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幻のストライカーX爆誕(仮題)  作者: 沼田政信
2020 荒野に咲いた花
284/334

再開その4

 どんよりとした曇り空の中でスタートした試合だが、前半はホームの鳥栖もアウェーの尾道も決定的チャンスと呼べる場面を演出出来ないまま45分を終えた。


 連戦が続く中でも選手はアグレッシブに動けていて、決して淡々とした試合ではなかったのだが、やる事と言えば結局中盤での潰しあいに終始した感じでスペクタクルに欠ける展開だったのは間違いない。


 双方が現在連敗中で、まさにそのムードを引きずったような流れに、ようやくスタジアムに集結した、例年よりずっとまばらな観客の口から声にならないため息がそこかしこから漏れ出ていた。


 現在はコロナのため、サポーターが密集してツバを撒き散らしながら応援歌を歌ったり不甲斐ないプレーぶりにはブーイングで応えるような従来の応援スタイルは自粛を余儀なくされている。


 ただブーイングは出来なくてもブーイングに至るような心の流れまで自粛する事は出来ないので、当然不満も溜まっているだろう。というか港監督だってこの展開には全然満足していなかった。


 しかしスタンドに陣取るサポーターと違って、ベンチを陣取る監督はこの流れを変えられる力を有している。その力を、早速使うべき時が来た。


「ここまで連戦連戦で来たけど、よく集中力を保ってくれている。後はフィニッシュの部分だな。そこに至るまでのスピード感を高めなきゃならんな」


 そう言ってハーフタイム、セラーノと交代で山崎弟を投入した。すでに30代にして前の2試合もスタメン出場していたから今日はやや動きが鈍かったセラーノとは対象的な、若くて運動量豊富な山崎に課せられた任務はガンガン走って守備陣をかき回せというものだった。


「さあ勝負は後半! 内容は前より確実に良くなっているんだから、最後は信じる事だ。これまでやってきた練習を、俺の戦略を、そして何より自分の力を!」


 そして後半、山崎弟や宮島といった若い選手がガッツを見せて、数多くのチャンスを作った。しかし相手もさるもので、攻められても最後の部分で決死のブロックやキーパーのファインセーブもあって、もう一歩というところまでは進むものの最後の一線だけはなかなか超えられなかった。


「そんな時こそお前の出番、なんて事は言わずとも分かっているだろうがな。ヒデよ」

「ええ、そうですね。アップも終わっていますし、いつでも名前を呼んでください監督」


 そして後半20分を過ぎたところで、背番号9の名がコールされた。正確に言うと秀吉と若いテクニシャンの長屋が投入され、ここまで必死に走ってきた宮島と連戦続きのヒルがベンチに下がったという図式である。


「お疲れミヤ! ベンチで見てても凄い走りっぷりだったな!」

「それが俺に課せられた仕事だからな! でも相手を結構疲れされたはず! 俺も疲れたけど」

「だろうな。そしてお前の頑張りを無駄にしないためには、これからしっかり俺達が点を取らって勝たなきゃな。なあソラよ!」

「そうっすね。こっからは俺らの仕事なんて、ミヤさんはしっかりダウンしてからベンチで見ててください。エミリオもね!」


 高卒2年目の長屋は、4歳年上の宮島や異邦人のヒル相手にも臆する事のない態度でそう言い放った。その余裕ありまくりな雰囲気は、これがリーグ戦出場2試合目とはとても思えないほどであった。


 歴史的に尾道は真面目な選手が多い。宮島や先に出場した山崎弟はまさにその典型的な系譜だが、一方で長屋のようなタイプは佐久間、二木、謝花など、なかなか才能を安定して発揮させられずに終わるパターンが続いている。


 特に謝花はもう一歩で完全にレギュラーってところまで漕ぎ着けたのにあっさりと去ってしまった。ただ謝花のような華やかな人間からすると、実直な田舎者を擬人化ならぬ擬クラブ化した尾道のような存在はあまりにも退屈だったのだろう。


 そういう意味ではこのクラブの土壌が天才には合わないのかも知れない。ただそうだとしても、宮島みたいな選手ばかりだとどうしても流れが一辺倒になって相手からすると読みやすい、与し易いチームとなってしまう。


