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苦闘その1

 まったく酷い試合だった。2連敗のアウェー連戦からホームに戻って仕切り直しとするはずだった6月17日の北九州戦、梅雨に濡れる事を厭わず応援に来てくれた尾道サポーターが見たものは今季最悪のゲームであった。


 最初の過ちは前半開始早々になされた。山田のパスミスからパスをつながれて早々と失点を喫してしまったのだ。さらに30分には守備の要であるモンテーロが相手の足をスライディングで削ったとして一発レッドカードで退場。残り時間60分を10人で戦わざるを得なくなった。


 後半12分には弱点となった高さを狙われて2失点目。さらに直後の17分にもフリーキックを直接決められて3失点と守備が崩壊。とどめとして後半37分には司令塔の金田が競り合いの際に負傷退場となった。後半43分に4失点目も食らったが、もはや意識が朦朧とした状態となっていたのでむしろに「なんだ、1点しか取られていないのか」という感じですらあった。


 ディフェンス陣の低調さに合わせるようにオフェンスもさっぱり。そもそもボールが前線までつながらない上に、唯一の決定的チャンスだった後半7分に有川がゴール前でGKと1対1になった場面ではシュートをミスしてポストのはるか上を通過。サポーターのため息を誘った。


 選手交代にしても前半のモンテーロ退場の対応として今村に代えて橋本、負傷退場の金田の代役として茅野を投入といったように防戦一方で、流れを引き戻すどころか現状維持すらままならなかった。流れを変える力を持つ荒川の出番はなし。全てが後手後手に回った結果、何も得られないまま試合終了のホイッスルが寒々とした黒雲に吸い込まれていった。


「お前ら、寒いんだよ!」

「負けたから怒ってるんじゃない。戦う気迫を見せてくれなかったのが悔しいんだ!」

「俺たちはサッカーの試合を見に来たんだ! こんな腑抜けた球蹴り見たくなかった!」

「監督の采配もおかしいよ! 本当に勝ちたいの? 昇格したいの?」

「何が優勝だ! 何がJ1昇格だ! 全然駄目なくせに期待させるなよ!」


 試合後、ゴール裏へ向かった尾道の選手たちに向かって容赦ない罵声が浴びせられた。今季初のブーイング。しかし今日に関しては何も言えない、言う資格もない。それほどに残念な、悲惨な、まったく不甲斐ない試合だったからだ。選手たちは悔しさに震える拳を押し隠し、ただ頭を下げるだけしかできなかった。


 これで尾道は3連敗。ついさっきまでプレーオフ進出圏内である4位だったはずが一瞬にして順位下落、今では8位とプレーオフ圏外まで落ちてしまった。今年のJ2は比較的各チームの戦力が拮抗しており、順位も団子状態となっている。1つ負けるだけでも順位に響くのにそれが3つとなるとまさに致命傷、上がるのは少しずつでも落ちるときは直滑降である。


 この手痛い敗戦を受けて、翌日には早速練習が組まれた。しかし選手たちは敗戦のショックがまだ生々しいようだった。悪い空気を吹き飛ばすどころか暗黒思想が集団感染しそうな気だるい雰囲気である。


「ちわーっす」

「おう、早く準備しろよ」

「うっす」


 まるで力のない、気の抜けた挨拶がクラブハウスで繰り広げられる。しかし無理もない。モンテーロは次の試合から2試合出場停止、金田が怪我で当分は試合出場が不可能。さらに先日から違和感を訴えていた小原が検査の結果、グロインペイン症候群で復帰時期は未定と診断された。大敗という時点で精神的なダメージがある上に、ベストメンバーからこうも一気に抜けた事で物理的な戦力のマイナスも大きい。


 かくしてベストメンバーから3人が欠けた尾道が次に対戦するのは現在首位をひた走る山形、しかもアウェーでの戦いとなる。昨年3年間保っていたJ1から降格したものの、奥田新監督の指揮する攻撃的サッカーがはまり、ここまで好成績を残している。今のチーム状態では出来るだけ当たりたくなかった相手と言える。


