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入団その2

 ここでこの男、荒川秀吉に関する説明をしておこう。1980年11月7日、京都府に生まれた。小学生の頃からサッカーを続けていたが、全国的な注目を集めたのが伏見城西高校2年生の時である。京都府代表として出場した全国選手権で5試合7得点という大活躍を見せたのだ。当然Jリーグが超新星の登場を見逃すはずもなく、複数のクラブから勧誘を受けた。しかしその時点ですでに本人には意中のクラブがあった。


 それは選手権以前から接触を続けていた横浜フライヤーズである。本人も個性的な選手が集まる横浜Fに対して好印象を持っていた。柏、浦和、名古屋などが相次いでスカウトを派遣したが秀吉と横浜Fとの相思相愛ぶりは鉄壁で諦めざるを得なかった。高校卒業の暁には白と青のユニフォームに身をまとう事になると秀吉本人を含めた誰もが信じていた。しかしそうはならなかった。


 それは高校3年時の1998年の秋の出来事だった。横浜F消滅という信じられない、信じたくないニュースが日本中を駆け巡った。名目上は本拠地が同じ横浜マリンズとの吸収合併だが、これで横浜Fの選手たちはもう二度と一堂に会す事がなくなったので消滅と同様である。横浜Mとの合併クラブに入団できたのは所属選手のごく一部で、それ以外の選手たちは全国各地に散らばっていった。


 1999年、秀吉は新生横浜Mに入団した。しかし彼のモチベーションは最悪レベルにまで落ちていた。


「本来はライバルとなるはずだったクラブになんで自分は所属しているんだ」


 そう思うと自分の無力さが悔しくてたまらなくなり、練習にも身が入らず無為な日々を過ごしていた。もちろんそんな選手が起用されるはずもなく、1年目にしてほぼ忘れ去られた選手と化してしまった。


 こうして腐りかけていた秀吉に対して、頼れる先輩として唯一叱咤激励してくれたのが現役時代の佐藤である。この佐藤も元は横浜F所属だったが、多彩なポジションをこなせる器用さと人格を買われて横浜Mに加入していた。本来の形とは違っていたとしても結局こうしてチームメイトとなったのは秀吉にとっても佐藤にとってもまさに運命と呼べるべき絆だったのだろう。


 一本気な秀吉と温厚な佐藤はよき先輩後輩の関係であった。サッカーに対して誠実な佐藤の人格に感化される、しだいに秀吉も無為に過ごしてきた時期を取り戻すかのように練習に打ち込むようになった。


 しかし2年目になっても公式戦での出番は与えられず、いわゆる二軍戦であるサテライトリーグが主戦場となっていた。ただでさえ強豪として知られていた横浜Mに選手個々の実力ではトップクラスと評判だった横浜Fの選手が加わった事で選手層は極めて厚くなっており、並大抵の実力ではベンチ入りすらできない状態だったので仕方ない。しかし秀吉はもう腐ったりはしない。試合に出場できずとも佐藤とともに練習を続けて機会を待った。


 彼らに転機が訪れたのは2年目のオフであった。まず秀吉がJ2鳥栖へのレンタル移籍となった。この時期の秀吉は出場機会に飢える狼と化していた。彼にとって選手層が薄く若手も積極的に起用する鳥栖のようなJ2のクラブは絶好の餌場であった。また、佐藤は横浜から戦力外となり広島への移籍が決まった。広島では控えとして2年間在籍してから現役を引退し、広島ジュニアユースのコーチに就任し、指導者としてのキャリアがここからスタートした。


 秀吉は巧みなボールタッチや正確なキックでコースを射抜くようなテクニックに秀でた選手ではない。しかしそれゆえにゴールに対する執着心は凄まじく、それこそ殺るか殺られるかという気迫を全開にしてボールに向かっていく無骨なプレースタイルで「怖さ」があるストライカーである。


「秀吉よ、お前の武器は何だ? ドリブルか? パスか? 違うだろう。そんなのは出来る奴に任せて置けばいい。お前は泥臭く相手に向かっていけ。そしてお前はそれが出来る男だ」


 これは当時鳥栖の監督を務めていた高須正弘が秀吉に投げかけた言葉である。この言葉を胸に秀吉はJ2で戦い続けた。


「下手で元々、自分がやれる事をやりきるだけ」


 あまりにも不器用でゴツゴツしたやり方ではあるが、それが秀吉には一番似合っていた。監督からは試合に出るたびに成長していくと絶賛され、自分自身でもそれを実感する事でさらに急激な伸びを見せた。結局この年は34試合で13得点と、FWとして確かな実績を残した。


