積極的に攻撃参加した。秀吉は裏を狙ったり、くさびとなる動きでチャンスを演出したり、さすがの技術を見せた。


「よーしこっち中央空いてるぞ! パスパス!」


 前半の20分が過ぎたところ、山吉が右サイドでボールを持った時に秀吉は中央からやや左に流れる形に動いた。右サイドを固めていたので一瞬スペースが出来たのだ。ディフェンスの穴に気付いた橋本がそれを潰そうと走ってきたが時間的にはもう少し余裕がある。ここにパスをすればキーパーと1対1の局面が作れるかもしれない。しかし山吉はパスを選択しなかった。


「すみませんヒデさん。でも俺にはこの壁を乗り越えなければならないんだ!」


 山吉が選んだのは単独でのドリブル中央突破であった。ペナルティーエリアに向かって最短距離で侵入してくる。マークについていた左サイドの深田をスピードで振り切ると、エリアを阻むのは正面の港1人となった。


「さあ来い山吉! しかし簡単には抜かせんぞ!」

「何としても抜いてみせる!」


 闘志をむき出しにして突破にかかる山吉を前にしても百戦錬磨の港はあくまでも冷静だった。脚の動きを注視して、方向を読みきった。


「このフェイント、左に行くと思わせておきつつ、右だ!」

「うああっ!」


 上半身を揺らしつつ右に舵を取った瞬間、強烈なスライディングがボールを襲った。山吉は大きく転倒したが完全にボールに行っていたため当然ノーファール。


「速攻!」


 ボールを奪った港はすかさずロングボールを蹴りこんだ。狙いはもちろん山吉がオーバーラップしていたのでがら空きになっている仮想徳島チームにおける右サイドである。そして走りこんでいた御野がボールをキープした。


「ナイスパース、シゲさん!」

「しまった! テルを止めろ!」


 仮想徳島の鈴木と中村が無人の左サイドをひた走る御野を止めるべく駆けつけてきた。御野は2人を十分にひきつけた後で中央にパス、走りこんでいたヴィトルへとつながった。ヴィトルは持ち前の高速ドリブルで一気にペナルティーエリアへ侵入、玄馬と1対1となってしまった。


「そのまま行けヴィトル!」

「やらせるか!」


 玄馬はヴィトルに向かって突進してシュートコースを塞ぎにかかった。しかしヴィトルは周りをよく見ていた。2トップを組む有川がマーカーのモンテーロを振り切っていたのを確認すると真横にパス、フリーの有川が伸ばした足に触れたボールはゴール方面にコースを変え、そのままネットをゆっくりと揺らすに至った。


「おおおおおおおおし! ゲット!」

「よく詰めていたぞ有川! ヴィトルもナイスパスだ!」

「サンキューキヨシ! やっぱりキヨシとは組みやすいぜ!」

「はは、自分は本当に詰めただけだから、80%ぐらいはヴィトルの得点だよ」


 見事なカウンターからの連携プレーでレギュラー組が先制点を挙げた。


「迂闊だったな山吉。この局面で個人の勝負にこだわるなど、未熟!」


 自分の攻撃失敗が結果的にカウンターを誘発して、このゴールにつながったと気落ちする山吉に向かって追い討ちをかけるように港が切りかかってきた。山吉も反論しようとしたが、虚勢を張るにはあまりにも傷が深かった。


「くっ、何が言いたい!」

「言いたい事はすべて今までに言った。大局を見られないと本物にはなれないぞ」


 港の言いたい事は分からない訳ではない。しかし一番言われたくない人間に言われたという極めて感情的な理由がノイズとなって素直に聞き入れることが出来なかった。しかししかし、その言葉自体は一理あるのではっきりと拒絶もできず、できる事といえば悔しさをかみ締める事だけであった。結局、その後の山吉は精彩を欠いたプレーに終始したまま前半を終えた。

100文字コラム


ジャマイカとハワイの音楽が融合したジャワイアン愛好家の深田。ゆったりとしたリズムが心地良いがまだまだ知名度は低い。御野に聞かせるも「インドネシアの音楽じゃなかったんですね」ととぼけた回答に思わず苦笑。

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