 合わないのは百も承知で、それでもブレイクスルーに必須の天才タイプをいかに尾道のサッカーに組み込むか。それは歴代の指揮官がいずれも頭を悩ませた問題であった。


 そこで長屋宇宙。高校時代は王様としてチームに君臨し、去年はそれゆえの献身性の低さや体力不足などをヒース監督に指摘されて出番はなかった。


 しかし確かに光る才能、独特のセンスがあるのも間違いない。それは控えチームとして一緒に組む機会の多かった秀吉や宮島が一番知っているし、もちろん港監督も知っている。


 だから今年はキャンプ中から特に目をかけて鍛えてきたし、コロナによって降格もなくなったからこうして実戦でも使われるようになってきた。ただ正直初出場の広島戦では見せ場を作れずに終わったのだが、それでも期待は変わらないし長屋の態度も変わらない。


 そして長屋のようなセンスあるテクニシャンの供給するパスを、このチームの中で一番的確に受けられる技術を持っているのが秀吉である。


 年の差が20離れていても同じサッカーという枠の中に生きる者同士、あるいは同志であるが故に分かる、繋がっているのだ。二人が投入されてから5分後、それを証明する瞬間が訪れた。


 まずは中盤で長屋が八幡と組んでボールを奪い、それを即座に前線へと蹴り出した。シャープなパスは相手守備陣の反応を上回り、敵陣を切り裂いていく。そしてこれを読んでいたかのように素早く走り込んでいたのが秀吉だった。


 なぜここに来ると分かったのか、それは経験によって磨かれた勘としか言いようがない。とにかく、それ以外の全員が動き出すほんの少し前に正解を感じ取って動き出せる反応速度こそが秀吉をここまで生き長らえさせた異能である。


 ゴールラインを割る寸前でボールをトラップした秀吉だが、角度的にシュートは難しい。それでも狙うかと思えば、それを防ぐべくキーパーは間隔を詰めている。ならばとばかりに右足を、シュートの軌道から強引に修正して小さく折り返した。


「決めろ、トモル!」

「うおおおおおおおおおおお!!」


 ディフェンダーより一歩前へ出て走り込む山崎弟の姿が、秀吉にとっては勝利への道標となる松明のように輝いて見えた。


 胸のあたりまでしか上がらなかった低いクロスを、自分が尾道1年目の時に背負っていた背番号27を背負う若武者は体ごと飛び込んでヘディングでゴールに叩き込んだ。そしてこのゴールが勝利を決める一撃となった。


「ありがとうございますヒデさん! 俺に花を持たせてくれて!」

「何言ってんだよトモル。お前がいなきゃゴールにはなってねえよ。シュート撃つには厳しい角度だったからな。いや本当に、よく走ってくれたよ!」

「これだけは今のヒデさんにだって負けませんからね」


 山崎弟は最後に胸を張ってこう言いきった。その頼もしい姿に秀吉は思わず目を細めて、20年ほど前の自分を浮かべた。あの時の俺もこの場所で、自分の誇れるものを見つけた。それと同じ瞬間が今、彼にも訪れているのだろう。


 尾道はその後守備固めに奔走。疲労から運動量が鈍ってきた今村と交代で西東、小石川と交代で赤藤を投入し、鳥栖の攻撃を防ぎきった。そしてタイムアップ。開幕から5ヶ月、実に港監督のリーグ戦初勝利であった。


「結果云々よりも昨今の情勢を鑑みると今こうして試合を、しかも観客の前でやれるだけでも幸福だと噛み締めています」


 試合後すぐのインタビューで指揮官が漏らした感嘆のため息には実感がこもっていた。それはプロスポーツに限らず人に見てもらってなんぼなエンターテインメントに従事する人間なら誰もが共通する感情であったからだ。


 次の試合まではちょうど1週間あるのですぐにアウェーから帰宅したが、それでバスが尾道に着いてチームが解散した後、秀吉は自宅の近くにあるツバメの巣に目をやった。


 行きの時はピーチク騒がしかったのに、帰りに見つめたそこにはもう誰もいなくて何も聞こえなかった。


「そうか。しっかり巣立っていったんだな」


 ツバメの平均寿命は二年にも満たないと言う。それが生理的寿命なのではなく、厳しい生存競争を強いられているからだ。生きるだけでも大変なこの世界で、自立するまでの助走期間は決して長くはない。だからこそ、その短い間にやれる事は何でもやってあげなければ。


 そんな事を思いながら呼び鈴を押した。結局7月の最後まで延々と続いた曇り空の下の一コマであった。現時点で順位は16位となっている。

100文字コラム


尾道に在籍した外国人の中でトリニダードほど日本に馴染もうとしなかった選手もいなかった。しかし今年のヒルは彼に勝るとも劣らない。個人技は確かに光るも仲間はセラーノだけと言わんばかりのプレーぶりは疑問符。

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― 新着の感想 ―
[一言] 尾道がようやく初勝利で…その初勝利を献上した鳥栖が今日今季初勝利という巡り合わせ。何と言ったらよいのか。
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