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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2020 荒野に咲いた花
287/334

熱風流転その2

 讃良とエミリオ・ヒルは海外移籍のため退団、セラーノは怪我と有力な選手が瞬く間にスタメンから消えた尾道。それで連敗が続いて今回の対戦相手は鹿島。常勝チームとしてのブランドは他を圧倒するものがある日本屈指の強豪は、選手獲得においても圧倒的な強みを見せている。


 選手の質に関してはまるで太刀打ち出来ない中で、しかし今日の尾道はよく粘っていた。その要因となったのが前線での積極的なプレスで、特に山崎兄弟の動きは極めて効果的だった。


 兄弟ならではの息があったコンビプレー、みたいな漫画に出てきそうな派手な動きを見せるわけでは決してない。しかしさすがに長らく同じ環境で育った仲、あいつはああやって動くだろうからそれなら俺はこうしようという予測が驚くほど的確なのだ。


 オフェンス大好きだが最初から腰掛けでしかないのであまり監督を軽んじて自分が得意なプレーに走りがちだったヒルとは違ってしっかり指示にも従うし、セラーノや秀吉と違って若いので非常にアグレッシブに動けている。


 もちろん野口もチームのために動ける典型的な尾道の選手。小石川、河口、赤藤のスリーバックや最後尾を固める潘の奮闘もあったが、チーム全体で連動した動きが出来ているからこそここ数試合の守備崩壊とは無縁の引き締まったゲームを演出していた。


 そしてこの個人のセンスに頼らない姿勢が先制点を呼び込んだ。前半22分、きっかけは最前線でのプレスであった。


 最終ラインでボールを回す鹿島に対して積極的に絡んできた野口を嫌がるあまり、パスコースが一瞬乱れを見せた。それを見逃さずに山崎兄がインターセプト、一気にゴール前へなだれ込んだ。


 鹿島からすると想定外のピンチで、本来の冷静な判断力が失われていた。とにかく目の前でボールを持っている相手のシュートを防ごうという場当たり的な動きに終始してしまったが、フォーカスを浴びた山崎兄はこの場においても視野が広かった。


 まったく無表情で視線もそらさないままおもむろに横へパスすると、まるで打ち合わせ済みであったかのように山崎弟がすっと走り込んできた。


「もちろんいるよなトモルよ」

「当然よ! じゃあこれは俺がいただくぜ!」


 完全フリーの状態で振り抜かれたシュートは相手キーパーの伸ばす手の向こう側をすり抜けて、そのままゴールネットに突き刺さった。兄がアシスト、弟がゴールという山崎家歓喜の一撃で尾道がまずスコアを動かした。


 確かに直接的には鹿島のミスをおいしくいただいただけのゴールにも見えるが、そのミスを誘発したのは間違いなく前線における積極的なディフェンスであり、それは突出した個人はそもそもほとんど獲得出来ないし仮にそうした人材を得られてもすぐ移籍する運命にある尾道において港監督が、佐藤SDが、つまりクラブ全体が目指すサッカースタイルの発露であった。


 しかし今日の対戦相手は鹿島である、このまま抑え込んで勝てるほど楽な相手ではなかった。前半もそろそろ終わりのアディショナルタイム、ペナルティエリアの内か外かギリギリのところで相手フォワードが上手に倒れて、これをPKと判定された。


「それは違うよレフェリー! コイシは触れてない! 勝手に倒れただけだ!!」


 指揮官がマスク越しに猛抗議を展開するも判定は覆らず。守護神の潘はえいやっと右へ飛んだもののこのギャンブルは外れ、結局ハーフタイム直前という嫌な時間帯に追いつかれてしまった。


 沈みかけていた選手たちは、しかし出迎える指揮官の表情が意外にも明るかったのに拍子抜けした。


「俺が監督に就任してから、最後のほんの一瞬を除けば今日が一番いい内容だ。そうだ、サッカーはチームのスポーツ。全員が同じ方向を向けている今の流れを後半も続けてくれ」


 ハーフタイムの短い時間を惜しむように、監督は興奮を隠さない早口で前半の内容を称賛した。それほどに今日の試合内容に手応えを感じているのだ。それはまさしくチームが一丸となって戦えたからに他ならない。