「山形はディフェンスのチームというのはもはや過去の話、オフェンスはパスをよくつないでくるし、FWにも実力者が多い」


 ミーティングで山形のデータを説明する水沢監督だが、選手たちの耳には入っても脳にインプットされているかは未知数である。なにぶん、ここまで上位争いをしたのも初めてならそこからズルズル落ちて行くのも初めてである。若いチームの性として勝利を続けて勢いがある時は良いがひとたびペースが落ちると一気に崩れるという弱みがある。今の尾道はまさにその状態と言える。今日の練習も効果的な一手を見出せぬまま終わった。


「何とかしないといけない」


 これは選手、監督、コーチ、そしてサポーターも抱えている共通の認識である。もう連敗してしまったものは仕方がない。ここからどうやって立て直すかだ。今年のJ2は混戦気味であることは前述した通りだが、つまりまだ尾道にもチャンスがあるはずなのだ。しかし今、まさに今有効な策を打たないと手遅れとなってしまうだろう。ではそのために打てる手段はどれだけ残っているかと問われると二の句が継げなくなるのが尾道の現状でもある。


 尾道の選手数は25人。しかしその中には怪我をしている選手もいるし出場できない選手もいる。ユニフォームにはなかなかの大企業がスポンサーとして名を連ねているが、本体は草サッカーの同好会から始まったクラブである。潤沢な予算を持っているわけではないのでそこまで多く優秀な選手を確保できない。この前提条件は毎年同じなのだが今年に関してはここまでが好調すぎただけに一層苦しく見える。


 結局迷いを振り切れないまま次の日曜日が来てしまった。敵地山形で連敗脱出と意気込むのはいいが、それが可能かと聞かれると沈黙せざるを得ないという暗雲の中でもがき苦しむ尾道のメンバーは以下の通り。


スタメン

GK  1 玄馬和幸

DF  3 山吉貴則

DF 21 橋本俊二

DF  5 港滋光

DF 26 深田光平

MF  6 山田哲三

MF 12 開田伊多智

MF  7 今村友来

MF 24 御野輝

FW 11 ヴィトル

FW  9 王秀民


ベンチ

GK 20 宇佐野竜

DF  2 長山集太

DF 25 鈴木仁

MF 19 茅野優真

MF 22 久保春人

FW 16 有川貴義

FW 27 荒川秀吉


 まずGKに関して、前節に4失点と炎上した宇佐野に代わりベテランの玄馬がスタメンに復帰。また、唯一となるシュートチャンスを外した有川も外して王が久々にスタメンとなった。1つのミスに過剰反応したわけではなくここ数試合はどこか精彩を欠く宇佐野と有川に休養を与えるため、そしてベテラン玄馬の落ち着きや王の労を惜しまぬ走りがチームにとってカンフル剤となるかも知れないという期待ゆえである。


 また、それまでは中盤の底が持ち場だった今村を一列前に置いたのもそれまでに見られなかった起用方法である。確かに今村はキックの精度が抜群だが、ゲームメーカータイプとは異なる。そもそも今村はもっと後ろの選手だったはずだ。しかし金田がいない現状では彼のテクニックに賭ける他に仕方がない。


 他にも本来ディフェンダーの開田をボランチとして起用するなど、メンバーを見るだけでも尾道の厳しい現状が見て取れる。しかしどのような状況になっても彼らは戦うしかないのだ。確かに苦しいかも知れない、しかし苦しいなら苦しい中で最善を尽くし結果を残さないといけない。期待と不安が1:9の割合で混ざり合う中、山形の大地にキックオフの笛が鳴り響いた。

100文字コラム


かつて尾道に在籍した佐々木帆麻がクラブハウスを訪れマジシャン転身の仰天報告。「香港の路上でサッカーと手品を融合させた芸を見てこれだと思った」と熱弁する佐々木に辻社長は「面白い!しっかりやれよ」と激励。

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