 翌2002年、横浜Mとの契約が切れて鳥栖に完全移籍を果たした。しかし鳥栖はこの年に社長が交代すると、それまでもくすぶっていた経営問題が爆発。サッカー以前の問題としてクラブのゴタゴタが選手を蝕んだ。ワールドカップイヤーでもあったこの年、秀吉は怪我もあり26試合で6得点と実力をフルに発揮できず苦しい1年を送った。


 来年こそはと燃える秀吉に、しかし突きつけられたのは来季の契約を結ばないという非情な通知であった。一説には当時の社長に対して忌憚なき意見を述べたのが原因とも言われている。


「(2002年シーズンについて)今年は駄目だったけど来年取り戻そうと考えていた。しかしそんな機会は与えられなかった。あの時は次があると思い込んでいたが、本当は今すぐ取り返さないといけなかった」


 これは後に本人が語った言葉である。鳥栖を追われた秀吉にはJ1クラブからのオファーもあったが全てを振り切りブラジルへ向かった。内面の甘さを捨て、サッカーの本場で全てをぶつけるためにあえて茨の道を突き進む決意をしたのだ。


 全国選手権3部リーグに所属するクラブに入団したが当初は練習中にボールが回ってこなかった。これはいじめや差別ではなく、力のない者に与えられるものは何もないという厳然たる区別ゆえである。しかし秀吉は必死の努力と結果によってチームメイトからの信頼とポジションを掴んでいった。


 ブラジルではただゴールに対する嗅覚だけを研ぎ澄ましていった。よりがむしゃらに、そしてより精度を上げる。一見正反対に見える2つの要素を同時に高めていったのがこのブラジル時代であると言える。


 次第に「HIDEYOSHIは欲しい時に点を取ってくれる」という評判が広まっていった。この評判はブラジル全国選手権2部リーグ昇格をかけた大一番でハットトリックを叩き込んだ事で確固たるものとなった。


 こうしてブラジルで一定の活躍を見せた秀吉は2004年、ポルトガル1部のクラブに引き抜かれる。それからは需要に応じてギリシャ、エジプト、スイスのクラブを渡り歩いた。特にスイスリーグでは得点ランキング2位に食い込む活躍を見せた。この頃、秀吉が日本代表に召集という噂が頻繁に立ったが結局青いユニフォームをまとうことはなかった。すべて拒否したとも噂され、それ以来一部では「幻の日本代表ストライカー」と呼ばれるようになった。


 2009年にはメキシコのクラブチームに移籍。さらに2010年からはブラジルに舞い戻ったが、昨年途中に解雇される。その後オーストラリアのクラブに移籍したものの、ここも今年の1月限りで契約が終わった。そして今、日本代表の招集を拒否したように完全に日本を離れてもう戻らないと思われていた男がこうして尾道に立っている。



「しかしなんでここに来たんだお前」

「それはもちろん、尾道の入団テストを受けるためです」

「ええ! 入団テストだって! そんな話、聞いてないぞ」

「そりゃあそうですよ、だって言わなかったんですから」

「しかしなあ、単なるコーチである俺には選手の加入がどうとかそんな権限ないし、どうしたもんかなあ。監督は知っていましたか」

「いや、俺も初耳だった。雰囲気が普通じゃないし、選手だろうとは思っていたが」


 佐藤コーチほど狼狽はしていなかったが水沢監督も言葉を継ぐのが精一杯という喋り方だった。本当に今日来るとは知らなかったのだろう。ただ拒否する理由はないし、全盛期の動きができたら大きな戦力になるだろうと考えて練習参加が認められた。


「無理を認めていただきありがとうございます。さあ、久しぶりの日本だ。ふふ、どうも血が騒ぐな」


 腕をグルングルンと回した後にコートを脱ぐとジャージを着込んでいた。すでに臨戦態勢だ。

100文字コラム


専用の練習場がないため尾道市やその周辺のグラウンドを転々とする尾道。的確な選手補強や水沢監督の指導もあって戦力面では充実しつつあるからこそ悲願の昇格を達成するにはハード面の充実こそ必要不可欠であろう。

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