 日本人はもちろんそうだし、来日当初はあんなに好き勝手だったボイェも今ではすっかりチームに溶け込んで苦手だった守備も積極的にこなすまでに成長した。


 今日の試合に関しては病み上がりなのもあって持ち前の爆発的な突破こそ影を潜めているものの、今のボイェならディフェンスラインに入れてもしっかりと役割を果たしてくれるだろうと確信できるほど安定したプレーを見せていて、それも山崎兄弟の奮闘と同じく指揮官を喜ばせていた。


 だからハーフタイムでの選手交代はなし。今年拡大した交代枠を積極的に用いてきた指揮官には珍しい采配である。これも「今の流れを続けていけ」という言葉を行動で示した結果と言える。


 しかしもちろん勝利のためにはどこかのタイミングで今のリズムを変化させる選手交代は必須となる。ではそのタイミングはどこか。それを適切に見極めてこそ本物。港は持ち前の鋭い目つきをさらに細めて戦況を見つめていた。


 そしてベンチに待機している選手たちもいつ投入指令が出てもいいように万全の準備を重ねていた。


 味方11人と相手11人、合計22人の内部におけるリズムが固まって戦況が膠着状態に陥った後半20分、尾道は一気に3人の選手を入れ替えて勝負をかけた。


 交代選手はまずボイェと交代で突貫小僧の奈古、そして新鋭テクニシャンの長屋と大ベテランの秀吉、その年齢差実に約20歳の新旧コンビを山崎兄弟とチェンジでピッチに送り込んだ。今日のリズムを作ったのはまさしくこの兄弟。だからこそ勝利のためにあえて下げるという大胆な賭けであった。


「リンもトモルもいい動きだったぞ。後は俺らに任せとけ」

「そういう事! 二人はベンチで勝利の瞬間を見ててくださいね」


 さすがベテランという秀吉の物言いに便乗して同じような態度で先輩に迫る長屋の度胸に、比較的温厚な山崎兄は苦笑しつつも「はいはい期待してるよ」と受け流したが、情熱的な弟はそれを捨て置けなかった。


「ええ、頼みますよヒデさん。ついでにもう一人もな、みんなの足を引っ張るんじゃないぞ!」

「誰がだ!」

「お前だよお前。練習じゃ確かに少しはましになってきたけどな、本番でやれなきゃ意味ないぜ?」

「やれますよ。俺がやれない男だと思ってるんですか?」

「はいはいそこまで! 早く戻らなきゃ審判に怒られるぞ。そしてソラよ、その気迫はトモルじゃなくて相手にぶつけるんだぞ」

「もちろんですよヒデさん! 俺だってプロですからね。好きな事とは別にやらなきゃならない事はやりますよ」


 山崎弟の仕掛けた挑発にいきり立つ長屋を秀吉は抑えつつ、しかしその真意である「得意な攻撃だけじゃなく苦手な守備にもある程度は頑張れよ」というメッセージだけはしっかりと思い出させた。そしてためらいないオフコースの答えを聞いて安心した。


 この長屋にしろボイェにしろ、去年の時点ではディフェンスの意識が低かったものが随分と改善されたものだ。去年はコーチ、今年は監督として指導してきた港による意識付けが上手くいった結果だが、もちろんオフェンス力もそれまでとは比べ物にならないほど洗練されている。


 そしてその長屋本来の攻撃センスを最大限に引き出すのが秀吉の仕事である。長屋が生まれた瞬間にはとっくにプロ選手だったという年齢差を考えれば考えるほど「もうそんな時代なんだよな」と肝を冷やす思いだが、一度同じ服を着ればその関係性はともにチームの勝利を追い求める同志でしかない。


「さあ、行こうか。勝とうぜ、ソラよ」

「おう!」


 年は離れていてもその目に映るビジョンは同じ。そんな男たちが現れたからには良くも悪くも安定しつつあったこの試合の展開も変わらずにはいられなかった。

100文字コラム


北九州に期限付き移籍中の池角が急成長中。ここまでほぼ全試合に先発出場してチーム最多得点を決めている。「監督の求めるレベルが高くてついていくのに精一杯」と話す姿は充実感たっぷりでさらに伸びる予感十分だ。

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